171話 決着
アレク軍団の部屋──
「第34ラウンド、第2フェーズで、敵を索敵しました!」
つまり、これから第3フェーズということになる。
「どこだ!」
「はい」
進行役が作戦卓にやって来て、ステージ中央のHEXを指示棒で指す。
「みつかったのは……」
我が軍団の若干西にずれた5HEX南、そこから西に2列ずれた所、さらにそれぞれ2HEX南に2部隊の計4部隊が索敵できた。
第1フェーズでは、敵の北の2部隊は、同じHEXには居なかった。つまり、彼らは北上してきたのだ。残る敵の2部隊が見えないが、わずか間隔で南に居ると見るべきだ。
「全部隊、東へ60度回頭、全速力で進め!
◇
対戦者の部屋──
「第34ラウンド、第2フェーズで、敵を索敵しました!」
「どこだ!」
「こちらです!」
我々が向かう先に居た!
「このまま直進」
この機を逃してはならない。
数分後、出て行った進行役が戻ってくる。
「第3フェーズで、敵は、魚鱗陣。東に回頭しました」
「分かった。我が方も東へ回頭」
即座に返す。
バサバサっと幕が動く音がして……。
「だっ、駄目です! 主将殿、我ら第1部隊は回頭できません」
「第2も……移動力が足りません」
何?
私は、マップから顔を上げて、更新された部隊表示板を見る。
どの部隊も、移動力が微少になっていた。
次のラウンドまでは、回頭はおろか満足に移動もできない。
敵は?
攻撃が届く位置にも居ない。
「わかった……」
それは相手も同じだ。
戦闘が、次のラウンドに先送りになっただけ。
進行役は会釈すると、部屋を出て行った。
数分して戻ってきた進行役の表情が引き攣っている。
「第4フェーズです」
ラウンドが進まなかった?
「敵部隊は……」
作戦卓にやって来て、ステージ中央のHEXを指示棒で指す。
「……ここ、そして、ここ……
我が軍団の北東に来た。
「ばっ、馬鹿な! なんで敵は動ける。我らは動けないというのに……」
なぜだ!
なぜ、やつらは動ける?
我が歩兵と魔法兵部隊の位置からここまで、移動HEX数はほぼ同じ。
こちらが、移動力を使い切っているなら、敵も同じはず。
なぜだ! なぜ…………。
はっ! いかん。私は何をしているんだ。
今は、現実の把握が先決だ。
進行役が動かす駒と新たに索敵できた駒を盤外から持ってくる。
相手の意図が分かった。唇が戦慄いている。
「まずい……」
回り込まれる!
声にならなかった。声に出すことで認めたくなかったのか……。
方陣は突撃の陣。前面の防御力は強いが、側面は無防備に近い。
そして、私は……指を咥えて見ているしかない。
進行役は、俺を見た。
「引き続き……敵は、弓で攻撃してきました!」
◇
審判本部──
第4フェーズ。
動けない第1軍を尻目に、第2軍は再び南下し、側面に回っていく。
これは!
「どうして第2軍は、動けるんだ!」
隣の監査員から悲痛な声が上がる。
「間違っていませんか!」
こちらに、クレームを付けてきた。
彼の思いは分かる。分かるが……。
「いや、第2軍は2ラウンド前に替え馬をしたばかりなんだ。だから移動力が、そちらに比べて高いままだ」
そうなのだ。第2軍は装備として替え馬を多く連れている。
全ての部隊は、長い移動の後には移動力が低下する。それは騎兵も同じだ。数ラウンドの休憩を挟まなければ回復しない。しかし、騎兵だけには抜け道がある。替え馬だ!
替え馬、つまり、それ以前騎乗していなかった馬に乗り替われば、移動力が即座に上限近い値へ戻すことができるのだ。とは言え。普通は、部隊外から補給を受ける必要がある。よって結局は、他の兵科よりは回復が早いという程度に留まる
しかし、この第2軍は違う!
