199話 情報収集
無人の館から、転移鏡を使ってセルビエンテの城内に入る。
踏み入れたのは、俺の館の2階だ。
「でっ、では、私はこれで」
大丈夫か、アン?
間者のくせに足下がフラついていたが。
とは言え、すうっと消えた。
居間に人の気配がある。
部屋に入った途端、誰かが飛びついてきた。
「アレクぅー」
「おお、ロキシー」
「ねえねえ。アレク、聞いて、聞いて! 昨日ね、先生とリーザとゾフィとフレイヤとイーリアととね。お空をびゅーんと飛んで来たんだよ。雲の上をね。速かったんだよー、1時間くらいで着いちゃった」
「ああ。よかったな」
頭を撫でてやる。
それにしても、先生は旅客機を完成させていたのか。流石だな。
「アレク殿遅かったな」
「こっちに来られていたんですか」
「ああ、王都はきな臭くてな。ああ、カレン殿は侯爵家に居る」
まあ、まだ正式には結婚していないしな、致し方ない。なんとかしたいなら、俺自身がすべきだ。
「はい。それで、テレサとゲッツは?」
「王都で情報を収集させている」
部屋の隅で、リーザが少し淋しそうにしている。
「それでは父上に会ってきます」
「うむ。私も行くとしよう」
親父さんの執務室に行く。
「御曹司!」
「アレックス様!」
「ただ今戻りました、父上」
「おお、アレックス殿。ラメッタに行って居たのではなかったか!」
「はあ、3時間ぐらい前までは居りましたが」
「転移門なしで、ラメッタから3時間で戻ったか。ふむう」
誰も疑っていない。
ラメッタから15km西に行った町から30分だが。言わないでおこう。
「巡礼の首尾は上々ですが、その辺りの話はいずれまたとして。王都の件を!」
ルーデシアの大地図が置かれた、作戦卓に向かう席に座る。
先生が一歩前に出る。
「うむ。私から話そう。王都は、戒厳令が出されており、住民並びに地方領主の出先機関は、王都外への移動禁止、夜間外出禁止が布告されている。ゴルドアン侯爵の領軍が王都に入り、王宮、議会を押さえている。セルレアンの上下屋敷は、外周を憲兵隊に固められているが、食料等必要物資の搬入はできる。聞いたところでは、ストラーダ侯爵家、ハイドラ侯爵家に近しい家も同じ待遇のようだ」
「ふむ。王都には守備師団が置かれていたはず。なぜゴルドアン領軍を入れてしまったんですかね?」
「さあな」
領軍責任者イヴァンが変わる。
「聞いた話ですが、ディグラントがローヌ川河口から東50kmにあるゼルスの沖合に現れたので、将軍と老師が海軍と北部方面師団を率いていかれました。それで、後詰めが必要になり王都守備師団の一部派遣すると言うことになったのですが、それが一部でなくて大部分だったのです」
ふむ。軍政、つまり軍務省か陸軍大臣ヴァルタザール伯爵に問題があった、あるいはその中の誰かが参謀本部に人事権を売ったかだな。
「それで、王都が概ね空になってしまいまして」
「しかし、どうやって兵を入場させた?」
そう、言い訳に過ぎないが、そう簡単にクーデターが成らないと考えていたのは、兵を入場させるのが難しいからだ。
「はい。ゴルドアン侯爵の上屋敷から、大量に兵が出てきたと」
むっ!
「おそらく私設の転移門を使ったのだろうよ。とはいえ、あの魔石は禁制、普通に考えれば千、多くとも数千の兵しか呼べん」
先生が宣う。
我が家に転移鏡があるのだ、ゴルドアン閥が持って居ても不思議はないか。
反省は後でするとして。
「宰相府始め政府機関は?」
「そこまでは知らん」
先生がそっぽを向く。
「黒衣衆の情報に拠れば、財務省以外は、職務停止されています。軍部が国富を引き出そうとしていますが」
「ふっ、火事場泥棒か。宰相閣下は?」
「宰相府公館に監禁されているようです。大逆未遂の容疑が掛けられていますが」
大逆……。
「はっ! 誰も信じて折らぬわ!」
「では陛下は、まだご存命と言うことか」
「少なくとも表向きそうなっています」
なぜゴルドアン一派は、国王を殺さない?
真偽はともかく、国王をストラーダ侯が弑逆したことにして、両者を一気に葬った方が都合が良くないか?
まだ利用価値があるということか。
国軍が王都へとって返せば、ゴルドアン領軍が負けるのは目に見えて居る。
その時、国王を人質にする?
王都の住民を人質にした方がよさげだが。
わからん。
国軍はともかく、在王都の侯爵の領軍、辺境伯の領軍はどう出るか。
「父上」
「うむ」
親父さんと正対する。
「セルレアン領軍はどうするお積もりですか?」
「基本的に王都へ派兵する余裕はない。ディグラントに備える必要があるからな」
今は外敵が東にあるとは言え、セルレアン-セルビエンテは大内海海岸線にある。そちらに備えて貰った方が良いだろう。
「だがアレックス殿が必要とするならば……」
「いえ。セルレアン領軍を徴発するつもりはありません。状況は大体分かりました。感謝致します」
「王都に行かれるか!?」
「ええ。ひとつ願いが……押っつけ、我妻がレダと共にやって来ます」
「ああ、心配するな」
「では!」
親父さんの部屋を出ると、そこにアンが待っていた。
「アレク様。申し訳ありませんが、御先代の御館へお越し頂きたいと」
なんの用だ? が、あの爺様のことだ。
「わかった」
テラスに出ると、アンの手を握る。
「えっ、ちょっと! キャアァァァァ」
一気に数十m上昇する。
「黒衣衆のクセに、ぎゃあぎゃあいうな」
「心の準備が……ですね」
数分経たずに、到着した。
「あらあら、アレックスさん。いらっしゃい」
「お婆様。ご機嫌麗しく。お爺様は?」
「ええ、書斎に居ますよ。お昼は過ぎているけど、何か食べていく?」
「ありがとうございます。すみません。お気持ちだけ」
「そうね。アレックスさんも、お忙しいわよね」
何だがちょっと淋しそうにされたので。
ぎゅっと。抱き付いてしまった。
書斎に入ると、爺様とテセウスが居た。
「お呼びだそうで」
「うむ。テセウス!」
黒衣衆の頭だ。
「はっ! 王都に入りました、ゴルドアンの兵は約2500。ただしほとんどは、農民兵です」
「それはまた……」
「ははは。アレックス殿の為したことが影響しておる」
「はっ?」
「うむ。アレックス殿が不正を暴いたアンテルス辺境伯軍の予算が大幅に削られてな。傭兵を多く解雇せざるを得なくなったわけだ。だが、防御は疎かにできぬゆえ、隣接するゴルドアン侯爵領へ派兵を要請した。それで、領軍正規軍の大部分がそちらに派遣したと言うことだ」
「そういうことですか」
「だが……」
そうだな。
「……敵となれば、正規兵でなくても容赦するなよ
肯いておく。
「時に、アレックス殿」
「はい」
「聖者になったと聞いたが」
爺さんがにやっと嗤う
「いや、まあ。成り行きで聖者の槍を引き抜くことになりましたゆえ」
「そうか、聖者か……」
爺様しみじみ言った
「はあ」
「ふふふふ。まあアレックス殿の気に染まぬかも知れないが、使える物は全て使われることだな」
ううむ。この思い切り人の悪そうな爺様から、なぜ親父さんが生まれたんだかな。
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訂正履歴
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




