181話 新たな超越者
今日は、公務で外出だ。
レダと2人で出かける場合、最近は馬車を使わず、飛行魔法を使うことが多くなった。王都の城壁の上は、強力な魔法結界があるようだが、俺にはどうということもないし、一応政府からも許可を得ている。
今日は、そんなに遠くない場所が目的地、カッシウス製鉄所だ。
王都を通過するローヌ川の下流、同社の研究所からさらに5km下ったところ。
上空から見下ろせば、川岸から少し上がった所に石炭が堆く積まれた小山と、少し向こうは鉄鉱石の同じく集積場がある。
その先に、一際背が高い高炉と、幾つもの煙突が突き立つ建屋が並んでいる。
そこから上がる煤混じりの黒煙を避けて、街道に面した区画へ降りていく。まあ結界は張っているが、気分の問題だ。
時間を告げてあったので、玄関に出迎えが居る。
音もなく舞い降りる。
「カッシウス!」
声を掛けてから、光学迷彩を解除する。
「うわっ!」
男は、驚きが大きかったのか、尻餅をついた。
「痛たた……アレックス閣下ぁ、驚かせないで下さい」
「すまん、すまん」
手を貸して立ち上がらさせる。
「ああ、いえ。ようこそお越し戴きました。閣下」
「うむ。圧延機試作の完成を楽しみにしていたぞ」
「はい」
すぐ見たかったが、先客がいるということで、応接に通された。
「これは、アレク様。ご無沙汰しております」
「やあ、シードル卿にレイミアス卿」
前者は、カレンの従兄にして魔道具と精密機器事業を手掛ける、ハイドラ候爵家の責任者。
後者は、エマの親父さんにして、ゴーレムおよび最近は機械メーカでもあるレイムズ商会の会頭だ。
2人の貴族は、一旦立ち上がって跪礼した。
「この度は魔人へのご就任、並びに伯爵へのご陞爵おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ああ。2人とも、ありがとう」
「めでたいことですが、娘は泣いておりました。閣下が、学園をご卒園されるとのことで」
レイミアス卿が続けた。
「そうなのですか?」
カーチスが、少し驚いている。そう言えば、この前に会った時は、学園の話はしていなかったか。
「ああ、多忙でな」
「そうでしたか……おめでとうございます」
「いや、それほどめでたくもない。宰相閣下にもっと働けと言われたからな」
学生なんかやってる場合か! そうも言われたが、流石に口にはしない。
まあ、子爵の何倍もの年俸だし。
まだ貰ってはいないが。
「ははは……そうですか」
全員がソファセットに座る。
「それはそうと、閣下」
レイミアス卿が身を乗り出した。
「ん?」
「ダイク殿のことです。彼は何者なんですか?」
「ああ」
「彼が居なければ、圧延機はこれほど早く完成しませんでした」
ダイクか。
最近、俺の紹介で製鉄設備開発に加わった技師だ。魔法を使った精密加工も得意とする職人でもある。
「あの圧延ローラーを支える円錐コロ軸受は、閣下の発想と聞いております。が、彼の技術が有ってこそ完成した物でしょう」
大きく肯く。
軸受けの部品。軸と共に回る内輪、固定される外輪、その間で転がってごく僅かな摩擦で負荷を伝える円錐コロの製作には、サブミクロンオーダーの研磨技術が必要となる。
彼が居なければ、確かにできなかったろう。ふと、初めて会った時のことを思い出した。
◇
その男は、タウンゼント侯爵領の片田舎に居た。
ダイダロス工房。
看板に拠ればあっているようだが。どこにでもある鍛冶屋にしか見えない。
戸口に備えてあった呼び鈴代わりの鐘をレダが叩くと、良い音が響いた後、奥からはーいと返事があった。
若い男が出てくる。俺と同年配位だ。
「ダイダロス殿は、いらっしゃるか?」
レダが尋ねると、整った顔で何度か瞬きした。
「親方は、小用で出ておりますが、まもなく戻ると思います。あのう、貴族様のようですが、お客様で?」
「そうです」
「承りました。では、中でお待ち下さい」
作業場に面した区画の椅子に掛けながら待つ。
「お茶をどうぞ」
案内してくれた男が、カップを置いてくれた。
「ありがとう。ゴーレム君、名前は?」
彼は微笑んだ。
「はい。12号と申します」
「ゴーレム? これが、ゴーレムなのですか? アレク様」
珍しくレダが声を荒げた。
まあ無理もない。外見と言い、動き滑らかさと言い、全く人間にしか見えないからな。
「そろそろ、出てきても良いのではないか? ダイダロス」
「ふふふ……」
奥へ続く廊下から、大男が姿を現した。
一抱えもあるような腕と脚、髭面が笑いながら、ゆっくりと歩いて来る。
ドワーフだ。
「見破ったのは、あんたで二人目だ。アイザックが手紙に書いていた。確か名前は……アレックスだったか」
そう言うとニッと笑った。
「ああ。アレックス・サーペントだ」
「サーペント? 隣の領主と同じ名字……息子か。まともな人間には見えないが」
「お互い様だ」
そう。
アイザックが紹介した男なのだから。
あの遺跡深奥にあった機械の大部分を造ったのは、このダイダロスだそうだ。奥の部屋に通される。
「それで。何が造りたい?」
ぼそっと言った。
俺は、魔収納から大きな巻紙を取り出して渡す。
デカく厚い掌で受け取った彼は、のっしのっしと歩き、作業台へ巻紙を広げた。
「圧延機?」
「炉で溶かした鉄鋼を、伸ばす機械だ」
図面を睨み付けること1分。
「ふーむ。この中央のローラに鉄を挟んで、圧力を掛けながら伸ばすのか。パスタの作り方と同じ、いやローラが両方にあるのは違うのか。いや、しかし、待てよ」
鉄鋼は描いてないが。
パラパラと図面をめくり、見比べている。没入しているようだ。
「こんなに沢山のローラが必要なのは……最も内側のローラ、鉄と直接接するローラの応力を分散して支持する……というより、ローラーが曲がらないようにするためか。怖ろしく圧力を掛けるはずだからな……良く考えられている」
図面を見ただけで、そこまで分かるとは。なかなかに恐るべき男だ。
「しかし、問題があるな」
「なんだ?」
「全ての荷重はローラを支えるこの回る軸の首に掛かる。どうやって支えるつもりだ?
「ああ、それはこっちだ」
俺はもう一枚図面を取り出した。
3分余り睨み。
「正気か?」
なかなか、遠慮が無い言葉だ。
「ああ」
「ふん。良いだろう。まあ、ゴーレムと剣ばかり造って居るのは些か飽きていたからな。報酬は弾んで貰うぞ」
「いいだろう。そうだな。あんたのゴーレムも欲しいな」
「ふん。言って置くが、俺は女は造らないぞ」
◇
「そうか。ダイクはよく働くか」
ダイクとは、ダイダロスの変名だ。
レイミアス卿が頷く。
「ええ。それ以上に魔法を使った加工技術が素晴らしく速く、それでいて正確無比で。私もウチの商会の者も、驚いています。それで、彼をウチに迎えたいんですが。閣下の魔導モータの軸受も、この形式にしたいのですが」
「ああ、いやいや、これからの製鉄所にも必要です。閣下、口添えして下さい」
カッシウスも、身を乗り出した。
「本人に言ったらどうだ?」
「いやあ。無論申し入れましたが……」
断られたな。
そうだろうな。どうやらダイク=ダイダロスは人に使われるのは意に沿わぬようだ。
彼も超越者だからな。
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訂正履歴
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




