21話 観閲(後)
走りながら、発動──
凝縮せし劫火もて刹那に燃やし尽くせ!…
オークとオークメイジ、加えて俺が一直線上に並ぶ位置へ。
─ 炎弾 ─
放った右手に反動を感じる。
緋色の弾丸は、土人形が撃ったそれとは段違いの勢いでオークへ飛ぶ。
回避を逡巡したガード役は、身を縮めた。
ダーァァアン!!
着弾!
凄まじき衝撃だ!
2mを越す猪男を、後方に吹き飛ばし──瞬く間に燃え上がった。
飛び散った四肢は土に戻るが、胴に着いた焔は盛るばかりだ。
視線を切ったオークメイジは、進路変えた俺を見失った。
強化された脚力を使い、一気に間合いを詰め。
水精の迸りを刃と化し万物を切り裂け! ─ 水斬 ─
右手からウォータジェットの糸のような刃を迸らせながら、メイジの懐へ。
凄まじき水流が敵の腹部を貫通し,最後のオークも、地に墜ちて土塊となった。
肩で息をしていた。
俺の右手から水斬が消えた。
たった3頭の、疑似オークでこれか。
弱えーな、俺。
身体強化の反動が押し寄せるも、何度も経験した苦しさだ。俺は意地で立ち続ける。
目の端で白い物が動いた。
ヴァドー師だ!
立ち上がったのだ。
表情が窺い知れないまま、踵を変えると出口へ歩いて行く。
「ここで、暫し待て!」
宙に浮いていた、ランゼ先生が、ヴァドー師を追って飛び去った。
練兵場から2人の姿が消えたのを見届けると、脚から力が抜け、地べたに膝を屈した。
ふぅーー。
こめかみから汗が滴る。
まだまだ、体力が足りん。
魔法だけならともかく、動かねばならない戦闘では、継続可能時間がすぐ尽きる。
「アレク様ぁぁあ」
控えていた、何かを持ったユリが駆けてくる。
「大丈夫ですか?アレク様!」
「ああ、ただ疲れただけだ」
「こんなに、たくさん汗を掻かれて…ちょっとお待ち下さい」
ユリは、持ってきた敷物を地面に敷くと、俺をそこに座らせ、ローブを脱がせる。
「ほら、こんなにびっしょりと、シャツをお召し替えしましょう」
シャツのボタンを寛げ始めた。
◇
通路を歩むヴァドーに無言で着いていくと、地上に続く階段の手前で、立ち止まった。
「ランゼ殿。あの少年、伯爵の長男、アレックスだったか…」
「はい」
「明日王都へ戻る故、無理を言って済まなかったな」
「いえ、とんでもありません。ヴァドー師」
私は如何でしたかと言う言葉を飲み込み、そのまま待つ。
「庶民は、天才と言う言葉を安易に使う」
期待はずれということか…。
「まあ、生まれながらの天才などあり得ぬ。如何に聖者の曾孫と申してもな」
「お眼鏡には適わなかったと?」
老人は、深く刻まれた眼窩から、鋭い視線を返す。
「そうは言っておらぬ。確かに他の者とは違う…名状しがたいが違和感があった。とは言え、能力は、以前…そう1年程ほど前からさほど変わって居なかった」
「はっ」
「それが、病気の所為かも知れぬがな…そなたも重々承知しておろうが、魔術師は修行を初めて7,8年でほぼ決まる」
「はい。存じ上げております」
「少年は、上級貴族の総領だけに、早くから鍛錬しておる。成長は早いが…」
「それが飽和するのも早い」
「そういうことだ。少年は大事な期間を病で無駄にした」
「はい」
「残念じゃったな。法力は並の3倍はあるが、これからは…」
「伸びないと仰いますか」
ヴァドーは、人相悪く笑った。
「ああ、官僚共が好きな計数はな」
「はあ」
彼は、魔法力だけが魔法師の能力ではない、そう日頃から持論を披瀝している。
「で?反撃する的は、今日が初めてと言っておったが」
「えっええ。今まで的は動かしていたものの、獲物を持って襲って来る的を使ったのは、初回です」
ヴァドーは、顎髭をまさぐりつつ、遠い目をする。
「その分は割り増しするとして、まだまだだ。以前見たときより、荒削りになった」
鋭い!
