185話 第3回国防評議会
12月に入り、多少日が長くなってきた。
元日つまり春分が近付いて、王都でも少しずつ春の訪れが感じられるようになっている。セルビエンテはもっと暖かいんだろうけどなあ。
この場所も、事情聴取の後は少し足が遠のいていたが。
馬車から降りて、黒々とした建物、参謀本部に入る。
今日は第3回の国防評議会だ。
「これは、魔人様。またお目に掛かれて光栄です」
会議場に行くと件の女性職員が資料を、机の上に配っている。
評議員は、まだ誰も居ないようだ。
「ああ。今日もよろしくな……レダ!」
レダが、すすっと事務官に歩み寄って、資料を半分受け取った。
「魔人様の従者の方に、そのようなことをして戴いて。申し訳ないです」
前回は、ここで……。
来た!
ロッシュだ。
一瞬表情が歪み足が止まったが、俺と目が合うと仕方ない言う具合で歩を進めた。
俺に軍礼をして、無言のまま自分の席に着いた。
1回目では俺をガキ扱いし、2回目ではレダに難癖を付けたが……今日は普通の態度となったな。
まあ、名誉職とは言え、こちらが上官となってしまったからな。内心忸怩たるものがあるだろうが、彼にとってもギリギリの妥協の産物なのだろう。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
女性職員から書類を受け取る時、彼女は一瞬ロッシュの方へ視線を送り、こちらへ向かって、ふふっと笑った。
この人も、結構根に持つらしい。
まもなく、ぞろぞろと評議員とその従者や関係者が入室してきた。皆々俺に軍礼や略礼を捧げつつ席に着く。
最後に、議長のヴァドー師が入室し、扉が閉ざされた。
「定刻になりましたので、第3回国防評議会を始めます。議長、お願い致します」
うむと頷き、白い髭の老人が口を開いた。
「今年も、もうすぐ終わりだ。評議会も答申を出して終わらせたかったのだが、そうも行かなくなった。何しろ軍には来年軍事費の見直し勧告が行っている位だからな。国防構想も影響を受けざるを得ない」
ギロッと陸軍の面々を睨み付けるが、反論は無かった。
「では、宰相府から来ている要望書を読み上げ給え」
はいと、若い職員が立ち上がる。
「このように、宰相ストラーダ侯爵様の決済がございます」
冊子の表紙を見せた。
「読み上げます。11月に発覚したドートウエル方面国境駐屯軍の予算不正使用につき、現在来年度予算を見直し中である。一部評議員に対しては、別途これについても協力を要請する。なお、再来年分の国防構想策定においても、特段のご配慮を要請する」
ふむ。圧力を掛けてきたか。
陸軍の連中の顔は、一様に渋い。
童顔のシュトローム中佐も眉間に皺を寄せてる。ロッシュは顔を背けているが。
「なお付言がございます」
「続けよ」
「はい、議長。現在捜査中ではあるが、過去5年間で7千万デクスの不正使用が認められており、今後も拡大する見込みである。以上です」
「アレックス卿は、同事件において容疑者検挙に関わったと聞いている。ご意見を伺いたいが」
俺に振るか。
何を言うかと、陸軍側に緊張が走る。
「当然ながら、ある程度の情報を保有しているが、捜査上の秘密もあるため、先の付言以上の内容については、ここでの発言は控えさせて貰う」
検察から口止めされているからな。
あと関係ないが……ヴァドー師にも先任、後任の差はあるが同格となったので、基本的には言葉遣いも変わった。いわゆるタメ口だ。
この発言を受けて、色めき立った奴らの肩がほっと下がった。俺が無理難題を言い出さなかったのですこし安堵しているのだろう。
議長は少し面白くなさそうだったが。
評議員の1人が手を挙げ、指されて発言を始めた。確か陸軍のバーナル大佐のはずだ。
「陸軍としては、来年予算にて、先の駐屯軍予算より2千万デクスを減額を了承する用意が有ります」
「つまり、再来年もそうしたいということかね?」
「否定は致しません」
ふむ。自ら申し出たか。
「話にならないですね!」
啖呵を切りつつ、挙手した者が居た。
珍しく貴族の服を着た評議員の発言だ。線が細いが、目が切れ者っぽい感じ。見たことない顔だが。
「何かね? ターセル殿だったか?」
議長も半疑問だったが、俺も名前に聞き覚えが無い。
「ああ失礼しました。今回代理で出席致しております。続けさせて頂きます。財務省としては、再来年につきましては軍事費は懲罰予算とする意向です」
「懲罰!?」
「何か勘違いされているようですが、先のご提案は、ただ単に不正の再生産をしないだけのこと、何ら懲罰になっておりません」
「むう」
バーナルは唸る。
「財務省としては、陸軍、海軍、統合部、内訳に関係なく再来年の軍事費の2割削減を、強く要請致します」
ほう。総予算4億の2割、8千万デクスか。
露見済みの通算不正分を単年で取り戻す積もりだな。
「馬鹿なことを、6千万デクスもさらに減らされては、軍の活動が滞るぞ!」
「待ってくれ! なぜ軍全体なのだ! 海軍は不祥事に何ら関与して居らぬぞ」
「では、財務省が、この予算、あの予算と個別に指定した方がよろしいか!」
「それは……陸軍はそもそも、軍費の割合も多い。当然削減分は陸軍分から捻出すべきだ」
「なんだと! 海軍など、ディグラントにいいようにやられているでは無いか!」
「何ぃ……」
うまうまとターセルの思惑に乗って、軍対財務省ではなく、陸軍対海軍の構図に持って行かれているな。どうやら彼は今回の会議に合わせて財務省が送り込んだやり手のようだ。
「静粛に! 静粛にせよ!」
議長が一喝した!
