189話 年越し
歳も押し詰まり、カレンとメイドの皆でセルビエンテに帰省した。
穏やかな天候がつづく。
ここは春だからな。
故郷には帰ったが、特に行事は無い。
本来であれば──伯爵の嫡男ともなると、親父さんを補佐してやるべきことは多いはずだが。
魔人になった故、それはできない。
国王のみに仕える……その原則に反するからだ。
親父さんに謝ったところ、そんなこと気にするなら魔人になることに賛成しないさと、超男前に言われた。本当に良い人だ……俺には成れない。
さて、親父さんはご承知戴いたが、そんなことを領民は知ったことではない。
何もしない俺が、城にあってというのは外聞があまり良くない。
ということで、バカンスし放題だ!
昼間はサーペンタニアでロキシーと沢山遊び、夜はセルビエンテに移動して妻達と戯れた。馬車なら大変だが、転移鏡を使えば一瞬なのでなんの問題ない。
そんなこんなで、年末も終わり。
12月31日。
機械時計が普及していない世界。
時刻は、教会の鐘が頼りだ。
当然催事はルーズだし、皆いわゆる体内時計があるのでそれほど困りはしない。
そうなると、秒単位で分かる俺のそれは、無駄に精度が高いことになるのだが。
23時33分か。もうすぐ今年も終わりだが、昨夜からの宴が、城の大広間で続いている。
久々に俺も参加した。公式行事ではなく、辺境伯家の私的行事だからだ。
無礼講ではないが、家臣と家来を労う場となっている。
1年前もやったはずだが、あまりよく憶えてない。きっとこんな感じだったと思う。
あの時は、周りをよく見る余裕がなかったが……それにしても親父さんは、部下にかなり慕われていることが、ありありと分かるよな。
優しいだけじゃなく、厳しいところもある領主だそうだ。
為政も堅実だが篤い。
すぐ側に爺様も居る。
が、こちらは畏怖されている。特に古参の者達に。しかし、嫌われている感がないところが流石だ。
さて俺は──
相続もして居ない身で、特にどうと言うこともないが。まあ期待だけはされている気がする。そんなところか。
「どうした。アレク殿。ガイウス殿の方ばかり見て」
「いえ。あれだけの人望がどうしたら得られるものかと」
「何だ、羨ましいのか?」
「はい」
美しい人の目付きが妖しくしていると、なんとも違和感があるな。
「ふーーむ、そう正面切って肯定されると、からかう気が失せるではないか」
「大分、酔ってますね」
「そうだ、酔うために飲んだからな。当然の帰結だ」
思いっきり色気が、放射されているんですが。
「しかし、自分の人望の高さを分からないとは、私も大事なことを教え損なったものだな。敵を知るには己を知るべしだ」
「彼を知り己を知れば百戦危うからず……ですか」
「ふん。それは知らんが! いずれにしても、兵法の基本も基本! アレク殿は、世の中や他人のことを良く把握しているが、自らを省みない、知ろうともしない。それではだめだ!」
ありゃ、本格的に説教だ。
「いや!」
「大事なことだ、聞け!」
「はあ……」
目が据わった人に言われてもなあ。ん?
「自分がどれだけ実力を備え、才気に溢れているか。ざっくり言えば、不世出の怪物だ! ガイウス殿が、そして周りの者がどれだけ頼りにしているか、知ろうともしない」
怪物って……がっつりダメ出しされているぞ、俺。
「聞いているか? アレク殿!」
「はい。聞いてますよ、先生」
「アレク殿……お前は、もっとわがままになれ!」
はっ?
「小さくまとまるな! やりたいようにやれ! ああ、人間は殺すなよ」
「はあ……じゃあ、先生の言うことは、都合が悪ければ、聞きません」
「何だと……ふん。それで良い。うむ。気持ちよくなった、寝る!」
「じゃあ、部屋まで」
「それには及ばん! ゾフィ」
「はっ、はい!」
壁際に居たゾフィが飛んできた。
「部屋まで、お連れしろ」
「はっ!」
先生の腰を抱えて大広間を辞していった。
不意に、両腕を掴まれた
「カレンに、ユリ」
さっきは、爺様と御婆様と話していたが。こっちに来たのか。
「ランゼ様。なんだか、できあがっていらっしゃいましたね」
「ああ、途中まではな」
「途中まで?」
「説教の途中から素面に戻った」
「では、その後は」
「酔った振りだな、あの人も、照れ屋なところがあるからな」
カテドラル教会でも、隠れて何か俺のためにやってくれていたのだろう。
「私にはルーシアが居ますけど、アレク様には沢山の心通じる人が居るんですね」
「そうだな」
先生も同じことが言いたかったのだろう。親父さんとは違う領主になれば、いや違う者になれば良いと。
「それにしても良い宴ですね」
カレンだ。
「そうかぁ?」
「ええ。何と言うか一体感があります」
「ふむ。ハイドラ家はどうなのだ?」
まあ、辺境伯家とは身代が違うからな。規模は比べられないだろう。それゆえに異分子が、入りやすくもあるとも言える。
「実家の宴も悪くないですが……3日後、アレク様自身の眼で確かめて下さい」
「ああ、楽しみにしてるよ、カレン!」
「アレク様ぁ!」
ユリの様子が変だ。
「結構酒を飲んでいたようだが、大丈夫か?」
「はい、平気です。このように晴れがましい場所には、出たことがなかったので……」
酔ってる人間は、大体そう言うよな……悪酔いするまでは。
─ 解毒 ─
「ふぅあ……。あっ、あれ? 私!」
「酔いが醒めたか? ユリ」
「ああ、はい」
まあ、悪酔いになる前に気が付いて良かった。
そう言えば、爺様達と話す前にフレイヤと一緒に話してたな。紅いカクテルを飲んでたか。さては、口当たりが良く、酒精の強いやつを勧められたか。カーチス酒造から沢山献上されていたからな。
フレイヤのやつめ……睨んで……って、あれ?
フレイヤの方も何だかふらふらしてるぞ……はあ。仕方の無いやつだな、小姑の意地悪かと思ったが思い過ごしか。
─ 解毒 ─
ん?
こっちを向いた。べぇーーって、前に俺が教えたあっかんべーされた。何でだ?
その疑問はすぐ解けた。
カァァーン!カカァァーーン・カン……
王都に比べて、やや高い鐘の音が聞こえてきた。
「新年おめでとうございます。あなた」
「おめでとうございます。アレク様!」
妻達が寄ってきたので、少し屈むと両頬にキスを受けた。
近くから、おおうと喚声が上がる。
二人とも麗しい。
佳い笑顔だ。
少し離れた親父さんと眼が有ったが、穏やかな表情だ。その横のお袋さんと、フレイヤが無表情なのが少し気になるが。
「新たな年に乾杯!」
「「「乾杯!」」」
親父さんの発声に会わせて、皆がグラスを掲げる。
カレンと、ユリ、そして背後に居るレダと、グラスを合わせてあおった。
旨い!
マセリ酒が良い酒になったこともあるが……妻達のお陰か。
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訂正履歴
2017/8/5 体内時計の下りを追加
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




