172話 事後処理
「閣下は、ご在室です」
「うむ」
従者に促されて、宰相執務室に入る。
「サーペント参りました」
手を胸に当てた簡易礼で済ます。
「やあ。アレックス卿。まあ、座り給え」
ストラーダ閣下が、ソファで手招きする。
「はっ!」
向こう向きで座っていた男も、こちら向いた。
「サーベイア卿。こんにちは」
王立科学院院長が座っている。
「これは、アレックス卿。お待ちしておりました。しかし、驚きました。魔法ではなく、戦術演習で参謀にお勝ちになるとは」
「ああ、いえ。まぐれです」
「はは。まぐれではなかろう」
「ああ、そう言えば。第2課題が発表された時も、私が身贔屓すぎる検証方法と憤慨している中、閣下は案外良い勝負をするのではないかと仰っておられましたな」
へえ。
「うむ。戦略眼があるのは分かってたいたがな。戦術の方もあるいはと思ったわけだ。それで今日呼んだのは、無論先日の魔人認定の軍部検証結果が出たからだ!」
戦術演習の試合からは3日経っている。
「はい。参謀本部から科学院へ連絡がございまして、アレックス卿の魔人認定に異議のないことを表明するとのことでした」
ほう。素直に返してきたか。
彼らとしては、魔人認定課程に関与できたという実績というか、前例ができたことが重要で、検証結果はどうでも良いのかも知れない。
「そう言ったわけで、来る11月1日に王宮で、陛下ご臨御にてアレックス卿の魔人認定式典と、伯爵陞爵式典を実施することになった」
「ありがとうございます」
立ち上がり、胸に手を当て最敬礼する。
んん? あれ?
言われたことに違和感が沸き上がる。
「少々お待ち下さい。魔人は名誉伯爵ですから、陞爵はしないはずでは?」
「ああ、名誉伯爵ではない。正式な伯爵だ」
ストラーダ候が、人の悪い顔で笑っている。
「まさかとは思いますが。あれですか?」
「そうだ。あれだ!」
魔人検証第1課題で、大量のミスリルを寄付したことだ。
「いや、それでは爵位をミスリルで買うような……」
「何を言う。爵位とは国への貢献の対価のようなものだ。何も軍功や民政だけが貢献ではないぞ。それにだ。信賞必罰は、私の第1眼目だからな」
「ははは。良いじゃありませんか、アレックス卿。閣下も味方を強化しておきたいのですよ」
味方か。
まあ、ストラーダ候は尊敬するところもあるし、人間性としても結構好きだが。
味方かどうかは。
「サーベイア卿。私は別に彼を囲い込みたいわけではないのだ」
「はあ、それは」
院長が恐縮する。
「私は、彼がやろうとしていることに共感し、より彼のやる気が燃え上がるように、その炎の勢いが弥増すように、薪をくべているだけだ」
薪ね。
「無論、味方してくれるというなら大歓迎だが」
──この辺が、大人の汚いとこだよね
[いや、まだ口にするだけ、随分マシだ]
「陞爵の件、ありがたく。承りました」
「うむ。それは良かった。それで、伯爵の領地の件だが……」
あっ。まずい。
「……領地は下賜せず、宮中伯とする」
そうだ。魔人と領主は兼ねられないのだった。一瞬どきっとした。領地と言われても治めるに足る家臣団は持って居ないからな。
「魔人と審議官に領地経営の3つは流石に無理だろう」
「閣下。それ以前に魔人と領主は、兼任できない慣例になっています」
「ん? そうなのか。まあ、慣例など破ればいいだけのことだが。意向に合っているからよしとしよう」
閣下……。
「それで? 俸給は、必要か? なにせ、私より裕福だからなアレックス卿は」
「はっ?」
人の悪い顔をしている。
「ははは……冗談だ。金はいくらあっても邪魔にならないからな。俸給は、魔人、伯爵合わせて年間120万デクスとする。ああ、特別審議官と政府代理人の分は別だから安心してくれ」
120万か。
結構インフレしたな。ああ、宮中伯と魔人がセットだからか。
「それで、今後のことだが」
「はい、閣下」
◇◆◇◆◇◆◇
俺は、セルビエンテに帰って来た。城の会議室にいる。
「報告は以上です。父上」
魔人認定と伯爵陞爵内定の件を伝えた。
家令シュナイダーをはじめとして、副家宰イヴァンの他、この地にいる主立った家臣が揃っている。
「うーむ」
親父さんが、難しい顔をした。何か気に入らないことがあるようだ。
剛毅なこの人も、流石に息子に爵位が並ばれるのは、葛藤が有るのだろうか?
