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195話 旅先のひととき

「へえ。なかなか、いい感じのお店ね。ラメッタは精霊教会のお膝元と聞いてたから、正直微妙かなと思っていたけど」


 アンが勧めたレストランへ来た。

 頼んだのは、店お勧めのコース料理だ。

 教会の意を汲んでいるから、店の内装やら料理も質素かもとユリは考えていたようだ。

 華美ではないが、上質な什器を使って居るし、隣のテーブルに見える魚料理もおいしそうに見える。


「でしょう、ユリさん! しっかり調査(・・)してますから」


 宿を出る前に偵察と揶揄されたのを根に持っているようだ。

 アンとユリは同い年と言うこともあって、以前から結構気安い関係だ。ユリは俺との婚姻に伴って、自分に対する接し方を変えないでと、皆に言ったらしい。


 まあそうは言っても、少しは変わっているようだし、人前ではもちろん、敬意を表している言葉遣いをしているので、俺も黙認している。

 ちなみに、ここでアンが奥様と呼ばないのは、逆に目立つからだ。それもあって、3人とも巡礼者にありがちな生成り生地の足下まである巻きスカートを穿いている。


 下々には質素倹約を強要し、上層部は贅沢三昧というありがちな状況もなく、教団は腐敗していなかった。

 俺は、ルーデシアとフロンク王国しか視ていないが、精霊教会が精神的支柱となっている地域は風俗も糜爛することなく健全だ。俺の中で、株が結構上がってきている。


「あなた、考え事ですか?」

「いやあ、お腹空いたなあと」

「まだまだ育ち盛りですからね」


 そうだと良いのだが……実際の所、俺の食欲はランゼ先生に制約されている。太らないように、拒食とならないように。今なら、外せそうな気もするが、そのままでも良いような気もしている。


 ボーイが、食前酒を持ってきてくれた。結構甘いワインだ。


「レダさん知ってます?」

「ん?」

 レダは従者の時に入っているスイッチが、普段は切れているんだよなあ。凜とした感じが、今はぼやけている。


「さっきの言葉で分かるように、ユリさんは、前からセルビエンテでレストランを巡っていたんですよ。メイド長とおいしいところばっかり」

 レダの上体が前に出た。


「おいしいところばっかり……お金は?」

 鋭いな! レダ。流石にメイドがレストランへ行くのは分不相応だからな。


「それがですね! あのケチで有名な家令(シュナイダー)さんが、なんと! お給料とは別に代金を出してくれていたそうなんです! びっくりですよね!」


「んぅぅん」

 レダにも結構衝撃的なことらしい。可愛い眼が、少し広がっている。


「キッチンメイドだからって、卑怯だと思いません?」

「ちょっと、アン!」

「卑怯かも?!」

 レダの顔に少し笑みが差している。


「もう、レダまで……」


──聞いたことある!

 アレックスの記憶が、流れ込んで来た。


「それは、大変だったろう。ユリ!」

「ああ、いえ」


「アレク様? なにが大変なんですか?!」

 アンが俺に、不審な顔を向けてきた。


「ああぁ、まず言っておくが。シュナイダーはケチじゃない。まあ相当な倹約家だがな。そのシュナイダーがだ、無駄金を使うと思うか?」


 あっ! と言う顔で、レダとアンが顔を見合わせる。


 まずは、サラダとスープが運ばれてきた。


「どんな報告をさせられたんだ? ユリ!」


 レタスによく似た葉野菜(サーベス)を、フォークで突き刺して、口に運ぶ。シャキシャキ感が程良く、ドレッシングの味もなかなかだ。


「そうですね。このサラダだと、まずはサーベスと、キュウリと言った材料、切り方。ああ、このサーベスは手で千切ってありますけど、さっと湯通しして、冷水で締めた後、水を切って、このソースに絡めたとか。ソースは、小エビをゆでて頭を潰して取った出汁に、煮きった赤ワインに酢を混ぜ、塩こしょう、そしてオリーブオイルを混ぜて作ったと書かないと、多分叱られますね」


「げっ! そこまで分かるんだ……」

 アンがたじろいた。


「それだけか?」

「いいえ。後は……盛り付け方の絵を描いて、まずはシュナイダーさんに報告しますが、数日後、同じ材料が用意されているんですよ。それで、もちろんそれを使って、できるだけ同じように再現して、コック長とシュナイダーさんに試食戴くんですけど、合格するまで何度もやり直しが……」


