178話 新しいおもちゃ
ラグンヒルの一件は、予定より早く終わった。
俺としては、元々時間を掛けるつもりはなかったが、3日掛かるとスケジューリングされていたのだ。魔人、特別審議官共に予定が2日間ぽっかり空いてしまった。
レダのミスなのかと一瞬思ったが、ユリには遅くとも翌日には帰ると連絡しており、疲れ気味の俺への思い遣りだった。
宰相閣下に報告をとも思ったが、王都には居ないようなので、休暇を貰うことにした。
お陰で──
今日はその2日目。
──俺はサーペンタニアに来られた。
湖水がキラキラと陽光を反射させ、景色をあでやかにしている。
館から水面へ降りる桟橋を中程まで進む。
この辺で良いだろう。
俺は魔収納から、20m近くある物を出庫して、白銀の塊を湖水に浮かべた。水面が波打つ。
「ほう。最近、夜な夜な何を作っているのかと思っていたが。新しいおもちゃだったのか。このゴーレム……例のミスリルで作ったのか?」
振り返ると、レダと呼んでいない先生も居た。おもちゃって……まあ当たっているが。
「ええ、そうです」
流石は先生。一発でゴーレムと見抜いたな。全長20m弱。外観は銀白色だ。
昨日で一気に完成に持って来られた物だ。
「それで? これは、どんなゴーレムなのだ? 人間が乗るのは分かるが……舟のようでもあるが、鳥のようにも見える」
「前に話しましたよね。飛行機というか、飛行艇です。これが翼です」
複座が付いている。
ほうと唸りながら、あちこち見回している
「アレク様。飛行艇とはなんでしょう?」
「昨日話したが、飛行機は空飛ぶ機械で、飛行艇は似ているが、離着陸を水上で行う物だ」
「レダ行くぞ」
「はい」
俺の首に抱き付いたので、姫様抱っこして舞い上がった。
「ちょっと待て! 私を置いていく気か?」
うーむ。面倒なことになった。無視すると拗れるので、降りる。
「えーと。2人乗りなんですが」
「それは見たら分かる」
「ランゼ様。私は足が竦みますので、よろしければ、先にお乗り戴けませんでしょうか?」
レダは、桟橋に控えて、先生に譲った。
俺が抱きかかえて飛んだとき、恐そうな素振りはなかったが。
「おお、そうか。流石は我が従妹。よく気が付くな」
嬉しそうにしている。
俺は、一人で舞い上がり、前座席に座った。
「私は抱き上げてくれぬのか?」
そう言いつつ、先生は後部座席に乗り込んで座る。
「いや、先生は必要ないでしょう」
「それとこれは別だ。最近アレク殿は私に冷たいなあ」
ブツブツ言っているが、放っておこう。
シートベルトを締めると、後ろから見ていた先生がこうかっと言って締めている。
「レダ、危険だ。岸壁まで戻ってくれ」
「はい。ご無事でお戻り下さい」
恭しく礼をした彼女を見送り、透明のアクリルを加工して作った風防を閉じる。
光学迷彩発動。
システム起動!
ゴーレム飛行艇の3大魔石、コンソール中央のゴーレム制御魔石が、鈍く緑色に光った。正常だ。
メータ類は、左から高度、方位、ピッチ、ロール。魔力充填量、推力、対気速度計、対地速度計だ。ゆくゆくはレーダーとかあると良いのかも知れないが、どのみち俺は余り視ないと思うしな。
おおうと後から声が挙がる。
機関始動!
蓄魔石から、風魔法を刻んだ反応魔石に魔力が流れ込み、高速圧縮空気が後尾から噴出!
ゴォォォォーーーーー!!!
飛行艇が前進し始め、桟橋を離れる。大きく弧を描きながら、湖中央へ機首が向いた時。
可変主翼前進。デルタ翼状の迎角を20度まで前に開いて揚力を上げる。
「行きますよ、先生!」
オーブに掌を翳すと、弾けるように前進!
1次全速!
バババババと水を掻く音が聞こえると、水圧の反動で機首が持ち上がる。機を振動が包むが、時速160kmを超えた時、バンと叩く音を最後に不意に途切れた。
飛行艇は舞い上がった。
造波抵抗がなくなり、加速が上がる。
ロケット機にしては静かなのだろう。前世のジャット機のような高速回転音はなく、滑らかな風音が後部から聞こえるのみだ。
瞬く間に対気速度が時速500kmを超え、自動的に主翼が後退して迎角が45度となる。
「すばらしい!! これが試験飛行とは思えないぞ。アレク殿。あははは!」
「お褒めにあずかり光栄です!」
高度2000mを超え、水平飛行に移る。眼下は早くも陸地を過ぎ、セルークの町並を右舷に見ながら海の上空へと出た。
さて右旋回と。オーブの右側が鈍く輝いて、左下へ加速度が掛かる。
俺の意思が伝わって、操縦として反映されたのだ。
「ほうぅぅぅ。面白い機構になっているな……ところでなぜ旋回しているんだ?」
「帰るからですが」
「いやいや。まだ飛び立ってから5分と経っていないではないか。それに普通に飛んだだけだろう。もっとそう。宙返りとか、急降下とか……」
生身で飛ぶ時やっているのだろう。
「それは別途やりますから」
「私も、やってみたいのだが」
「はっ?」
「だから操縦させ……」
「お断りします。落とされたらかなわない」
「乗っているのが、私とアレク殿なのだから、何があっても大丈夫だろう」
いや、そういう問題じゃない。
「帰ります」
「えーー。頼むぅ。5日間ずーっと一緒に寝て良いからぁ」
駄々っ子か!
