184話 王宮の陰
俺は王宮に居る。
宰相府は王宮内にあるので珍しくないが。ここは西苑、つまりは後宮だ。
「やはり。帰るぞ!」
「先生! ここまで来ておいて、子供じゃないんですから」
そう、ここに居るのは俺だけではなく、参内する前も相当嫌がっていたランゼ先生も、控え室に居る。
「子供でも良い! って、なんだ、その目は! やはり帰る」
そりゃ生暖かい目にも成るって。
「なんが、嫌なんですか?」
「気味が悪いだろう、あのデブ!」
そこかよ!
無論、ヨッフェン・スバルス4世。
この国の王だ。
まあ、俺をマッチョにさせない魔法で遺伝子操作したぐらいだ。よっぽど肥満体が嫌いらしい。生理的にと言っていたな。
「何でも最近10kgばかり痩せたそうですよ」
「あやつに取っては、誤差みたいなものだ」
あやつって、どんな関係? と訊こうと思った時だった。
「失礼致します」
咳払いした従者が、控え室に入ってきた。
「お待たせ致しました。宰相閣下がお会いになるそうです」
「貸しだからな、大きな貸しだからな」
「はいはい。分かりましたって。行きますよ」
部屋を出て、大理石に赤い絨毯が敷かれた廊下を歩く。
「ふん。相変わらず華美すぎる建物だな」
そりゃあ、ここは王宮でも正真正銘国王が寝起きする建物、象牙殿だからな。
白い大理石の質も素晴らしい。10mごとに置いてある像や、壺もかなり高そうだ。鑑定魔法を立ち上げる気にもならないな。
50m余り歩くと、親衛隊が居並ぶ関門がある。顔パスで抜けると、御座の間だ。
部屋の中程に大きな革張りのソファーセットが有るが、その横にやはり大きな寝台が置いてあり、傍らにストラーダ侯が立っている。
こちらを認めると、数歩出てきた。
「ランゼ様、お久しゅうございます」
なんと候爵が跪礼した。
「ランベスクも宰相になったのだろう。私に謙る必要は無い」
「はい、そうなのですが……その」
先生の方は呼び捨てで、それを受け入れる閣下。
旧知の仲とは聞いていたが、どういう間柄なんだ?
先生が女性魔人、つまり魔女だった頃は、多分侯爵は侯爵家相続前で子爵だったろうし、今と立場は逆だったのだろうが。
「挨拶はその辺りで、そろそろ」
ベッドを覗き込む。
横たわっているのは、国王陛下だ。
改めて見ると、デカいな。
先生は、一目見て顔を背けた。
脈拍73回/分、血圧162~107mmHgか。あまり良くはないが、極端に悪いわけじゃない。眼球の動きもないし、寝入ったところか。
「そうだな。陛下は、先程薬をお飲みになりお眠りになられました。では、よろしくお願い致します」
閣下は、俺を見て答えてから、先生に声を掛ける。
「私は医者ではないのだがな、ランベスク」
「ええ。存じ上げていますが……アレックス卿の病は治されたのでしょう?」
「うーむ。まあな」
珍しく焦ってるし。
俺も医者じゃないし、分かる気はしないが。
まあ一応……枕に手を伸ばす。
「アレックス卿。髪の毛がどうかしたのか?」
ストラーダ候を手で制して、摘まんだ陛下の抜け毛に上級鑑定を実施した。
「出ない……か」
「何が出ないのか?」
宰相閣下は、ちょっとした呟きに喰い付いた。
「ああ、ヒ素とか盛られてないかと思ったのですが。その他の重金属も、髪の毛には出てないですね」
「ほう、髪の毛に出るものなのか」
前にも見たが、死相がくっきりしている。
内臓も余り良くないが、これは成人病臭いし。ああ、まあ少し配置やら働きがやや違うところもあるが、内臓は前世と大体一緒だ。
先生も仕方ないという顔で、横たわる陛下に手を翳して何事か探り始めた。
1分経過。うーんと唸りだした。
何か分かったのか?
「…………うーむ……。気持ち悪い……診たくない」
なんだ、唸っていたのは嫌悪感が声に出ていただけか。仮にも一国の元首だぞ。
「それに、こやつがガキの頃に、私の尻を触りおったしな……」
そりゃまた災難だったな。陛下。度胸は買うよ。
「ああ。陛下は先王にも殴られたことないのに、誰かに殴られたことがあると仰られておりましたが。それが……」
しみじみ、侯爵が言う。
「それはともかく。まあ大体分かった」
「「おおぅ」」
「それで?」
「うむ。こやつは、別に毒になるような物は、摂取していない。爪を見てみろ」
爪? 言われた通り見てみる。
おっ?