 やはりな。

 それぐらいはさせるだろう。無論良い意味、教育的な見地でだ。

 親父さんも言っていたが、シュナイダーは人材涵養に重点を置いている。


 おそらく、アンが知らないということは、全てのキッチンメイドに実施して居るわけでは無いのだろう。将来性を見込んで、眼を掛ける者を選抜していたに違いない。


「ああぁ。ユリさん、もう良いです。それは修行という名の拷問です」

「そう……食べていても楽しくない」


「あら、そんなことないわよ。おいしい物を食べるのは好きだし、作るのはもっと楽しいから、苦にならないわ。拷問だなんて……」

「ははは、拷問されていたのは、どちらかと言えばシュナイダーの方だろうな」


「いや、なんでですか? ユリさんの料理がおいしくないとでも?」

 アンが混ぜっ返す。


「今じゃなくて、修行中の話だろ。それに旨くても、同じような料理を、短期間に何度も食べるとなるとな」

「なるほど。そういう見方もありますね。意外と良い人ですね」

 おい!


「そうよ、アン。私がアレク様付きになる時、シュナイダーさんから贈り物を貰ったのよ」

「贈り物?」

 それは初耳だ!


「ああぁ。なんか怪しいぃ。何貰ったんですか?」


「さっきの報告書を、綴って製本してくれた本よ!」

「ほう!」

「しかも、しっかりとした紙に、シュナイダーさんの綺麗な字で、清書してくれてあったんですよ。私の宝物の1つです」


「そうかあ。良かったな、ユリ」

 それにやるなあ、シュナイダー。


「ううぅぅむ。少し感動しました。私も何か強請(ねだ)ってみます」


 そうじゃないだろう、アン。

 ユリとそして珍しくレダも笑った。

 分かり辛いが冗談なのか?


「お待たせ致しました。グルスのパイ包み焼きでございます」

 きつね色の焼けた円筒形に巻かれたパイが皿で出てきた。香ばしい香りが漂う。

 サクサクとナイフを入れると、ほわっと湯気が上がる。パイと共に身を食べるとなかなか旨い。


「うーん。上品ですね。淡水魚の割に泥臭くないし」

「はい、奥様。湖で揚がってから、裏の清水の池で3日放してから捌いておりますので」

 ボーイはそう答えると、隣の席に行った。


「あのボーイ……よく分かったな」

 ユリを奥様と呼んだことだ。


「そりゃあ、エントランスから店に入るまで、アレク様と腕を組んでいましたし」

「ああ、そうか」


「パーラーメイドと同じで、客席係は、お客様が席にお着きになるまでが勝負です。初めての方か常連様か、性別、種族、年齢、体型、そしてその日の体調を観察して、厨房係へ伝えるという役割が……」


「ほぉ!」

 アンの言ったことに素直に感心した。


「……まあ、この店がそこまでやっているかどうか分かりかねますが」

 おい!


「修行が辛いのは、キッチンメイドだけじゃないんです。パーラーメイドも、ランドリーメイドもそうですよって言いたいのよね」

 

「ああ、ユリさん! おいしい所を持って行かないで下さいよ! ……ふふふ」

「ユリは、そうとこがある」


 メインディッシュの羊肉のソテーもまずまずだったが、デザートのベリー系のゼリー寄せも爽やかでいい締め括りだった。


 ふう。

 食後のお茶を戴いている。


「ラメッタは、なかなか良い所でしたね」

 ユリは、結構嬉しそうだ。


「そうですね。皆さんへ、お土産も変えましたし」

 ユリとレダは、良い気晴らしになったろうな。


「そういえば、聖サーペントの泉が、結構賑わっていて驚きましたね」

「ああ」

 昼間観光した所の1つだ。


「どうなんですか? アレク様 特別な感慨がありますか?」

「どうと言われてもなあ」


 そこは曾爺様が、巡礼した時に水不足に困っている住人のために、土魔法を使って掘り上げた、井戸というか人工の泉だ。市内には、曾爺様の名を冠した泉が3つある。

 なかなかの名水らしい。

 近くの湖は塩分が高く飲用には向いて居ない。最近では水道を引いているが、今でも泉は重宝しているようだ。


 俺達が訪れた泉は、水源が地下にあるらしいが、そこから地上には魔道具を使って噴水にしてあり、しっかり整備された観光地になっていた。

 他にも、地下墓地、聖ロルムスの槍塚公園、古王国の巨石貨など回った。


「そうだな。暫く顔を合わせないだろうが、親父さんとお袋さんには良い土産話できたな」

「そうですね」

 ユリも、レダもにっこりと笑った。


 この時は、まだ俺もそう信じていた。

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