192話 手持ち無沙汰
お休みを戴きました。また今日から精進します。
まだ、昼前だが、ラメッタに着いた。
「城郭都市と聞きましたが……」
確かに、車窓から見る分には、左側は小さい塩分濃度がやや高い塩湖が広がり、右側には簡素な建物が夥しく並んでいる。日干し煉瓦を石灰モルタルで塗り込めたものだ。
アンが応える。
「ユリ様。旧市街は1km程先からです。そこから中が、大主教自治区です」
「では、ここら辺りは……」
「元は、漁港と門前市の間にできた、いわゆる非合法の町ですね。この街道の周りはともかく、二筋も入ると治安が悪いようです。教会側も良くは思っては居ないようですが、ここはフロンク王国の管轄、領外なので、手が出せないそうです」
「へえ。そうなの。アンは色んなことを知っているわねえ」
「ええ。パーラーメイドは情報に聡くないと、勤まりませんので」
いや、お前は特別だ。黒衣衆だからな。
そうは思ったが、顔には出さない。どうもユリに対しては秘密が多くなるな。
そうこうしている内に、城壁が見えてきた。
近付いていくと長い列ができている。徒歩の巡礼者だ。
「ん?」
正面から、騎乗の兵が寄ってきた。エピメテウスと何か会話しているようだ。
列には並ばず、右の方に誘導された。警護兵の輪が割れ、そのまま城壁の中に入った。
壁に囲まれた小さい区画。なんだか枡形虎口っぽいな。
壁の上の方の縦長の窓が狭間のようだ。
さらに中門を通り抜けたところで、停まった。
全員馬車を降りる。
僧服の中年男性が近付いてきた。
「ヴァンデルと申します。アレックス・サーペント閣下でいらっしゃいますか?」
無意識に感知魔法を発動していたのか、上級司祭と出た。そこそこの役職だ。
応えようとするレダを手で制し、答える。
「いかにも。上席司祭殿、出迎え御苦労に存ずる」
「うっ……遠路遙々とラメッタへお越し頂き感謝致します。総主教が日程を調整致しておりますが、しばらく掛かりますゆえ、先ずは宿坊へご案内致します」
こちらは客で、呼び出された立場ではあるが、待たされても致し方ない。この世界、到着の日など前後して当たり前。事前に訪問時刻など決めてないからな。
「痛み入る」
「それではどうぞ」
荘厳ではあるが、華美ではない設えとなっている建物の中を進む。
窓から、ラメッタの主殿シーヴァルド大聖堂が見えた。
でかいな。
王都のカテドラルの何倍かの規模だ。まあ、総本山だからな。ああっと、寺じゃないから本山というのも変だな。前世のローマのことを思い出すが、趣が少し似ているといった程度だ。
「こちらでございます」
居間と続きの寝室が4つ繋がった、貴賓客室なのだろう所謂スィートに案内され、ざっと予定と、世間話をして枢機卿は戻っていった。
ソファの真ん中に俺。右隣にユリ、左隣にレダが座っている。
ふっと、息を吐いたアンは、呆れた顔で吐き出した。
「おそらく、今日はご面会できませんね」
そうだな、夕食の時間を言っていたからな。
そう言いつつ、アンは壁沿いに繁々見回っている。
「ねえ、アン。何をやっているの?」
そうユリが訊いたが、口元に指を当てた。こちらでも静かにしてと言うポーズだ。
ユリが少し驚いて、こちらを見るので、ゆっくりと肯く。
「ふーむ。大丈夫のようですが……アレク様」
「ああ、魔道具の反応もないな」
「えっ?」
「いや、アンは、この部屋を覗いたり、聞き耳を立てているやつが居ないかを、確認していたんだ」
「そうなの? ここってそういう所?」
「まあ、分からないから、確かめたんだよな?」
「はい。それでは、私は偵察して参ります。では!」
言葉と共に、アンの姿も消えた。
「あなた。アンって、本当に間者でしたのね」
「前にも言ったろ」
「そうですけど……ああ、ここでは家事ができないんですね……ああ、お茶でも」
やることが無くなると、固まったように動かないレダと、何かしら動いていたいユリ。対照的だ。
「そうだ!」
俺は、手作りのカードを取り出した。
「それは、確か……トランプ!」
「そうだ。これを使って遊ぶとしよう」
レダが、俺の手元を凝視した。
「ああ、前にやったババ抜きがやりたいです。やり方知ってる? レダ」
「いえ。存じません」
「じゃあ説明するわね……」
説明の後、レダが対面に移動し、俺のカードを引いて始まった。
「揃いました」
と言って、真ん中にカードを捨てた。
「ああ、二人とも魔法を使うのは無しだからね」
やらないやらない。
その気になれば、いかさまやり放題だし。面白くないだろ。
「うーん。レダ、ババを持ってる?」
「持っていませんと答えて、信用されますか?」
「どうだろう?」
と言って、引いたカードが揃った。
俺の番だ。
無心にカードを引いたが、揃わなかった。手札を切り直して、レダの前に突き出す。
「きっと、アレク様が持っていますね」
そう。今、お前が持って行ったヤツだ。
「ああぁ、レダ! ババを引いたでしょう!」
「引いたと答えて、信用されますか?」
「するよ……って、うわっ!」
ローテーション速いな。
引いて揃う。
「前にも聞いたけど……レダは、子供の頃の記憶があまりないんだよね?」
げっ! その話題は。
「ええ、3年前魔法を使った時に失敗しまして……と言っても、あまり憶えては居ないのですが。それより前のことは断片的にしか……」
「ふーん。それは大変だったね。どんなことを憶えているの」
「はい。ランゼ様とは従姉妹なのですが。母と伯母は相当年が離れていまして。その両親が亡くなってからは、父方の親戚を点々と預けられたことがうっすらと」
「そう……思い出させて、ごめんね」
ユリがうっすら、涙を溜めている。
「いえ。パルシャの町にある施設で、療養しながら魔法師の訓練をしていた時に、ランゼ様が現れて、引き取って貰ったのが2年弱前です。後から知ったのですが、施設での費用はランゼ様が全て出して戴いたそうで」
ユリがうんうんと頷いて居る。
いつものように滑らかに話しているが、全て作り話だ。
レダは、あの亜空間部屋に有る培養器でホムンクルスとして生まれた。一部先生の遺伝子が入っているからクローンとも言えるが。
しかし、レダが自分で語った話を、虚構の認識があるのだろうか。それとも、本当の記憶として信じているのだろうか? 知りたいところだが、本人に訊いて、信じていたら目も当てられないからな。後で先生に訊くとしよう。
「ですから、ランゼ様には大恩が有るのです。それに……」
「そうだよね」
2人して俺を見た。
「そうだな。俺もレダに会えたことを、先生に感謝しないとな」
ババ抜きは、当初俺やレダが勝っていたが、後半からユリが巻き返した。
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訂正履歴
2017/08/25 不自然な部分を訂正(ユリに話しかけたレダ→アン,枢機卿→上席司祭),最後の文を追加
2017/08/27 枢機卿の訂正漏れを上級司祭に
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




