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182話 試運転

 準備ができたとのことで、現場に行く。

 製鉄所の大きな建屋の横。仮設だろう細長い建屋ができていた。そこに入っていく。


 

 貴族が3人、その随行、総勢7人の集団が、大きな作業場にやって来た。

 その煌びやかな衣装が作り出す違和感に、すれ違う作業員がざわつく。

 男爵のレイミアス卿はともかく、シードル卿はもう何年かしたら候爵を継ぐ指折りの大貴族だ。普通そういう身分の人間は汚れることを嫌う。しかし、彼はなんの躊躇もなく後を付いてきた。


 なかなかの人物のようだな。

 カレンと結婚して、彼が従兄になるのは悪くない。


 中に入ると長い、搬送ローラのコンベアが続いているのが眼に入る。右を向くと、高さ2mほどの圧延機が2台並んでいて、さらにその向こうにも搬送ローラーが見える。この上を熱せられた鉄鋼が行き来して伸ばされるのだ。


 要するに、ここには平板の熱間圧延工程を検証する装置建てが据え付けられている。


 圧延機の周りに男達がたむろしているので、そこへ向かう。


「ダイク、元気そうだな」

 服の所々が油に染まった、大柄なドワーフが振り返った。

「やあ。アレク様」


「できたようだな」

「ええ」

 4ローラーの粗圧延(ミル)用が並んでいる。

 俺が概略設計した物!。

 こうやって見るとなかなか感動するものだな。


 近寄っていくと、ピカピカの鏡面仕上げとなったバックアップローラーに、縦に伸びた俺の顔が鮮明に映る。元々痩せて居るのに、さらに伸びて、なんか間抜けだ。


──そんなことないよ。男前だよ。


 元の自分に言うなよ、気持ち悪いな。


 シードル卿もレイミアス卿も、熱心に圧延機を見ている。

 あそこで油圧を掛けるかとか聞こえてくる。皆、顔がほころんでいる。それぞれ苦労したと聞いているからな。


「では、試運転を始めますので。見学者の方々は、あの綱が張ってあるところまで下がってくだせい」


 俺達は15m程離れ、現場の皆は圧延機近くの耐熱衝立の反対側に隠れ、耐熱服を着込んでいる。

 そして、現場監督が白い旗を振ると、ウォーンと低く唸りを上げて、油圧コンプレッサが稼働した。

 まもなく搬送ローラーと圧延機も回り始める。

 これらは魔力モータが動かしている。

 作り上げたレイミアス卿は満足そうだ。


 現場監督は、黄色い旗を振ると搬送ローラーが止まり、数秒後にコンベア脇の扉がゴーレムにによって開けられ、向こうから白橙色に自発光した鉄鋼の塊が入って来た。

 感知魔法に拠れば、厚さ100mm長さ1m程だ。温度は1250℃。


「熱いぞ! 凄いな」

 隣のシードル卿が呟いた通り、俺達は溶けた鉄が発する輻射熱を浴びる。


 ゴーレムのフォーク状の腕で、鉄鋼が搬送ローラーの上に載せられると、水を噴射されて湯気が上げて滑り始めた。

 圧延機に向かっていく。


 ゴクッと息を飲む声が聞こえたが、何事もないように鉄鋼が通過していく。


 いや、伸びてる!

 ローラーから後の端が出てきた、厚みが変わり長さが1mから1.5m程へなっている。


「ぉぉおおぉぉおお」

 衝立の男達がくぐもった喚声を上げた。


 数m進んで、搬送ローラーが逆回転し、再び圧延機へ入っていく

 今度は2mになった。


 鉄の塊は往復する度に、どんどんと伸び、塊から帯へ、そして薄板へと変わっていく。

 色も徐々に紅く変わってきた。温度が下がってきたのだ。


 しかし、俺達は自分たちの前に来る時は熱を感じ、離れていくとそれが緩和されるという体験をした。


 そして、何度か往復した後、板厚は10mmになり、長さは10mになった。

 監督が、白い旗を何度か振ると、鉄は端まで持って行かれ、止まった。既に赤黒くなっていた。


 成功だ! 大成功と言って良いだろう。


「おおぉぉぉ……」

 シードル卿は、手を叩いた。何度も何度も。拍手となった。

 そこに居た皆が拍手を始めた。


 俺は、彼とレイミアス卿。そこに居るみんなと握手した。

 そして衝立の前に、近寄っていく。


 俺は監督と握手してから、マスクを上げて圧延機を観察しているダイクの横まで行った。


「ダイク!」

「ああ、アレク様。特に異常ありませんぜ」


「うん。良くやってくれた、ダイク!」

「はっはは。誰が設計したんですかい?」

「あはは。誰が造ったんだ? ダイク」


「まあ、アッシも頑張りましたが、レイミアス様が動かす物を用意して、大掛かりな装置の加工や組立はシードル様に頼みました。そして、鉄の知識は、社長カッシーニやらここに居るみんなが一緒になってできたってもんです。ですが!」


「そうだな」

 シードル卿が大きく肯く。


「ああ、それもこれも……」

 レイミアス卿も破顔する。


「設計に、資金と。皆をやる気にさせてくれた、アレックス様あっての事業です。ありがとうございます!」

「「「ありがとうございます!!」」」

 ダイクに、そこに居る作業員達が、片膝を突いた。


「いや。皆の手柄だ。それに、まだまだだ。これから連続鋳造や冷間圧延、それに棒鋼、形鋼とな。これからやるべきことは多い。課題も山積みだ!」


 そうは言ってみたが。

 みんな、ニヤニヤ笑ってる。


「そうだな。まだまだだが……今日は、皆で祝おう。酒も持ってきているからな!」


 おおぉぉぉおおおと、建屋に喚声が響き渡った。


     ◇


「皆! これを見てくれ!」


 窓のない会議室に、壮年以上の男たちが、大テーブルの周りに集まっている。一人が差し出した、紙に注目が集まる。

「これは?」

「某鉄鋼メーカに潜り込ませた手の者からの報告だ」

「おお、それで? 掻い摘まんで言うとどうなんだ?」

「うむ。 魔人、いや特別審議官が進めていた製鉄設備だが、技術的な目処が付いたようだ」

「くう」

「数ヶ月前は、高品質かつ操業費用ランニングコストを大幅に安くする転換炉だったが、今度はそこから生まれる鋼を、均一かつ高速に板材や棒材を作る機械圧延の技術をものにしたそうだ」

「ますます海軍の計画が……」


「それはそうだが、我が国の技術的・経済的優位が強まるのは悪くないと思うが」

「なんだと。今の発言は利敵行為ではないか!」

 睨み合いとなって、部屋に緊張が走った。


「静まり給え、諸君!」

「しっ、失礼致しました。盟主」


 盟主と呼ばれた若い男は唇を緩めた。

「視野狭窄し、合い争うは、我らの利にならぬ。改めて言うまでもないことだ。それから、国のためには悪くないと言う発言があったが、そのように考えられぬこともない。ただし、使い方を誤ることがない前提だがな」


「はっ。それで、いかが致しましょうか」

「技術は有効に使ってこそ意味がある。彼らに育てるだけ育てさせて、我らが果実を享受することもできるだろう」

「はい」

「既に賽は投げられていることを、忘れてはならないのだ」

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訂正履歴

2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)

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