24話 聖者の子
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我が伯爵家の本拠、港湾都市セルビエンテ。
そこは3地区構成になっている。
まずは旧市街である城を含む城壁内。そして港がある海岸地区。最後が陸側に広がった外郭地区だ。
聖者こと曾祖父さんが、港を開き、城壁を築いて20年余り…今から30年前の話だ。経済発展と共に移住者が増え、城壁内が手狭になった。
始めは城壁外の直近に、城壁内に居住できなくなった移住民がバラック状の住居を建て住み始めた。これが外郭地区の始まりだ。まだその頃は、城外と呼ばれていたが。曾祖父さんは、目に余るものは規制したが、大半を必要悪として目こぼししていたそうだ。
しかし未認可人口もどんどん増えて始め、治安も悪化した。有事となっても、城壁内へ周辺民を早晩収容できない事態に陥ると踏んだのは、2代目領主の祖父さんだった。
魔法と軍事的な才能はないとよく自戒していた祖父さんだったが、内政と外交を含めた政治力を持っていたらしく、曾祖父さんの死後にある事業を始めた。
惣構えと呼ぶ軍事施設の建設だ。
空堀と2m程の高さの土塁を、セルビエンテから陸側に7km離れた位置に築き始めた。規模は4半円状に総延長20km程、両端は海に没する。
丘や湖沼なども利用できては居るが、なかなかの財政出動だったらしく、我が伯爵家の潤沢にあった私財の大半を抛つだけでは足らず、政府からの借款が必要となった。
軍事とは、最終経済であって消費しかない。要するに生産的ではないのだ。
そこまでして民を護ってどうする?聖者が興した伯爵家も2代で潰れるか!
そのように周辺の貴族達に嘲りを受けていたようだが、建設開始から3年程で状況が変わった。
惣構え完成を見越して、城壁の一部、陸側から港への進入を防ぐ部分を破却した。さらに海寄りの崖を崩して、港周りの海岸地区から外縁地区へなだらかに繋げ、馬車で通行できるようにした。
つまり、港で陸揚げした物品を、城壁内を通すことなく、セルビエンテの外へ持ち出すことができるようになったわけだ。
通関審査はしているものの、領主がいる城内を通過する場合と、城壁外をそのまま通過するのでは、審査の見地からして違ってくる。これを好感した商人達は、流通量を増やした。
港がより賑わいを増し、貿易船の寄港数が跳ね上がっていくと、ますます土地が足りなくなった。
この状況が惣構えの内側、つまり外縁から外郭に意味を変えた土地の価値が、二足三文から、城壁内に匹敵する準一等地に化けさせた。
商人達は港周りに確保しづらかった店舗や倉庫の建設用地…つまり市街地を外郭地区に求め、祖父さんに分譲を願い出た。
ここで祖父が我が身内?ながら賢明だったのは、自分勝手に地割りをしなかったことだ。諸般天才的な手腕を発揮した彼の父を尊崇しつつも、やり方を変えた。
『変えざるを得なかったのだ、非才の身ではな』と、俺の父に良く語ったようだ。
惣構え内の城寄り部分を分譲を前提に、有力商人に都市計画案を複数提出させた。つまりコンペだ。祖父さんが採用したのは、およそ軍事施設の常識に反する計画で、真っ直ぐで広い道を網目のように巡らせるという案だ。その間を倉庫を含む商業地、手工業区画、宅地、公園とするものだったが、惣構えである土塁を突破された場合、城壁までは阻む物はない。その計画にはモデルがあった。さらに遡ること10年程前に実施され頓挫した、王都拡張事業の小規模な焼き直しだった。
違っていたのは地権が祖父さんに集中しており、拡張地に既得権者がほぼ存在しなかったことだ。初期の目標が完遂され成功を見た。
これにより惣構え内の地価は、ほぼ0から優良な物件程度に上昇し、城壁内の8倍程の面積に及ぶ外郭地区の3割程の売却で、借款を返すに留まらず、投下した資本に対しても大幅にお釣りが出る事業となった。