「魔法師が囲まれては負けだ。個別の敵を斃しに行く前に、包囲を脱することを目指すべきではないかな」
「仰る通り」
課題も悪かったが、さらにその解決方法が気に入らないと言うことだな。
魔法師は、生きた戦術兵器だ。
それ故に主君の次に、生き残らねばならない。
アレクは、どうも肉弾戦が好きなようだ。魔法師のくせに。
まあ最近成ったばかりだし、転生前には何か武術でもやっていたような身のこなしだからな、その記憶がうっすら残っているのだろう。。
「ただ生まれの素養のみ、頼ってはいないことはわかった。中級以上の魔法を封印した効果だな」
「お見通しでしたか…」
「ふっ。黒き魔女が何を企む」
私を視線で射竦める。
「まあ良い。工夫せねばな。いずれにしても、3頭でへたるようでは、先が思いやられる…」
「それでは」
「ああ、あの少年に伝えよ、王都で待つ。万全な身体で来いとな!」
ヴァドーは、練兵場を出て行った。
ふむ。やつは流石に自分が感じた、違和感の正体までは分からなかったようだ。
「私とて、ようやく気が付いたばかりだからな…ふふふ」
◇
「何をやっておるのだ?」
後ろから声が掛かる。
ランゼ先生だ。
「盛るのは館へ帰ってからにせよ!」
俺はというと上半身を裸にされ、ユリに手で触られまくってる。
「いやいや、見て分かるでしょう…」
「アレク様の汗を拭っております。お弟子とは言え、先生はアレク様に少々失礼ではないでしょうか」
手は休めず、ランゼ先生をきっと睨み付ける。
「ユリ…」
「出過ぎたことを申し上げました。が、もう一つ」
えっ?何これ?
まさか修羅場?
「申してみよ」
「アレク様は、病み上がりなのです。いつもそうですが、本日は特にそうです。アレク様に、ご無理を強いていらっしゃると存じます。ご再考をお願い致したく」
おおぅ。
言うなあ。
「確かに出過ぎておる。メイドの身で、伯爵ご夫妻よりアレクをお預かりする私に向かってな。専属メイドを掌握するのは誰か分かっておるのか?」
げげっ。先生が引くわけないよな。確かに、両人とも使用人ではあるが、その地位は全く違う。
「失礼は、承知で申し上げております」
先生の吊り上がった眼が、やや下がった。
代わりに口角が上がる。
くくく…。
「良いぞ。鍛錬の件、再考しよう。アレクのために考えたこと、気付いたことがあれば、これからも遠慮なく私に申せ」
ユリが意外そうに目を瞬かせる。
「へっ?」
「ただし……他のメイドには言わせるな。すべて、おまえを通すのじゃ」
驚いていたユリも、少し穏やかさを取り戻す。
「分かりました。皆にも言って聞かせます」
「よし。アレク殿、ユリーシャを専属メイドの束ねとしたいが…」
珍しく敬称だ。それはともかく、俺に異存はない。この間は俺自身が命じろと言うことだな。
「ユリーシャ。これより専属メイドの長を命じる」
「つっ、謹んで承りました。アレク様」
そのやりとりの間に、俺の汗は引いた。替えのシャツに着て、ローブを羽織る。
「帰るぞ!」
「少々お待ちを、荷物をまとめて参ります」
ユリは、そそくさと、練兵場のグラウンドから外に出て行った。
「それで、どうだったんですか?」
「何がだ」
先生が空惚ける。
「試験の結果ですよ。まだ出ていないんですか?」
「相変わらず、勘が良い」
「推理です」
「そうだったな…万全の身体で来い。王都で待つと仰った」
「では?」
「合格だな」
ふう。息を吐く。
何に合格したのかは知らんが。
「これからは、身体の鍛練は自重するのだ」
「えぇ?」
「おまえが勝手にやり過ぎる所為で、私がユリに嫌われたではないか」
「すみません」
…全く罪を感じないが、一応謝る。
「反省しておらぬだろう。まあ良い。それより。どうだ、ユリが得がたい存在と分かったか」
「ええ。信じたことは、例え上位の者であっても貫く。なかなか出来ることではありませんよね」
「…おまえは馬鹿か?」
呆れたと言う顔をしている。
「はっ?」
「やれやれ…ユリはな従順な女だ。普段はな」
「いや、でも」
「おまえが絡んだときだけだ、あやつが無理をするときはな。だから、おまえが無理をさせるな」
先生はこめかみの上を抑えつつ、未熟者めという目をした。
そう…なんだ。
「…分かりましたが…先生も人が悪い」
「まあ、人ではないがな。それより、ステータスの異常時上限が消えないのは、おまえが休まないからだ」
「はあ…」
「試験も終わったことだし…」
「おっ、お待たせしました」
ユリが、かなり慌てた様子で、戻ってきた。
「ユリに命ずる!」
「はい」
びっくり顔で頷いた。
「アレクは、3日間完全休養。自己鍛錬も禁止だ。館から一歩も出すな。メイド共で監禁せよ」
「うっ、承りました」
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訂正履歴
2020/04/15 人物名間違い エレ→ユリ(オタサムさん、ありがとうございます)




