188話 異世界の年末
年の瀬と仕事の会計の締めが重なって、忙しく過ごしていたら、あっという間に年末が近付いてきた。
普通にしていると、週末にしか会えないということで、カレンが週3日程度、学園が終わるとウチの館に来るようになった。
時々泊まっていく。
金曜日の夕食が終わって、その流れで居間にいる。ここにはカレンとその従者のルーシア、それにテレサとメイド一同が居る。なぜかフレイヤとその従者のイーリアも居るがまあ良いか。
「それで、年末はセルビエンテに行くとして、カレンも同行するから、皆もそのつもりでな」
「はい」
カレン主従が、ユリに会釈する。
テレサ親子が亡くなった夫の実家に行く以外は、皆セルビエンテに行く予定だ。
「それでだ。年が明けたら、ラメッタへ巡礼で行くことになった」
「ラメッタ!!」
「ラメッタ?」
ロキシーだけきょとんとして、アンやゾフィの方をキョロキョロ見ている。
「ああ、ロキシー。東にある国の中にある精霊教会の聖都だ。まあ、でっかい町だな」
「王都より大っきい?」
「うーん、どうだろう。俺も行ったことがないからな」
ふーんと言った顔だ。
「そこに行くの? お仕事?」
「ああ、仕事だ」
ロキシーは不安そうな面持ちだったが、俺の返事を聞いて悲しそうな顔に変わった。
仕事という言葉は、ロキシーの1番嫌いな言葉らしい。仕事と言われたら、俺に付いて行けないとからだ。アンやゾフィからキツく言われているようだ。
「アレク……明日、帰って来る?」
ふむ。やっぱり分かっていなかったか。
「ああ、今日も明日も家に居るぞ。ラメッタに行くのは、20日先だ」
「よかったぁ! 20って言われても……ロキシーは10までしか数えられないの」
良かった。一応20が、数だとは理解しているようだ。
そう言うと、何だかアホの子ぽいが。100まで数えられない人は、商人でない庶民には成人でも結構居る。初等教育すら行き届いては居ないのだ。
「ロキシーちゃん」
「なあに? リーザ」
「一緒に数えましょう。片手でも31まで数えられるよ!」
「えっ! 本当?」
心が動いたようだ。俺の方に向き直った。
肯いてやる。
「うん!! リーザ、一緒に数えよう。どうやるの?」
リーザが手招きして、壁沿いの方へ歩いていった。気を利かせてくれて助かったな。
31か。リーザは結構賢いようだ。
「あのう、アレク様。ラメッタ巡礼は、どのような日程になりますでしょうか?」
おずおずと、カレンが訊いてきた。
「うむ。フロンク王国に入ってから、馬車で3、4日の行程と聞いている」
「そうですか、結構遠いですのね」
100kmちょっとだ。
どっちからと言えば、国内の移動距離の方が長いが、そっちは転移門が使えるから、所要時間は、あってないようなものだ。
そこで、すかさずフレイヤが試算を始めた。
「では、国内移動を考えて、7日間と言うところでしょうか?」
「最低限だと、そうだな」
それだと、ラメッタに1日しか居ないことになるが。
「うーむ、ご一緒して、アレク様の身の周りのお世話など致したいのですが……学園がございます。申し訳ありません」
カレンが残念そうに告げた。
「ああ、土産を買ってこよう」
「はい」
代わりに、フレイヤが身を乗り出す。
「ああ、お兄様。私は大丈夫です。ご一緒できます」
「はあ? 何でだ。お前はカレンと条件が同じだろう」
「ですが」
「ですがじゃない。母上が訊いたら何と言うかな。あんまりゴネると土産を買ってこないぞ」
みるみる、目に涙が溜まっていく。
おいおい!
「お兄様のイジワルゥ~~」
叫びながら部屋を飛び出した。イーリアが恐縮しながら後を追っていった。
「はあぁ。フレイヤさんは、学園にいらっしゃる時と、随分印象が違いますね」
カレンが驚いているというか唖然としている。
「御館でも、あのようになるのは、アレク様と接している時だけですね」
「そうなのですか? ユリさん!」
そうなのか。ユリ!
その週末は、妹の姿を見なかった。きっと部屋に引き籠もったのだろう。
「話を戻すが、ラメッタへは、従者兼秘書のレダ、諜報役のアンと俺の世話でユリを連れていく。皆そのつもりでな」
「「はい」」
「できたー。20! アレクゥー」
見せに来たロキシーの手は、中指と小指を立てていた。
◇
12月24日。
当たり前だが、この世界では特に何の記念日でもない。
夕食後執務室に居ると、ノックがあった。
「何です? あなた」
ユリが部屋に入ってきた。
「ああ悪いな。忙しいところ」
「うううん。食事の後片付けは、最近来たメイドがやってくれるのよ」
俺は頷くと椅子から立ち上がり、部屋の真ん中に居るユリに近付く。
彼女は、何度か瞬いた。
「もっと前に渡したかったんだが」
魔収納から小箱を取り出す。
「これは?」
パカッと、箱を開けた。
「指輪……? これを私に?」
「ああ、左手を」
はいと、ユリは言った通り差し出した。箱から指輪を取り出し、ゆっくりと薬指に填めた。
ふう。少し緊張した。
この世界では、アクセサリーとしての指輪は無論あるが、結婚指輪とか婚約指輪を贈る風習は存在しない。無いが、どうしても贈るというか、指輪をやりたかったのだ。
──アレクは、マーキングしたかったんじゃない?! だから……
[うるさいぞ! アレックス]
「綺麗ぇぇ……」
ユリは、手を色んな方向に向けて、光の反射を眺めている。
「あっ……。ありがとうございます。あなた!」
かなり嬉しそうだな。だが……。
「ああ、1つ言っておくことがある」
俺の表情を読んだのだろう。
「……わかりましたわ。カレンさんにも同じ物を?」
「ああ」
俺はユリの背中に手を回し、抱き締める。
「レダにもな……」
「なっ!」
躰を離しつつ。
「でも、それは……ユリにだけだ」
えっ!?
ユリは俺の視線を辿って、自らの胸元を見た。
「紅玉だ。俺が磨いたんだが、どうかな?」
右手で、持ち上げて見て居る。
「はぁ、あぅあぁぁ。うれしい。美しい……はずだけど滲んで。赤が濃い、あなたの紅ですわ」
ユリは大きな眼に、泪を浮かべている。
「よかった!」
もう一度、抱き締める。
ユリは、俺を見上げた。
「でも、私。なっ、なんにもあなたに……あげられ……」
俺とユリの唇の間に、一瞬アーチが架かった。
「……もう貰ってる。沢山な」
「あなた……」
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訂正履歴
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




