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186話 何事もない日

「お帰りなさいませ。あなた」

 馬車を降りると、ユリが出迎えてくれた。


「ああ、ただいま。ああ、少し待ってくれ」


 馬車を振り返り、扉を押さえていたゾフィに話し掛ける。

「ゾフィ。ご苦労だった」

「ああ、いえ。滅相もない」

 レダも降りたので、パタンと扉を閉める。


 上……御者席を見上げながら。

「彼は……」

「ああ、彼は兄の方……プロメテウスです」


 最近我が館にやってきて、従者見習いをやってくれている。


「そうか。プロメテウス! 厩に繋いでおいてくれ!」

「はい。では、はっ!」

 掛け声と共に、馬車が走り出す。


「そうか。双子なのに、よくわかるな」


「ああ、確かにエピメテウスとそっくりですが……」

 そう、弟と背格好も顔が同じで見分けが付き辛い。


「……見分け方は口元のホクロです」


「ふむ。それで、働きぶりはどんな感じだ? 悪さとかしないか?」

 俺の疑問が意外だったのか、ゾフィの眉が上がる。


「悪さ?! いいえ。言葉数は少ないですが、とてもまじめです。悪さなどしません。最近の若者にしては素直ですし……」


 ふむ。そこそこ好意を持っているようだ。


「では、弟の方はどうだ?」

「ええ、エピメテウスもです。なかなか二人とも好青年です。よく雇えましたね」


「ああ、良い伝手があったからな。そうか。ではよく指導してやってくれ」

「承りました」


「待たせたな!」

 3人で玄関を通り抜けて居室へ向かう。

 ほどなく部屋に着いて中に入ると、レダの足が止まった。


「アレク様。本日、公職の残務はございません」

「そうか。わかった」


「それでは私は失礼致します」

「うむ、ご苦労だった。ああ、レダ。夕食を一緒に食べないか?」


──あっ!


「ありがとうございます。ですが、生憎ランゼ様とやることがございまして」


 レダは、俺と日中ずっと一緒に過ごしているので、同衾する時以外はユリに遠慮して離れていることが多い。ひとりぼっちで過ごすということはそれほど多くないようだが。


「そうか。またにしよう。下がってよい」

「失礼致します」

 居室を辞して行った。先生と何をやるんだろう?


──今日は、レダのメンテナンスの日だよ!


[ああ、そうだったか。悪いことしたな]


 忘れそうになるが、レダは人造人間(ホムンクルス)だ。ある意味、先生のクローンと言っても良い。定期的に健康診断というか、メンテナンスをすると聞いている。

 それが今日か。


「では、お着替え致しましょう」

 ユリの言葉で我に返る。

「ああ」

 新しいドレスシャツと、くるぶし丈のラフなパンタロンに穿き変える。


「アレク様」

「うん?」

「ロクサーヌですが……」

 青狼獣人のロキシーのことだ。


「また背が伸びたようで」

「そうなのか」


 一昨日の朝食で会ったとき、何か違和感があったが、それか?

 それにしても、最近忙しくって構ってやっていないな。最近館に来た少女リーザと仲良くしているとは聞いていたが。これは、淋しがっていると言いたいのだろう。


「じゃあ、明日は休みだから、遊んでやることにするか」

「喜ぶと思います。はい。これでよろしゅうございます」


 うん。テレサが家令となってから、先生が家のことをやらなくなったからな。基本的にはテレサが仕切ってくれているが、陰に日向にユリがサポートしてくれている。


「うむ、では夕食まで執務室に居る」

「はい。テレサ殿が御用があるとのことでしたので、伺わせます」

「分かった」


 執務室に戻り、取り寄せた技術論文を読みつ眺めつしていると、ノックがあった。


「失礼致します。アレク様、お帰りなさいませ」

「ああ」


 入って来たテレサが、木枠に入った荷物を手に持って居たので用件が分かった。

「クレメンス商会からお届け物です」

「うむ。そこに置いてくれ」


「開けなくてもよろしいですか?」

 テレサは、手に釘抜きを持っている。なかなか準備が良いな。

 しかし、俺は箱の上で手を振る。

「いや。今、開いた」

「はい?」

 それには応えず、荷物上方の四角枠を持ち上げて、横に置く。


「あっ! えっ? はあ、驚きました。先程までしっかり繋がっていたのに……」

 

 何のことはない。風属性魔法、風斬エールゼンゼを発動して、打ち込まれた一部の釘を断ち切ったのだ。

 テレサは、取った枠の切断面をしげしげと視ている。なかなか、好奇心が強いようだ。


 視線が合う。

「素晴らしい切れ味ですね……ああいえ。魔人にお成りになったことは、重々承知しておりますが。申し訳ありません」

「いや。慣れてくれれば良い」

「恐縮です」


 中には、封筒に小さい箱が5つと、やや大きめの箱が入っていた。

 テレサは、興味深そうに視ていたが、はっと気が付いたように居住まいを正した。


 小さい箱の4つは、さらに小さい化粧箱が入っている。中はプラチナの指輪だ。外周は多面体で、石が付いてないのに綺麗に輝いている。

 残りの小箱には、別の色の化粧箱があり、18金の鎖が入っていた。

 別途、金の爪が付いた金具が入っている真ん中辺りに金具が付いている。


──いいなあ……


[男には必要ないだろう]