騎兵部隊の熟練度は最高域に達している。だから、替え馬を部隊に帯同できる。補給のためのフェーズを必要とせず、最小限のフェーズ消費で移動力が戻る。
「アレックス卿は、ここまで見越していた……?」
無論、替え馬にもコストは発生する。
だから、兵数を絞ったのか……。
身震いしながら、行軍に監査印を捺す。
「第4フェーズ。第2軍が、第1軍を攻撃!」
「第1軍第2部隊が対象! 6部隊からです」
「損害は、第2部隊兵320、第4部隊295。当該の2部隊は壊滅しました!」
一方的な展開となった……してしまった。
1フェーズで騎兵部隊が壊滅するとは。
結構防備を固めていたのに。側面から矢による集中攻撃ならば、ありえるのか。
第35ラウンド。
第2軍は、引き続き南下を続け、すれ違い様に第1軍を攻撃。第1軍は、さらに1部隊を壊滅させられ、もう1部隊はかろうじて残ったが行動不能に陥った。
嘘だろう……隣の席から、力の無い声が聞こえた。
第36ラウンド。
第2軍は、第1軍の残存部隊に目も呉れず、南に走り去った。
そして、同ラウンド終了後、勝負が決した。
第1軍全体の損耗率が規定の30%を大きく超え、軍自体が壊滅と判定されたからだ。
終わった……今日は良い物を見せて貰った。
試合の判定証と戦譜に署名して席を立つ。
アレックス卿か……一度会ってみたいものだな。
◇
アレク軍団の部屋──
「アレックス卿の勝利です。おめでとうございます!」
進行役が軍礼した。
ああ。
俺は、立ち上がると、部隊担当、副将役、軍監役と握手を交わした。
3時前か……。
第40ラウンドまで行けば、休憩だったのだがな。
「このまま少々お待ち下さい」
そう言って、進行役が部屋を出て行った。
できすぎだな。うまく填まった。
──アレク。強すぎ! 演習やったことないのに、どうしてこんな戦い方を?
アレックスがひいてる。
[俺の独創じゃない。前世の歴史上の戦術を使っただけだ]
──前に居た世界の?
[ああ。最も広い大陸の平原の民の戦術だ。男は馬上に生まれ、馬上に死すと言われた民族があったんだ。そして、ある時。優秀なリーダーを得て、世界の1/4を騎兵で制圧した。彼らのやり方をそっくりそのまま真似しただけだ]
──そう……だとしても凄いよ。
そんなこと……。
「アレク様!」
おっ!
部屋の扉が開いて、若い女性が早足で入って来た。
「悪い。レダ……待たせたな」
彼女は、少し嬉しそうな表情を浮かべたが、普段のようにすぐ奥へと仕舞い込んだ。
「いえ……先程、マクエス殿が控え室にやって来て、アレク様がお勝ちになったと」
無表情だ。
「ああ」
「おめでとうございます」
えっ?
「……と、お伝え下さいと伝言がありました」
そっちかよ。それより。
「ヤツは来ないつもりか?」
「ええ、検証結果は後日、宰相府を通じて伝えるということでした。それから、お帰り戴いて結構ですと」
ふん! 余程、俺と顔を合わせるのが嫌なのだろう。会えば、思い切り嫌みを浴びせられるしな。
「ふむ。まだ日も高い。審議室へ行こう」
そこで、食べ損なったお茶菓子を……ユリが淹れてくれた紅茶と共に食べよう。
◇
審判本部──
係官が慌ただしく動いている。
「悪いが、戦譜を見せてくれるか」
「セブルス参事官殿。少々お待ちを……どうぞ。ただ、この部屋からの持ち出しは」
彼は複雑な顔をした。私が敗れた第1軍を率いていたことを知っているのだろう。
「ああ。分かってる」
若い参謀から、紙の束を受け取った。禁帯出と判が捺してある。
捲っていく。
なんだ、この部隊編成は!
騎兵500って最低兵数ではないか。熟練度100、毛皮の服、替え馬各4頭。
なるほど。馬鹿げてる。
だが、最高の高速弓騎兵だ。
替え馬を次々替えることで、高速移動を維持するのか。
長蛇の陣で、ステージ境界を北上し、我が軍とすれ違い、留守居部隊を殲滅。
くっ。後方に向けて撃ってやがる……。
分軍団はこれでやられたのか。
「セブルス!」
目線を上げると、同志が立っていた。
「面目ない」
「何も言うな。俺は、これでも参謀の一員だ……わかるさ。2人で盟主に謝るとしよう」
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