「そうだな。魔人を再び輩出するのは、我が一族の悲願。そして、アレックス殿の陞爵も大変喜ばしい……」
違うのか。じゃあ、なんだ?
「……しかし、パレス高等学園を卒園というのは」
それかよ!
魔人となれば公務は増えるし、流石に負担が多いだろうから、優先度の低そうな学園への通学は止めておけ。卒園扱いにしておくからと、ストラーダ候があの人なりに気を遣ってくれた結果なのだが。
まあ王立だから、何とでもなるよな。閣下に掛かれば。
「ああ、宰相閣下より、魔人が学園に通うのは格好が付かないと仰いまして」
「うーむ、私に異存は無いのだが。セシリアが何と言うか……」
「母上ですかぁ」
ああ、お袋さんか。前期の成績票を見て、教養学科の出来を嘆いていたからなあ。平均以上なのにも拘わらず。
卒園と言うことは、名目上も就学できないことになるからな。
「まあ、それはなんとかするとして……」
親父さんは、シュナイダーの方を向いた。
「はい。焦眉の急としては、ご家臣の充実が必須でございます。幸い宮中伯とのことですので、領地経営の人員は省けると申しましても、今まで通りというわけには参りません」
だよなあ。
「従者も首席はこれまで通り、レダ殿で良いとして、もう2人は必要となるでしょう。それから財務関係はマルズ殿とその配下でなんとかなるとしても、マルズ殿を伯爵家家令とするには流石にまだ若い。あと5,6年もすれば良いかも知れませんが、今のところは人事、法務を総覧する家令職は、荷が重いでしょう」
おっ、ゲッツが身を竦ませた。シュナイダーも本人を目の前にしてよく言う。
「うーむ。では、誰か居ないか? シュナイダー」
「なかなか持って。家令ともなりますと血族的な信用も必要となりますし」
そうだろうな。
「それならば、私に心当たりがある」
はっ? 先生?
一緒に来て、さっきまでぶすっと機嫌の良く無い様子だったが。
「ハーケン殿! それは?」
「ああ、テレサ殿だ!」
「テレサで・す・と……。失礼致しました」
おお、シュナイダーが声を荒げて立ち上がった。
ふーん。いつも鹿爪らしい顔をしているおっさんも、驚くことがあるんだ。
反対に、先生の方はしてやったりと言う顔をしている。
「なるほど。テレサ殿な」
親父さんが肯く。知っているようだ。
テレサ……って誰だ。
──あれ。憶えて無いのアレク?
[知らん。女性のようだが]
「しかし、テレサは……」
なんだか、シュナイダーは否定的だな、それ以前に……。
「自分の娘とて、謙遜しなくても良いではないか」
推した先生が追撃した。
ああ、シュナイダーの娘なのか。
──子供の頃は、時々この城に来てたよ。子爵家の家令をやっていたけど、結婚したんだかなんかで辞めたんだよね。
[それじゃ駄目じゃないのか?]
「今は仕えておらぬのだろう?」
「ハーケン殿。テレサは、確かに使えておりました子爵様が御本家相続に当たり、職を辞しておりますが、ただいまは寡婦として、12歳になる娘を育てておりまして……」
ああ、寡婦って未亡人のことだよな。
「何の問題も無いな。アレク殿。テレサ殿なら、何の問題も無い。その娘ごと、雇用するが良い」
「はあ、シュナイダーが良ければ、一度会って決めたいと思いますが」
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