極々細いけれど、青い筋が指先に向かって波紋のように同心円状に広がっている。
「あれですかね……うーん」
青か……。
「アレックス卿。あれ……というと?」
閣下は興奮し始めた。
「魔界中毒と申しまして。魔法師が歳を重ねると、ある確率で発症する症状に似てはいるのですが」
学園で、魔法師の職業病と習った。だが……我ながら歯切れが悪い。
「むう」
「しかし、青いんですよね」
「ああ。赤ければ、下手なやつが魔法を使い過ぎると罹る病気なのだが……ただそもそも、こやつは魔法を使えないだろう、ランベスク」
閣下はパシパシと瞬きした。
「はい。そのような事はありません。なぜ陛下が」
引っかかるな。
「根拠はありませんが、魔界に晒されることで、発症するというのは違わないのでは?」
先生が眉を吊り上げる。
「つまりアレク殿は、自分の使った魔法では無くて。他からの魔界に晒されて発症したと言いたいのか?」
「はい」
「だが、そのためには、繰り返し繰り返し少しずつ魔界を印加しなければ、こうはならないぞ。そんな面倒臭いことをなぜするんだ、第一できるか?」
そんな気の遠くなるようなことができるのは、余程長く陛下と接している者……者?
「魔法師ではなく、魔道具なのではないですか?」
「魔道具?」
「はい。人間なら面倒なことも魔道具なら」
「確かに、考えられなくも無いが……」
先生が眉間に皺を寄せて考え始める。
「あのう」
「お前は少し黙ってろ!」
「はっ、はい」
いつも、ダンディなストラーダ侯がしゅんとなった。
先生には逆らえない、過去に余程酷い目に遭ったのだろう。
「うーむ。こういうときアレクは鋭いからな。あるいは。ならば、魔道具がある場所は……あそこだな」
「でしょうね」
宰相閣下がなんか言いたそうだ。
「もういいぞ。ランベスク」
「はい! そこは、どこなのです?」
「「寝室だ!」」
先生とハモった。
「では寝室へ行ってみましょう」
「ああ……アレックス卿。あそこは、だめだ!」
はっ?
なぜか、閣下に止められた。
「ああ、アレク。私が視てこよう。あそこに入れる男は、国王だけだ」
へえ。そうなのか。
まあ、江戸城大奥までは行かなくても、後宮ってとこはそんなものか。
「はい。では、案内をさせましょう」
閣下は壁際まで歩み、お付きの者達を呼び寄せる綱を下に引いた。
女官が来て、先生と二人で出て行った。
宰相閣下は無言となり、またベッドの傍らに行った。俺も所在がないので、付いていく。
閣下の表情は自分の子供を見るように辛そうだ。
まあ、実際義理の子、娘婿だしな。深い繋がりがあるのだろう。
礼の駐屯軍による軍費着服の捜査進行状況はどうでしょう、とか訊いてみたかったが、そう言う雰囲気じゃ無い。
──しかし、太っているよねえ。
確かにな。
肌掛けの布団が、かなり盛り上がっている。
董卓じゃないが、へそに火を付けたら数日位燃え続けそうだ。
ん?
あれ? 呼吸が?
ブファァア。
なかなか呼吸をしなかったなあ。睡眠時無呼吸症候群か。
見た目は董卓のステレオタイプに合致しているが、暴君などでは無く、治世の評判は結構良い。ストラーダ侯が補佐しているのが大きいが、聞いた話では任せっきりというわけでもないらしい。
魔人認定の式で、朕は頼もしく思うぞと言っていたが、本気らしい。
ただどちらかと言うと、魔人=魔法師の話よりは、政府代理人の方が主体だそうだが。
製鉄所ができたら、是非視に行きたいと言っていたらしい。
案外俺の理解者なのかも知れないな。
「寝ていると子供のようだろう」
「……そうですね」
どもらないようにするのに、努力を要した。
まあ子供も色々居るし。それに閣下にはとっては本当に子供なんだろう。娘婿以前に幼少の頃から知っているらしい。
そんなことを、ぽつぽつ喋っていると、ランゼ先生が戻ってきた。
「どうでしたか?」
「天井だな」
「天井?」
「フレスコ画の一部に魔道具を見付けた。高周波の魔界波動を生成している」
ほう……しかし、俺達でなくても、それなら気が付きそうなものだが。
「しかし、あそこは、即位以来、工事など手は入って居ないはず」
ん?
「そんなことは、知らん。有ったものは有った」
「即位時点から狙っていたってことなのでは?」
「まさか……」
そう言った、閣下の表情が曇った。それを振り切るように。
「それで、ランゼ様。何とかして戴けたのですか? その魔道具」
「するわけないだろう」
「そうですね」
「ええっ! なぜまた!」
宰相閣下が思いっきり詰るような疑うような表情を浮かべた。
「仕掛けた賊が気が付くかも知れないしな。ああ、もちろんこやつが寝る場所は、別の部屋に変えるのが前提だが」
「不作為で狙いがはずれたと気付かせるのは良いでしょう。別の手を打ってくる可能性もあるので、そこで賊の尻尾を掴むのは上策と思えます」
外したとなれば警戒するだろうが。
黒衣衆だけでなく、王宮の密偵も使ってそれを押さえさせる。
「ううむ」
頭では分かるが、感情が付いてこない感じだ。
俺も、ユリとかレダとか囮でと言われたら、同じ状況になるだろう。
「まあ、こやつの父には少し借りもあるしな。とは言え、この病状は、回復魔法を以てしても、さほど好転はせぬ。だが、悪い方向へは行かぬ。ゆっくりと気長にな」
「それを聞いて安心しました。ありがとうございます」
ここへ来てから、初めて閣下の表情が和らいだ。
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訂正履歴
2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)




