22話 壺中天
「えーと。君達はどこまで付いてくるんだ?」
「どこまでもです」
どこまでもって、アン。
「仕方ないだろ。ユリ…チーフの命令は守らないと」
「いやいや。俺が良いと言っているだろう、ゾフィ」
「若様のご命令ですが。大変恐縮ながら、”監禁せよ、寸刻も目を離すな!”というランゼ様の命令が優先されます」
「ああぁ、そう。トイレも、中に入ってくるんだ」
昨日と今日、完全休養、自己鍛錬禁止の先生の命令で、俺をずっと監視している。さっきまではユリだったが。今は、この2人だ。
「もっ、もちろん入るよな。アン」
「無論です。私がお尻を拭いて差し上げます」
げげっ。
おまえら、処女のくせに真っ赤になって何言ってるんだ。
「ああ、悪いが小の方だ」
ちょっと、たじろいだ。
「なっ、なら私が、あっ、あれを支えるから、アンが拭いて差し上げろ」
アンが、見下す目で見た。
「ゾフィさん。落ち着いて下さい。殿方は、小用の後は拭かれませんよ」
「ほっ、本当か。そんなことしたら気持ち悪いだろ」
「ですから…遺憾ながら我々が口でお清めしなければなりません」
はあ?
「あいた」
「アン。真っ赤になって、嘘を吐くな、嘘を!」
痛ったぁ。
アンは蹲って、頭を摩る。
「うっ、嘘なのか、若様」
「ああ」
「よかったぁあ」
アンはすっと立ち上がる。
「でも、殿方はそうすると喜ばれると聞いておりますが」
「それは閨の中のことだ」
あっと、俺は何を言っている。
「あっ、有ることはあるんだ。口で…」
ゾフィが愕然とした表情で、肩を落とす。
「何を言っているんですか、ゾフィさん。専属になったからには、そのようなことでビビってどうするんです」
ああ。もう手に負えん。
「何をやっている」
底冷えする声がした。
「ランゼ様」
2人が直立不動の体勢を取った。
「いや、2人がトイレまで付いてくるって」
って俺はチクリ屋か。
俺を先生が睨んだ。
「2人とも職務ご苦労!」
はっ?そっちの味方?風向きがおかしいだろう。
「だがな。このトイレは、逃げ場がない。したがって、おまえたちは廊下で待っていれば良い」
「「はい!」」
「アレクもアレクだ!」
やっぱし来た!
「別に恥ずかしくないだろう、どのみち着替えさせたりしているのだからな。見たい奴らには見せてやれ!減る物でなし」
…時々お下劣になるよな。
「そんなことより、用がある。早く済まして、私の部屋に来てくれ」
「はい」
◇
先生の部屋に来た。
黒いなあ、この部屋。
「先生。本当は特に用なんてないんでしょ!」
「ああ」
「気を遣わせて済みません」
「いや。過剰なストレスは、回復を遅らせるからな」
ならば、監禁しないで貰いたいが。
「ああ、そうだ。1つ訊くべきたいことがあった」
「何でしょう。先生」
「いや、この前の練兵場の戦いだが。おまえは囲まれても動じなかった。妙に戦い慣れしてる気がしてな。転生する前に何かやっていたのか?」
「ああぁ。10歳くらいまで、拳法の道場に通ってました」
なぜだか、その記憶は残っている。そうそう。そこの師範がマッチョで、俺の原点はそこかもな…。
…それはともかく。
確かに習っていた拳法が奏功してるかも知れん。途中でやめたから、初段しか取れなかったが…。
一風変わった流派で、乱取りを1対多でやっていた。所詮子供同士だったが。初めてやったときの怖さ、思い出すと怖気で鳥肌が立つ。
そこで一番重要なのは俯瞰と教わった。
複数人相手には目前の敵だけを見ていては、だめだ。それでは他の者に必ず隙を突かれる。
五感を研ぎ澄まして、戦いの場を全体を把握せよ!
