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187話 お招き

「魔人閣下。お待ちしていました。宰相閣下は、中にいらっしゃいます」

 宰相の従者に促されて、執務室に入る。


「おお。アレックス卿、座ってくれ」

 略礼して、ソファセットのストラーダ侯の正面に腰掛ける。


「本題の前に、陛下の件だ」

「はい」

 

 まあ、上機嫌だから、状況が改善しているのだろう。


「まだ床から起きることはお出来にならないが、意識もしっかりされてな」

「ほう」

「ご自分で食事が摂れるようになられた」

 もう少し絶食したら、痩せるのになとか思いつつ。

「それは何よりですな」


「それで陛下も王妃も,いたく感激しておられてな,卿とランゼ様に直に礼を述べたいと仰っていたが。それでは、流石に状況が漏れると思い留まって戴いた」


 それは、よかった。

 陛下が寝ていて、あの拒絶感だ。参内せよと言われても、先生は絶対断っていただろう。そうなると結構な問題になっていたはずだ。いや、閣下が回避してくれたのか?


「そうですか。小官は構いません。ところで1つ伺いたいことがあります」

「なにかな?」

「先生と閣下はどのような関係なのでしょうか?」

 ストラーダ侯はぐっと詰まった。


「ううむ…………陛下が、まだ王太子殿下の時の話だが、魔法に関する講義を、当時魔女になられたばかりの、ランゼ様にお願いすることになってな。内々に王妃と許嫁になっておった私が交渉したわけだが……」


 ああ。その時になんか有ったか。


「閣下、お時間の方が……」

 従者が告げてきた。


「ヴェルフェス……ああ、アレックス卿。すまんが、この話はまたにしよう」

「はい」


 本当に時間が無いのか、この後ろに立っている従者が主人の苦境を救おうと気を使ったか。両方かも知れないが。


「ああ、それで卿に来て貰った本題だが……ミケーレ大司教から依頼があってな」

「精霊教会ですか……用件は何でしょう」

「ああ。卿に……魔人にラメッタに巡礼せよとの依頼だ。何件か前例もある」


「総主教猊下に会いに来いということですか」

 曾爺様もタイミングが違うが、ラメッタへ呼ばれて拝謁したそうだ。それが聖者と呼ばれる切っ掛けとなった。


「うむ」


 精霊教会は、我が国でも総人口の3割程度の国民を信者に持つ宗教だ。

 国民には信教の自由があるし、ルーデシアでは政治と宗教は分離されているので、厳密に言えば国教ではない。

 だが国王も信者であるし、戴冠式は精霊教会大司教が執り行うのだから、そこそこの権威もある有力メジャーな宗教であることは間違いない。

 ちなみにラメッタは、精霊教会の総本山というところで、隣国フロンク王国の中に自治権を持つ都市だ。


 我がサーペント家も信教を訊かれれば、精霊教会と答えるだろうが。俺というか、アレックスを始め一族でそれほど信心深くは無い。

 だが。


「ただ、私が今ルーデシアを離れるのは余りよい話ではないでしょう。ディグラントの動向は如何なのでしょうか?」

 大内海の向こうの国の動向が気に掛かる。


 閣下は、口元を触って考えている。


「そうなのだ。今は、ディグラントは鳴りを潜めては居る。セルーク海戦とて、被害は専ら属国のハークレイズで、自国は軽微だったからな。あの程度の負けで、野心を無くすとは考えにくい」


「ならば……」

「しかし、卿が猊下と会えば、卿だけで無く、国の外交的な立場は強化される」

「ディグラントへ直接の効果は無くても、周辺国へはあるということですか」

「その通りだ。アレックス卿」


 高度な政治的判断か。


「まあ、幸い我が国には、もう1人、魔人が居る」

「つまり、巡礼に行って来いと?」

「ああ、必ずしも悪い話ではないと思っている。先方は、まずは大司教と会って欲しいそうだ」


「わかりました、大司教に会ってみます。日時の指定は?」


 閣下は、ヴェルフェスを振り返る。

「ええ、それにつきましては、私から。第1希望は、明後日の午後だそうです」

「では14時に伺うとしましょう」

「はっ。こちらから、そのように伝達致します。閣下、お時間が大分押しております」


「わかった。では頼んだぞ。アレックス卿」

「はっ!」


 ストラーダ侯は、すぐさま立ち上がると、部屋を出て行った。


──大主教より、聖王聖下に会ってみたいなあ


[ないな。聖王は]


 聖王とは、精霊教会の精霊に匹敵する信仰対象、いわゆる現人神だ。それに人前に出てくることはほぼ無い。

 年に複数回、聖王の言葉が発表されるだけだ。

 対して総主教は教義や活動の中心人物で、精霊の代理人と称される。数百年前には聖王と総主教が権力を争った歴史もあるらしいが、今は和解して前記のように分担しているらしい。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 久し振りだ。

 ゴシック調によく似た尖塔が連なる王都カテドラル教会に来た。

 ああ、王女殿下に会いに来て以来だ。


──あそこで、アレクが女装……


[黙れ!]