──そんなことないもん。大体男じゃないし! いいな、いいなあ……


 鬱陶しい。

 最後に大きな箱を開けると、海綿のクッション材と共に、子供の拳大の真紅な石が出てきた。


──何これ、魔石? それにしても歪な形だね。デコボコじゃない


[ビジョン・ブロッドの原石だ]


──また分からない言葉


紅玉(ルビー)の内、色が濃い物をそう呼んでたんだ]


──ああ紅玉ねえ。へえぇ。原石はこんなふうなんだ


 石を戻して、封筒をあらためる。請求書が入っていた。


 1.紅玉原石:2,500デクス

 1.プラチナ指輪:200デクス×4

 1.金鎖環:50デクス

 計3,350デクスを請求致します。クレメンス商会フローレス・ルーデシア店。


 まあ、こんなものか。


──3,350デクスぅぅう! ナップ酒1,100本じゃん。 原石で2,500って……なんか、軍事費とかやってるから、感覚おかしくなってるけど。大金だよ!


「テレサ!」

「はい」

「これを、俺の個人資金から、支払っておいてくれ」


 紙を受け取って、一瞬眉が上がったが、すぐに戻った。

 ああ、そうか。世の中的には高給取りである彼女のほぼ年俸だものな。


「承りました。こちらの木枠は?」

「ああ、処分しておいてくれ」

「はい。では失礼致します」

 略礼すると、残骸となった木枠を持って部屋を辞していった。


 さて、そろそろ誰か夕食に呼びに来るかも知れないな。俺は、その石と出てきた箱を魔収納に入れた。


     ◇


「ふゎぁぁああ」

 ううんと、伸びをする。


 ここは良い。

 ただの原っぱなのだが。辺りには何も無いし。

 王都に居ながら、自然を感じる。

 何より匂いが良い。亜空間ではあるが。


「アレク。眠たそう!」

 ロキシーが、俺をじっと見ている。


「ああ。ちょっと昨夜夜更かししてな」


「いけないんだぁ。アンとかゾフィーはいっつも早く寝なさいって言うよ!」


 ロキシーは、ふわっとした白いワンピースを着ているが、その袖をメイド服の少女が引っ張っている。

「何? リーザ」

 リーザはロキシーの耳元で囁いた。


「あははは。大丈夫だよ。失礼なんかじゃないよ。ねえ、アレク?」


「そうだな。ロキシーは良い子だものな」

 わしゃわしゃと頭を撫でてやる。髪の密度が凄くて手触りがすばらしい。

 これが気持ちよいのか、えへへと言う笑顔だ。


 確かに少し大きくなったか……ぱっと見、中学生には十分見える。

 そのとき、ロキシーの耳がピクッと動いた。


「あっ! サピーが居る」

 そう叫ぶと、ダッシュで掛けて行ってしまった。サピーとは、カピバラに似た大きなネズミみたいな動物だが。

 相変わらず人間離れした速力だなあと、見送っていると。


「旦那様!」


 ん?

 可愛い声で呼ばれた。


「ああ、アレクで良いぞ」

「ああ、いえ。そんな」

 髪を両脇に分けてお下げに編んでいる少女の顔が、少し紅くなった。


「すっ、すみません。あのう、お伺いしたいことが」

「ああ、何でも訊いてくれ」

 ゴクッと喉が鳴った


「ロキシー……ロクサーヌ様が、獣人だということは存じ上げております。それが、あっ、あっ、アレックス様のことを、そのう、お兄様だと仰っていましたが。どういうことなのでしょうか?」


「ああ、今から1年と少し前の話だ。ロキシーと母親が悪い商人に捕まっていたのだが」

「はあ」

「ちょうどここによく似たセルビエンテの草原で、ガーゴイルに襲われて居たのを、俺が助けたのだ」


「がっ、ガーゴイル!」

 リーザが息を飲む。その魔獣のことを知っているようだ。


「その時に、同じく捕まっていたロキシーの母親が亡くなってしまってなあ」

「まあ、そんなことが」

 リーザは、自分のことのように顔を顰めて悲しいそうな顔をした。この子も親父さんを亡くしているからな。


「ああ、余りにも不憫だったから、引き取って兄代わりになったってわけだ」

「そうだったんですね」

「だから、まあ血が繋がった妹はフレイヤだが。ロキシーも妹だと思っている」

「分かりました」


 この子も良い子だな。

 思わず肩の高さにある、頭を撫でてやった。

 瞬間的に顔が真っ赤になったが、嫌ではないようだ。


「はっ、はぁ、ふう。ああ!」

 戻ってきたロキシーが声を挙げた。

 さっと、リーザが離れた。


「おお、捕まえたか」

 ロキシーの手には、枕大のサピーが乗っている。

 しかし、それよりリーザの方をじっと見ている。


「リーザもアレクが好きなの?」

「えっ?」

 パニックになったように、顔が右往左往する。


「じゃあ、リーザもアレクの妹にして貰ったら良いよ!」

 リーザは、バシバシっと瞬きをすると。


「そっ、そんなあ! 困りますぅ!!」

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