つか、それ。ご褒美じゃ無くて罰ゲームだから。いや、先生と同衾するのが嫌って言うわけでは無いのだけど。
「分かりました。では、こいつの操縦方法ですが」
「いや、見ていて分かった」
本当かよ。
「では、1分ほど」
「わかった、わかった。5日間でな」
「いや、そっちは遠慮します。制御渡しますよ、どうぞ!」
「ヤッハァァァア!」
奇声と共に急加速して、きりもみ状態になる。が、意図的だ。不意に引き起こし、急上昇。そして右へ傾けながら急降下。
「楽しいなあ、これ。それにしても、あれだけやっても、びくともしないとはな。飛んだだけでも凄いと思ったが。とんでもない物をアレク殿は作る」
「そうですか? 少し垂直尾翼がビビっているのが気になりますが」
まあ、もげるとか、破損するとかはないだろうが、後で剛性を増すことにしよう。
「ふん。贅沢なヤツだ。。そーーれ! もう1回」
5分経過。
「ふう。堪能した! でも、こんな物ではないのだろう」
「何のことでしょう?」
「最近とぼけるのが旨くなったな、制御を返すぞ」
「了解」
1分が5分になったし、無茶苦茶な高機動飛行をされたが、その分試験は前倒し居した。制御魔石も学習できただろう。
「アレク殿」
「はい?」
何か、後から来る雰囲気が、いつもと違う。
「私が、30年前ガイウス殿を見初めてから、長らく続けてきた実験だが……」
むう。
「想定を超えた成果を得られたと思う」
「そうですか」
何を言い出すつもりだ。
「アレク殿も一人前となったし。そろそろ私の手には負えなくなってきたしな……皆と別れるつもりだったが、昨日アレク殿から熱烈な求愛が有ったので、次のモチーフが見つかるまでは、アレク殿の元に居ようと思う。どのみち長い命だからな」
そんなことを考えていたのか。
「そうですか。熱烈な引き留めが成功して幸いです。まあどこかに行かれる折には、忘れずにマッチョになれる魔法を重ね掛けして下さいね」
「断る!! ムキムキになられたりしたら夢に出てきそうだ」
ははっ。
「それにしても、相変わらずつれない男だが、この飛行艇といい、新事業といい、やることなすこと面白い。観るなら最前列で視ないとな。それで、アレク殿は、これからどうしていくつもりだ?」
またざっくりとした質問だな。
「これからと言うと?」
「むう。まあ5年、10年という期間だ」
──私も訊いておきたい。
「5年……まだ、こっちへ来て1年余りなんで、分かりませんが。セルビエンテ、セルレアン、そしてルーデシアの民を富ましていきたい。夏以降は、そう思っていますよ」
「民を富ます? 何のために」
「いくつかありますが。大きい理由は容易に侵略されないためですよ」
それが、ユリ、レダ、フレイヤ、お袋さん、親父、メイドのみんな……心易く生きていくためには、それが必須だろう。
「ふむ。一面の真理だな。そうか……そうだな」
それっきり先生は、黙り込んだ。
◇
「着水します」
可変翼を20度まで戻し、失速寸前まで減速し、ふわりと舞い降りる。
それでも何も無いところで、湖に波涛が起こり、浮き桟橋が揺れる。
「いや、楽しかったぞ。アレク殿、ミスリルをくれ。私も1挺作ってみたい」
振り返る。
「あれ? おもちゃって言ってませんでしたか?
「根に持つなぁ」
「あと子爵の俸給ぐらいの値段しますけど」
7ton余り……1kg15デクスで、およそ10万デクスだ。
「もう。意地悪だなあ。わかった。じゃあ、10日続けて……」
「ミスリルは差し上げます。対価は結構です」
「いいのか? アレク殿」
肯いておく。
揺れが収まった桟橋を、レダがこちらへ向かってきた。
光学迷彩を解く。
キャノピーを開けると、先生が自身で舞い上がって降りていく。
「レダ。待たせたな!」
先生が、乗せてくれた。
「じゃあ、行くとするか。今度は別の離水を試そう」
「はい。あっ、えっ?」
飛行艇は、垂直に舞い上がった。後方推進ノズルを閉塞、下方ノズルを解放して上昇力を得たのだ。
湖水は大きく波立ち、桟橋が木の葉のように揺れる。結構な風圧だ。
「あのう。垂直に上がれるのなら、艇にされる必要は?」
「機能的には、あまり無いな」
「機能的には?」
「この飛行機械が他人に知られた時に、余り技術力を見せつけたくないんだ」
「はあ……空を飛べるだけで十分驚異的だと思いますが」
確かに気球、グライダー、飛行船と間をすっ飛ばしているからな。
「それはそれとして。レダ、お前にもこれを一人で飛ばせるようになって貰うぞ」
「はい。望むところです」
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2017/6/25 先頭部の重複を訂正