 思い出させるんじゃない。アレックス!


 馬車を降りた。

 参拝客が詰めかける正面玄関ではなく、一本脇に入った左側の通用門へ回る。こちらは教会関係者が使う質素な門だ。

 表向き精霊の下の平等とされているので、正面玄関は一般民衆も使えば、王族も使う。もっとも後者が使う場合は、この前訪れた時のように教会前の一角を警備兵が占拠して一般人を閉め出すが。


 鉄格子の向こうの警備員をレダが手招きした。


「アレックス・サーペント卿の一行である。取り次ぎ願う!」

 声が聞こえたのか、奥から警備員が駆け付けてきた。

「伺っております。どうぞ中へ!」


 中に入ると、後ろで門扉が閉まった。案内にしたがって屋内に入る。

 長い回廊を通り抜け、聖堂とは違う建物に進んだ。

 ここで、先導者が警備員から、聖職者に変わった。


「こちらで、大司教がお待ちでございます。どうぞ」


 見た目は質素だが、厚い材を使った扉が開くと、正面に見えた机の向こうで総白髪の男が立ち上がった。


「これはこれは、魔人閣下。ようこそお出で戴きました」

 低いが、よく響く良い声だ。伝統の白いゆったりとした貫頭衣ダルマティカを身に着けた大柄の男性が寄ってくる

 すっと、レダが脇に避ける。


「お招きに応じて、罷り越した」

「申し遅れた。ルーデシア教区を預かるミケーレだ。どうぞ掛けられよ」

 細身だが貫禄がある。


──品が良い人だね!


 確かに。

 案内してきた者が、部屋を辞して、この部屋にはレダを入れて3人になった。

 勧められた年代物のソファに腰を下ろし、向かい合う。


「時に。セルビエンテは、もう暖かくなっているであろうかな?」

「早、12月ゆえ王都よりは暖かいと存ずるが……ああいや」

「ん?」

「このしゃべり方は性に合わぬので、普段通りに戻します。大司教様もご同様に」


「ははは。ここは教会。ご随意に願います」

「ありがとうございます。それで、御用の趣はラメッタに巡礼せよと伺っておりますが」


「うむ。察しては居ると思うが、新しき魔人にラメッタに来て欲しいと、総主教から要望が有ってな」

「何が目的なんでしょうね?」


「ふむ。総主教カイウスは、在任2年目。7年絶えていた、新たな魔人を呼びつけて、箔を付けたい……」

 えらく、またぶっちゃけたな。


「……とか、考えてはいらっしゃらないかな?」

 なんだ冗談かよ!


「いや、総主教猊下の任期とか知りませんし」

「うむ。そうでしょうな……総主教は、この世界の安寧を心より望んで居られる。貴公をラメッタに迎えたいというのも、その一環に違いありませぬ」


 どこかで聞いたような……。


「要は、私を危険人物と考えておられると?」

「有り体に言えば、そう言うことでありましょう」

 ふむ。


「しかし、危険で無い人間など居ないのもまた真実。いかがであろう?」

 なかなか含蓄のある話だが。


「よろしいでしょう。伺わせて貰います」

「何時? と伺ってもよろしいかな?」


「そうですね。流石に今年一杯は無理です。1月の中旬と言ったところでしょうか」

「承った。ラメッタに伝えておきましょう。折角来て戴いて恐縮だが。話は以上です」


「では、失礼させて戴きます。大司教様」

 立ち上がる。


「うむ。何か有れば、いえ、特に何も無くても、時々ここにお出でなさい」


 満面の笑みだ。


「そうさせて貰いましょう。ああ、お隣の部屋に居る方にも、よしなにお伝え下さい。では!」


 俺達は、部屋を辞し、扉が閉まった。


     ◇


「ふむ。バレていたか」

 続きの間へ通じる別の扉が開き、女性が入って来た。


「ははは。ランゼ殿。ご心配には及ばないのでは?」

「魔人とは言え、一個の人間。心配のし過ぎなどということはない。しかし、よく知らせてくれたな。ミケーレ殿」


「精霊のお導きです」

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訂正履歴

2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)

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