一瞬で静かになった。流石はヴァドー師、魔法を放つ位の気迫が込められていたからな。
「諸君らは、本評議会を何と心得るか! ここは予算を奪い合う所では無い、国防のあるべき姿を突き詰めるところである!」
そう。国防計画の提言が主任務だ。
とは言え予算が付かなければ、軍は動かせぬ。概算要求を出すのもまた任務だ。
「はっ……」
財務省のターセルは悪びれていないが、軍人の方は項垂れた。
「先に予算の話を致しまして申し訳ありませんが、我々にとっては、軍事も財務の一形態と考えておりますので」
「各々の信念に注文を付ける気はない。が、本評議会の任務を良く理解の上、発言をするように」
「はっ」
一応受諾したな。なんかこっちを睨んでいるが。
「ところで、代理ゆえ存じ上げこともあり、少々伺いたいことがありますが。よろしいでしょうか? 無論軍事の件ですが」
「手短に願うぞ」
「はい、議長! 来年の内閣予備費にて鉄製軍船に調査準備費として、3千万デクスが計上されておりますが。その発案者が、魔人アレックス閣下と伺っております。その有効性についてご説明戴きたい」
ふむ、再来年の話が一段落したら、俺の方に来たか。しかも、この評議会の守備範囲とずれているが。
「議長!」
そう言って挙手すると、老師は肯いた。
だがその前に。
「ああ、閣下。金額については宰相府がご決定されることゆえ、そのようなことを伺っているわけではありませんので、念のため」
ターセルは、機先を制するつもりのようだ。
「答えてもよろしいか? 議長」
「ふむ、手短にな」
「鉄船は、重量、耐久性の点で従来の木造船を凌駕する。これは軍船について画期的な進化と信じるところだ。数値で聞きたいかね?」
「いえ、それには及びません。ありがとうございます。ところで、製鉄の技術革新と価格低減で鉄船の低コスト化と着々と課題を克服されている様子ですが。小職が思うところ、鉄が潮風に当たれば錆びてしまい、先程仰った耐久性の面で致命的な問題があるはずですが。これについては?」
ふむ。ただ文句を付けるだけではないか……よく調べて来ているようだ。
「合成樹脂製の塗料を数種複数層に渡って塗布して、防錆性能を向上させる」
「合成樹脂?」
レダに短冊状の板を渡す。心得たもので、それをターセルの元に持って行って渡した。
「これは……?」
「それは鉄片を下地処理した上に、アクリルに亜鉛を混ぜた塗料を塗ったものだ。今日の議題にするつもりで持ってきた。見終わったら、隣に回してくれ」
「ア、アクリル? に亜鉛」
「そうだ! その塗料が海水で少しずつ分解されて溶け出し、常に滑らかな表面を維持する」
「わざと溶かすということですか?」
「その通り。船底の平滑度は、摩擦に関わるので速力に影響するからな。さらに溶けることで、フジツボのような海中生物の付着をも防止する。まだまだ研究段階だが、1年に1度塗り替えることで、維持できるようにするつもりだ」
「はあ……これは、恐れ入りました。ご説明感謝致します」
ターセルは胸に手を当てて略礼した。なんだか少し表情が変わった気がするが。
「アレックス卿。ついでだ、その他の件も引き続き説明してくれ」
「承った!」
俺は製鉄設備の件と見通しを説明した。
圧延した肉厚20mmから1mmまでの鋼材サンプルを回覧した時は、技術官僚が目を瞠った。また、それが従来の10分の1の重量コストでできる見通しを述べた時、皆息を飲んだ。
続いて海軍のドラン准将から、鉄軍船の設計の進捗が説明され、再来年予算のへの計上を再度要請したが、反対意見は出なかった。
その後、財務省の意向とは別に、予算の要求額が採択され、評議会は閉会された。
議場を出たところで……。
「アレックス閣下」
「なんでしょうか?」
廊下で、ターセルに呼び止められた。すかさずレダが間に入る。
「レダ……」
俺が目配せすると、彼女は脇に避けた。
「アレックス閣下、恐縮です」
「うむ。何か? 用かな」
「会議では、不躾な質問を致しまして、申し訳ありませんでした」
「いや。特段存念はない」
「閣下の宰相府特別審議官である所の創造的経済活性化の手腕には、以前から注目しておりました。今後もご活躍を祈念しております。それだけ申し上げたかったものですから。では失礼致します」
彼は胸に手を当て略礼すると、踵を返して去って行った。
ふーむ。額面通り受け取っても良いものか?
「閣下!」
振り向くとドラン准将が居た。略礼しながら寄ってくる。
「流石のターセル参事官もタジタジでしたな」
「参事官か?」
「ふふふ。閣下には、もう少し……ああ、いえ。外局でお茶などいかがでしょう」
「そうだな。貴官と話したいこともある。伺おう」
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訂正履歴
2017/07/23 細かく修正




