193話 夜這い
和やかな時間もあり、上席司祭との……まあざっくり言えば質素な晩餐もあり、夜となった。結局予想通り、総主教猊下との面談は次の日となったので、何事もなく就寝した。
深夜。
魔力の高まりを感じて目が覚めた。
むっ……誰だ!
寝室の外、次の間に誰か居る!
無論隣のベッドで寝ているユリでも、レダでもない。知らない人間の反応だ。
誰だ?
強大な魔力は感じるが……不思議と害意を感じない。
敢えて言えばロキシーの無邪気さと似ている。
一歩一歩近付いて、俺たちが居る部屋の扉の前まで来たが。レダはどうした、気付いていないのか。
◇
扉が薄く開いた。中を窺う気配。数秒後、ゆっくりと扉が開き人影が部屋に入って来た。
こちらに腕を向け、なにやら唱えた。
影はまっすぐ歩き、ベッドを覗き込んだ。
指の先が仄かに光を発している。
「ほう、こやつか」
声を潜めているつもりだろうが、聞こえて居るぞ。
「ふん! 確かに噂通りの容貌ではあるが……魔人などと、ご大層な称号の割りに他愛のない」
「ああ、寝所に忍んでくる、ご婦人には弱くてな!」
「なっ!!」
「大声を出すな。妻が起きてしまうじゃないか!」
そう言って、上体を起こす。
「きっ、貴様、金縛りは!?」
ああ、さっき唱えたやつか。
「魔人に効くとでも?」
「くぅ、戦術的撤退!!」
賊は飛んだ、後方へ……ガッ!
「いっ、痛ったぁぁ!! 何これ、壁? 見えないけど!!」
後頭部を摩りながら、俺の結界を探っている。
緊張感のない賊だな。
「それで? 何の用ですかな! 聖下」
ちっ! 舌打ちして、頭巾を外した。
黒い長い髪と白皙の面が現れる。暗くてよく見えないが、かなり若そうだ。
灯りを……止めておこう。
聖王とは、前聖王が亡くなると、1歳未満の子供の中から生まれ変わりを探して登極させ、現人神として生涯を送るだったか。
「聖王と知ってなぜ平伏さぬ!」
「魔人は、自らの王のみ仕える……それ以前に、夜這いに来る者に示す礼儀は無いが」
「よっ、夜這いなどではない! 噂の女泣かせを見に来ただけじゃ!」
女泣かせ? どんな噂が出回っているんだ!
「そっ、それより、ここから出せ! 出すのじゃぁぁあ!」
むっ!
少女の額に光の文様が現れると、尖烈な圧力を発した。
──竜?
竜の威圧……だな。
「なっ、なぜ平気なのじゃ、爺ぃでさえ……」
爺?
眉間に意識を持っていく。少し強めに。
「ひっ……ひぃぃぃ…………」
少女は、足をジタバタと動かしてたじろぎ、大きく目を見開いたかと思うと、そのまま俯せに倒れた。
おっと、やり過ぎたか……と思った瞬間
その少女が腰から持ち上がった。
なっ! 重力を無視してる。
「もう、その辺にしてやってくれ! 紅き者よ」
少女に似つかわしく無い、地の底から響く声。
再び圧を発した
寸前の数十倍! 恐るべき魔界強度だ。
少女が起き上がった。瞼は開いているが、白目を剥いている。意識がないのか。
「我がそなたを一目見たいと、唆したのだ」
「斉竜か!?」
「左様」
俺が威圧を解くと、斉竜の圧も大幅に減った。
「どういうことだ?」
「なに。我が依代、巫が元に紅き者が来るというでな」
「……見に来たと」
「話が早いの。まあ、遠見で見えるが話してみたくてのう。やはり、ゼルバヴォルフを通るとな」
「単純に謁見させれば良かろうに……それにしても、精霊教会の祭神の正体が斉竜だったとはな」
「誤解でもないか! 元は違っていたのだがな。300周期余り前に、我言の葉を解する者がおったので時折聴かせておったが。それを広まったゆえ、そのままにしておる。我も1つ聞くが」
「何なりと」
「そなたは、何を望む? 人間の主を望むか?」
「主なあ……面倒臭い、望まぬ!」
「ほう……」
「主とも成れば、やりたいこととやらざるを得ないことの転倒を強いられかねん」
「そなたは、やりたいことが多そうだな」
読まれているな。
「多いが1つ。斉竜、あんたとは逆だ!」
「そうかな。同じに見えるが……」
「斉竜。俺が望むは、俺により近い者の幸福だ。遠くなればなるほど、どうでも良くなる」
「ふふふ……」
「何か変なことを言ったか?」
「いや」
良い機会だ。
「1つだけ言っておきたいことがある」
「なんだ」
「あんたの願い……どんな安寧かは知らないが。それを俺から壊す気はない」
「俺から……な」
「ああ」
「ふむ。訊きたいことは訊いた。疾く去るとしよう」
その言葉が消えるや否や、少女は瞬いた。
「あぅ、あわわ…………」
意識を取り戻したが、混乱は続いているようだ。この娘が哀れになってきた。
「落ち着け!」
「はひ」
なぜ床に正座?
「まあ。いい。それで聖王というのは、竜の巫なのだな」
「なっ、なぜ、それを!?」
「さっきまで、お前に憑依していたぞ!」
「くぅぅ……」
小さくなった。
なるほど。この娘も、複素魔気インピーダンスが低い。
普通の人間よりは、竜に近い。
「そっ、それで、竜……いえ精霊様は、なんと?」
「自分で訊け!」
「自分からは……」
憑依して、一方的に喋られるのか。
この娘と会話しても無駄。
結界を解いた。
「聖下」
「ひっ!」
そんなにビビらなくても。
「結界は外した。戻って良いぞ!」
「ななっ!」
「ああ、静かにな!」
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訂正履歴
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