だが、我が祖父さんの本当に偉いところは、残る6割程度の土地を売らなかったことだ。外郭の最も外側、つまり土塁周りは手付かずの、里山や草原、林が残っており、市街部に点々と配置された公園と相まって緑溢れる都市となっている。
セルビエンテは心地良く生活できると、住民はもとより商人や旅行者に愛されている。
◇
セルビエンテの歴史後半を、長々述べたのには理由がある。
これから向かうところが、祖父さんの隠居館だからだ。外郭地区の小高い丘アミタスにある。ちなみに、このアミタスとは祖父さんの名、アミタス・サーペントから取られた。
ここに来たのは、祖父さんが元気になった俺に会いたがっていると、使いが一昨日来たからだ。城壁外とは言え、距離は直線で4km程、道なりでも6kmはない。親父さんと俺に供の計5騎で走らせ、20分程で着いた。
ランゼ先生にも来て欲しかったが、呼ばれてないため同行していない。
衛兵がいる門を入ると、親父さんは辺りを窺うように、視線をあちこちに向けてから下馬した。
「その樹の枝が伸びすぎているな、剪らせよう計らえ!」
「はっ!」
親父さんが、供に命じている。
良く気が付くな。
「行くぞ。アレク!」
「はい。父上」
◇
玄関を入ると、年配女性が待っていた。なかなか良い身なりで、細身の女性だ。もう50歳を超えているだろう。こちらの人族の平均寿命は60歳ぐらいで、老化も早い。
「母上、お元気そうで何よりです。こちらには偶にしか来れず、心苦しいですが。今日は、アレックスを伴いましたゆえ…」
親父さんが抱擁している。
親父さんが母上と呼ぶ女性。当然、祖母さんだ。
「まあ、アレックス、元気になって。本当に良かった…」
おお、笑いながら涙ぐんでる。
「お久しぶりでございます。お祖母様」
「うん…。さあ、あの人の部屋に参りましょう」
館の居間に通された。
祖父さんは、火の付いていない暖炉の横で、ロッキングチェアに身を委ねてうたた寝していた。日和が良いので、庭に通じるガラス扉が開かれている。
聖者と呼ばれた大魔法師の子にして、名君と誉れ高い人物は、親父さんによく似ていた。やや艶の落ちた感じの金髪に彫りの深い双眸が印象的だ。
眉毛が長く伸びているのは、この人も老境にいる証だ。
「あなた起きて下さい。あなた!ガイウスとアレックスが来てくれましたよ」
「おっ、ううううむ」
祖父さんが、うっすら目を開けて、こちらを見た。
ううぅぅぅううむ。
一つ伸びをして、何かを噛むように動かし、目をゆっくりと開いた。
「ガイウス殿…それと、アレックスか。よくぞ参った!」
「父上。ご気分は如何ですか」
「おお、孫の顔を見て不快なわけ無かろう。見違えたぞ、たくましくなったようじゃ。お前も何かゆうてやれ」
祖母さんに水を向けた。
「婆はのう。心配しておりましたぞ。元気になったら、醜くてもよいとまで念じておりましたが。若い頃のこの人にそっくりな男っぷりで安堵しました」
えーと、余り喜べない話だったが、笑顔で受けておく。
◇
他愛ないが、心温まる一族の団らんに、俺は何か懐かしさすら感じていた。
「さて、昼も近くなってきましたね。2人とも食べて行ってくれるのでしょう?」
「もちろんです。母上!」
「では、用意致しましょう。久々に私が作っていますよ。あとは焼くだけでできあがりです」
そう言って、祖母さんが腰を上げた。
「ああ、手伝いましょう。母上…ああアレクは、父上を頼むぞ!」
「はい」
親父さんが、祖母さんの手を取って部屋を後にした。随分親孝行だなあ…。
前世に遺してきたであろう、忘れ果ててしまった両親のことが、頭を過ぎり胸がちりっとした。
「それで…」
その声に、祖父さんの方を振り返る。
「…お主は何者だ?」
「はっ?」
心が一瞬で凍り付く。頭が冷えきった。
「だから、お主は以前のアレックスではないだろう!?」
バレた!