それが俯瞰…だったよな。
変わったと言えば、師範は見た目だけじゃなく、背を見せた相手には、ぶちかましが一番だと…そうかそれが、ダリルを斃したとき、咄嗟に出たのか…。師範の教えは本当だったな。
それなのに。休み明けでぼーっとして、ホームから落とされるとは…。
「拳法?」
先生の問いで、現実に引き戻される。
「でも、大したことないですよ。所詮、子供の習い事ですから…」
俺は、拳法続けたかったのかもな…引っ越しでやめてしまったが。
「…あと、格ゲーをやり込みましたから…」
「カクゲーとはなんだ?」
1度、先生にコンピュータの話をしてみたが、全く話が噛み合わなかった。
「…仮想の遊びです」
「それは、やって楽しいのか?」
「そこそこ楽しいですよ」
それにしても、タブレット持ってきたかったな…。
意識以外、この世界には何も持って来れなかったし、まあ持ってきていても数日で充電切れるしな。
「ふーーん。おまえらの世界は、つくづく変だな」
…否定できん。
ふと、あることを思い出して、部屋の中を見回す。
「ああ、ベッドと下着の類いは、奥の寝室だ」
「下着に特別興味はありませんが」
着ていれば、また別だが。
「その割に、脱がすのは好きなようだが?」
先生は、ブラウスの襟のリボンを解き、前袷を寛げようとしている。
「えーーと脱がなくて結構です。話題を誘導しないで貰えますか」
「…少しは学習したじゃないか。で、何が言いたい?」
「アレックスが入った隠し部屋を、見せて貰えませんかね」
ふむっと、息を吐いた。
「…分かった。こっちだ」
先生は、奥の部屋に誘う。
そのまま部屋を突っ切り、鏡の前に立った。大きな姿見だ。
そこに、ハッチでもあるように、先生は歩いてすうっと通り抜けた。
鏡面が水面のように揺れる。
おおぅ。魔法っぽい。
向こう側から、腕が突き出て手招きした。
別にビビった訳ではないけどね。
おっかなびっくり、手を突っ込んでみる。すると向こうから引っ張られ、つんのめりながら通り抜けた。
「さっさと来ないか!1度来たことがあるだろう」
「それは、アレックスの時だし。前は入り口が壁だったでしょう」
「そうだったかな」
それにしても。壁らしき物が見当たらない。
真っ白な広い空間。
館より大きいかも知れない。
壺中天…壺の中の世界…そんな言葉を思い出す。
通り抜けた所は、何の飾り気のない四角い枠になっていて。向こうがこちらから見える。
それを見ていたが、先生が手を振ると、消えて枠だけになった。
「ここは、亜空間ってやつですか」
「難しい言葉を知っているな。だがその通りだ」
先生は眼を伏せた。
「この空間は先生が維持しているんですか?」
「よくかったな。この空間の維持に、魔力は余り必要ない」
「へえ」
「おまえだって、亜空間を魔収納で使ってるだろう。まあ少し違うけどな。必要な魔力も似たようなものだ」
なるほど。原理はあれと同じなのか。その説明はわかりやすい。
絨毯に、ソファー、机がある。少し横にベッドやクローゼットも見える。ここはおそらくベースキャンプみたいなところだろう。
100m位離れているだろうか、色んな方向にまとまった区画がある。
こっちは書庫、あっちは水回り、なんだかよく分からない機器のようなものが並ぶ区画も見える。
「随分贅沢な使い方ですね」
「まあ、容積はいくらでもあるからな」
確かに、見通せない程,だだっ広い荒野のような空間だ。どう使っても問題ないか。
それにしても、空間なら平面方向だけに広げないで、上下方向にも広げれば良いのにな。上下?そういえば重力があるな。何かその線で制約があるのかも知れないな。
「先生、探検してみても良いですか?」
「ああ。ただ機械には触るなよ!」
そう告げた先生は、長いソファに寝そべった。
確か…。
行きたい方に向かって区画を出ると、一瞬にしてそこに着く。
空間が見た通りには連続していないらしい。
ふう。アレックスの記憶にあった通りだ。
すげーな。
記憶と自分の目で見るのは、臨場感が違う。
ここは書庫か。
最近ようやく見慣れてきた文字が並ぶ背表紙を見ていく。
エルフ魔法大全…飛行魔法の神髄…おおう。
手にとって本棚から抜き取る。A3サイズ程の革装丁の重厚な本だ。
重たっ。まだ腕力が回復していない俺だが、感覚は持てそうと思ってしまう。
部屋の中央の小さ机に本を置いて、表紙を…。
「むっ。むむむ…」
開けない。
何か魔法的な鍵が掛かっているのか、本が捲れない。
ちっ!
何冊か試してみたが、どれも読めなかった。
「なんだよ…」
愚痴って、その区画を出る。
次は…。
なにやらよく分からない機械が並ぶ所に来た。
ゴボッ、ゴボボボボ…。
右の方で音がしたので、いくつかの大きな機械を回り込んで行ってみる。
なんだ!これっ。
丸いガラスの中に少女が居た。
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訂正履歴
2016/05/04 「いやいや。俺が良いと言っているだろう、ゾフィ」でだろうの後が消えていたので追加。




