208話 茨の壁
早暁の空に、白く真っ直ぐな輝きが迸り、宙に浮かんでいた人型に直撃した。
「おお、当たった!」
「やったぁあ!! おぉぉおお!」
艦上が沸き上がる。
しかし、光の筋が絞りきったように途切れ、目が眩みが癒えてきた頃、恐怖が倍増した。
「あぁぁ。魔人がぁ」
「無傷だぁぁ……」
確かに白いローブ姿は、何事も無かったように風に翻っていた。
─ 雷霆槍牙 ─
而して魔人が右腕に持った十字槍を突き上げた刹那。
ダッダッダァァァァァァァンンンンンン!!! ドォォッォオオッオオッオオン!!
視野が縦に裂けるように閃き、轟音が劈く。
戦闘艦の舳先が目映く輝いた
兵は見た。ただ見た。
耳が情けなくも利かなくなっているからだ。
国を出る時、偉容に身惚れたミスリルの砲身は、飴が蕩けるように拉げ、甲板に焔が揺らめいているのを。
側に居たはずの砲兵と士官が、大きく飛ばされて居るのに気付くまで、多くの刻を要した。
彼らは、乗艦に何が起きたか理解できぬのが、まだ幸せだった。
僚艦の乗員は血の気を失った。
落雷──稲光が隣の艦を襲った。ほぼ雲のない、暁の空から。
魔人が落としたのだ。対峙してはならぬ者が訪れてしまった。
よく見れば、大艦の内、一際大きい3隻が黒煙を上げている。こたびは勝てると言った根拠、いずれも鈍く光る砲を据えていた艦だった。
渾身の砲撃を浴びるとも、些かの痛痒なく退けた魔人が、槍を突き上げた途端、その3隻に雷が墜ちたのだ。
……せっ、精霊の御使い……。
霹靂を操り、暴風を手懐ける。
聖典に書かれている通り。
躰の深奥から瘧のような震えが次々打ち寄せ、手が言うことを聞かない。
「御使いに叛するとは笑止──」
何だ、何と言った。
見上げる眼が、再び槍を振り上げるを姿を捉えた。頭頂から尾底へ怖気が杭の如く突き込まれた。
またもや呪文が聞こえてきた。
† ザゥベイド ゾゥベイド 永久氷牢の凍気を放ち 万象を斬り裂け! † ─ 凍却滅斬 ─
魔人の全身が一際鈍く瞬くと、右腕を一閃した。
旋回面に蒼白の光刃が奔り、数千mに渡って薙いだ。
直撃を喰らい海面が切り裂かれ、夥しく水柱が勃ち連るも、刺々しい様相のまま凍り付いた。
皓き茨の壁が、刹那に屹立した。
巨艦を圧する高さだ。
凍てつきの魔手は、飽き足らぬように、キンキンと甲高い音を立てながら、艦に伸びてくる。
「疾く去れ!」
意味の無い叫びを上げた甲板員は、帆を傾け回頭を図る。それはまだマシな方で小舟に乗り移り我先に置きへ漕ぎ出す者も、僚艦にぶつかるものの。恐慌状態とはこのことだ。
士官の中には、踏みとどまろうとする者も居たが、大勢は一刻も早く逃げだそうとする者で、海に落としてでも敗走した。
もはや、ディグラント兵の頭にあるのは、魔人アレックスは逃げる者は追わなかったという一点だった。
◇
まずは、ディグラント艦隊を撃退と思っていたが、艦足が上がらない1隻があった。他の僚艦から、どんどん離されている
最初に雷を落としたやつだな。未だにブスブスと艦首から煙を上げ続けている。
砲撃も敢えて受けたが、深層の感情では怒りがあったのかも知れない。
上級魔法を連発してしまった。
まあ魔力消費も知覚できない位だし、問題ない……いやいや俺の魔力上限値が完全に人外に振り切ってるのはマズいのかも知れない。
おっと内省してる暇は無かった。
件の艦。
上から見ているので、わかりづらいが左舷に傾いているような。
高度を下げて寄ってみる。
傾いているだけでなく、喫水も微妙に深くなってきている。全く進まなくなった。要するに浸水して徐々に沈み掛かっているわけだ。
いくら大内海が穏やかと言っても、渡り切るのは無理か?
よく見ると、3本マストの中程に金のディグラント旗が翻っている。どうやら旗艦らしい。司令官が乗艦しているのか。
そう観察している間にも、傾きが大きくなっている。
放置すれば、沈没は目に見えている。
少し離れたここでも、上級吸熱魔法の余波で水温は氷点下まで下がり、海水はシャーベット状になっている。艦から離れれば、寸刻で乗員の生命維持が困難になる。
正直面倒臭い。
が、仕方ない、凍らしたも、浸水させたのも俺だしな。
─ 金剛招来 ─
腕を艦に向けて突き出す。
傾けないように心を砕きつつ魔力を込めると、徐々に艦体が持ち上がり始める。
腕の動作自体は浮揚力には影響ないが、何かしら魔力が籠もる気がするのでやってしまう。
海面から離れると、舳先から大量の水が零れ流れ出す。
乗員が流れ出さないか視つつ、数十秒待つと粗方出切った。水平に移動し先程できた氷原に降ろした。
「そこまでにして貰おうか! アレックス卿」
最前から存在自体は関知していたのだが、その方向から声が掛かった。
「まだまだ、ここへはたどり着けないと思っていたが。流石は魔人というところか」
仮面を点けた人間が、宙に浮いている。
魔法師か。声は男だ。
「話を進めよう。あれが見えるか? 魔人よ」
あんなでかい物が、目に入らぬわけないだろう。
仮面男は指す先には、大きな鷲が旋回している。問題はそいつの脚に括られている物だ。人だ。見るからに女性を綱で括って吊り下げている。意識を失っているようで、躰から力が抜けている。
あれは──
「お労しくも、メティス・スヴァルス殿下である。見知っていよう」
ん?
「その境遇に貶めた者がよく言う」
大鷲は、氷上に人質を降ろすと。その嘴を擬した。
何時でも惨殺できる格好だ。
魔獣使でもあるらしい。
「それは君の所為だ」
「我の?」
仮面から除く片口角が上がった。
「そうさ。君が、ラメッタより駆け付けねば、殿下はディグラントにて貴人たる待遇を保てたと言うに」
「フランツ3世の何番目の夫人としてだ?」
「あの王宮で籠の鳥となるより、余程幸せというものだ。さて余り時間も無い。こちらの要求を伝えよう。あの艦の乗員を解放せよ」
あの艦は旗艦だ。つまり。
「ほう……あの艦には、皇族でも乗っているのか?」
仮面男の口元が、やや強張った。
「君が知る必要は無い」
そうか……。
「その人質は?」
「一緒に去ると言えば、承諾するのか?」
「答えは否だ! 盟主──いや、ゾディアック」
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訂正履歴
2017/10/16 王族→皇族
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