何か申し開きせねばと、考えるものの頭が空回りする。手がわなわなと強張るの感じて、腰の後ろに隠した。
先程までの好々爺とは打って変わり、鋭い眼光で射貫かれている。
怖ぇぇ。
「ランゼ殿が造った人形かと思ったが、身体は本当のアレックスの物のようだ…耄碌した爺ゆえ謀れるとでも思ったか…これでも聖者の子であるぞ」
もうだめか…。
──大丈夫だよ、アレク!
えっ?
「御爺さ…いや、アミタス様。俺の話を聞いて貰えますか…?」
「ああ、申せ!」
「実は…」
俺は包み隠さず、本当のことを喋った。
アレックスが、危篤状態になって死を免れぬ状況に陥ったこと。
そこへ、俺が転生させられて、身体を乗っ取ったこと。
そして、まだアレックスが、この身のどこかに残っていること。
「その話を、儂に信じろと申すか?」
「信じて頂こうが、頂けなかろうが。俺が言えることは申しました」
「そうか。それで…儂がお主を捕らえよと、ガイウスに命じたらどうする?」
「逃げます」
「逃げる?」
「親父さん。いえ、ガイウス様は、大変な親孝行。父に命じられ、子の姿をした者を捕らえさせるのは忍び切れません」
アミタスは表情を変えない。
「大貴族たる身分を捨てると申すか?」
「致し方ありません。大変お世話になりましたと伝えて下さい」
「ふむ。では儂が気付かず、そのままであれば、どうしようと考えておった?」
「わかりません。わかりませんが…そう、俺にしかできないことをやれたらと…しかし、それももはや詮無いこと。忘れようとしても、正直罪の気持ちが残っていました。話せて良かったです」
「ふむ、お主にしかできぬことをの…」
アミタスは、ふっと表情を緩め、窓の方を向いた。
「もう出てこられよ。黒き魔女よ」
その視線の先が、歪んだように見えた後、ランゼ先生が姿を顕した。
部屋の中に入ってくる。
まっ、まずい。拙すぎる。
「先生。やめて下さい…」
俺は、咄嗟にアミタスとの間に立った。
「…この人は、アレックスのお爺さんなんです」
「ふふふ…。御先代の意思をお訊きしたい」
「儂の意思か…」
「はい」
なんか、すぐ殺そうとはしていないようだ。
アミタスが、手で俺を軽く押したので、間を開ける。
「では言おう。アレックスが死んだら、遺憾ながら血のつながりのない誰かを、フレイヤの夫に迎えようと思っていたが…生き残ったのは、もっけの幸いだ」
「ほう!」
「どうやら、この少年は、魂がほとんどアレックスではないようだが信用はできる。先程そなたを制しようしたからな」
「そうだ!こやつは馬鹿だか、良いやつだろう」
「確かに馬鹿だな。少し突かれたぐらいで、口を割るのは頂けん」
おい!
「「あっははは……」」
先生と老人が笑い会った。
え?????
「縁もゆかりのもない者に我が家を継がせるぐらいなら、少なくとも我が血は引いている、この者に継がせてみたいと思うが…どうだ、黒き魔女よ!」
「ふっ。相変わらず肝が太いな。御先代」
「ああ、それぐらいしか父より相続しておらぬ。とはいえ継がす継がさぬは、ガイウスの専権事項ゆえ…儂は何も気がつかなんだ。その線でどうかな、ランゼ殿。儂の記憶を弄る手間が省けるぞ」
「狸だな、魔法が使えぬというのは、韜晦か?」
「いや、本当だ。使えぬのは黒魔法だがな」
「…わかった、それで手を打とう…おお、ミートパイが焼き上がったようだ。私は退散するとしよう」
「それが良かろう。そなたがおっては、あれが肝を潰すでの…」
「ではな。また会おう!」
そう言い残して、ランゼ先生の姿は掻き消えた。
「おお…確かに、程よく焼けた良い匂いがしておる…なんだ、そのふぬけた顔は…あれの料理を平らげて、しゃんとせよ。アレク殿」
「はっ、はい。御爺様」




