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165話 千客万来

 後半バタバタとした冬休みだったが、先ずは宰相府の方が出勤日となった。学園の再開は、明後日からだ。

 今日も今日とて、多くの来客がある。陳情者だ。

 俺は、まだ昼前だというのに、審議室の執務室で少しぐったりしている。


 ウチの土地(領地)に工場を建てろだの、ウチの鉱山を機械ゴーレム化したいからとか、俺の技術に投資しろとか。胡散臭いのばかりだ。


 理路整然とお断りすると、ウチの家門は伯爵で! とか言い出すヤツも居て、懲らしめてやりたいのを我慢するのが辛い。

 総じて陳情を聞くのは物凄く面倒だが、俺が辺境伯を継いだら倍は来ますねと家令のシュナイダーに前に言われて結構凹んだ。

 やっぱり、親父さんは偉いなあと、しみじみ思う。


「アレク様、お疲れの所恐縮ですが。午前中もう1人、お客様です」

「誰だっけ?」

「クレメンス商会の……」

「イアソンか?」

「はい」

「分かった、通してくれ」

 ちょっぴり元気が出たぞ。


「失礼致します」

 毛皮のファーが付いたコートを着込んだ30歳代の男が入ってきた。

 イアソンは、いつも洒脱な格好をしている。


「アレックス様。お久し振りです。お元気そうで何よりです」

「やあ、イアソン。今日はしつこい陳情者が多くてな、疲れ気味だ」

「それは、次期魔人殿らしくも無い。私も気を付けねば」

 彼の口は笑っているが、目は笑っていない。


「知っていたのか」

「はい。商売の種は情報ですから。あと、軍の一派がアレックス様を、快く思っていないので、異例の検証をすることも」

 軍部が流しているのだろう。


「ああ、直接動いているヤツは分かるが、黒幕がはっきりしなくてな」

「ゴルドアン侯爵と思いますが。ご同意されますよね」


 鋭いな。いや、調べたのか?


 ルーデシアには公爵家が2家、侯爵家が4家ある。国軍を動かすほど大きい影響力を持てるのは、この辺りまでだろう。しかし、前者は王族で、名誉職以外での軍との関わりはほぼ無い。


 ならば怪しいのは侯爵4家だが、ハイドラ家は親戚も同様、ストラーダ家は宰相閣下であり得ない。タウンゼント家は、ご当主とナップ酒で結構親密にしている。ならば残るはゴルドアン家のみだ。

 しかも、爺様のかつての政敵だし、昔の陸軍大臣で、今も長男が現参謀次長だ。

 状況証拠は真っ黒だ。


 おっと、話を戻そう。


「まあな。ただ確証はない。そもそも、俺はゴルドアン候爵にお目に掛かったことはない。恨みを買う憶えは無いのだがな」


「それはそうでしょう。おそらくは、アレックス様個人が……ということではないと思いますが」

「ああ」

 イアソンも、サーペント家との遺恨を疑っているのだろう。


 仮にそうだとして。俺を潰しに来ているとしても、相手は大貴族中の大貴族。重大な違法行為でもなければ、こちらからは手出ししにくい。どうしたものかな。


「それで、クレメンス商会はどちらの味方なのだ?」


 イアソンは、こちらを見てニッコリと笑う。

「そうですね。どちらの味方でもあり、いずれかの味方でもありません」

「そうか。それでいい」


「ほう……アレックス様は、寛大ですな」

「ああ、商人はそうでなくてはな。それに、まだ皆を養うには、実力が足らぬからな」

「そうでしょうか?」


「それで? 俺に敵が居ると教えに来ただけではあるまい?」

「はは、これは手厳しい。それでは、そちらの話題へ……依頼を頂きました石油の湧く場所ですが、やはりタウンゼント候領の海岸線沿いが有力と分かりました」


「流石だ。早いな」

「いえ。手掛かりを頂いておりましたので。ベスティアから南へ30km足らずの場所で、汽水湖に黒い帯が常に出来ております」


「そうか」

 では例の件を急ぎ進めよう。

「ところで、石油ですか。あれは、何かに使えるものなのですか? 灯火に使うには匂いが、燃料としても石炭に比べるべくもないと」


 そう。この世界では、今のところ石油は厄介者だ。

 精製技術が未発達なため、ガソリンや灯油など燃料に適した成分に分けることは一般的ではない。

 よって、需要がない。

 自動車もなければ、鉄道もない、この世界の燃料の主力は、薪に木炭と石炭。

 灯火の主力は蝋燭、菜種や魚など生物由来の油だ。

 言うまでも無いが、プラスチックのような樹脂製品も存在しない。


 だから、石油が地表に現れれば、汚れや匂いの原因となり、環境破壊原因と成り下がる。


「ある技術を使えば、有用な成分が取り出せる。いや、うまく分けさえすれば、棄てるところがない位にな」

「仰ることは分かり……いや、分かる気がするのですが。他の者に投資を納得させるには、些か材料が足りません」


「だろうな」

 俺はそう言って、小皿とコルクで栓をしたガラス瓶を3つずつ取り出した。


「これは、なんですか?」

「採れた石油、つまり原油を分けたものだ」

「ええ? 昔、石油を見たことがありますが。もっと黒くて、なんというか、ドロドロした物でしたよ。分ける……分けると仰いましたな。……なるほど、そうすると、こんなに透明になるとは。存じませんでした。うーん。この3つ、微妙に色がが違いますね。それぞれ違う物なのですか?」


 なかなか、観察眼があるな。


「ああ。燃え方も違う」

 それぞれを別の皿に少し注いだ。そして、割箸状のひごに火を付けて、油へ近づける。火が皿に近づいた段階で、揮発した気体に引火して燃えた。これはナフサ、粗製ガソリン相当だ。だが、火勢弱く、前世のようには燃えない。


「おお、菜種油よりよく燃えますな」

 まあ、この世界基準ではそうだろう。


 次にもう一つの皿へ火種を近づけた。しかし、こっちは引火すらしない。そこで糸を捩った軸を皿に漬けて、そこに火を付けると燃えた。

 これは、灯油だ。


「なるほど。これは菜種油に似ていますね」


 もう一つは、軽油でさらに燃えづらい。


「なるほど。石油を精製すれば、燃料にできることは実感できました」

「ああ。これはイアソンに渡しておこう。それから石油から作れるものは、燃料油だけではない」


 もう2つ魔収納から取り出す

「糸!」

 俺は糸束を見せた。

「まるで絹のようですね。少し光沢が違うが……これも石油から?」


「ああ、これはポリエステルと言って、最初に火を付けた油をさらに精製して、処理をすると合成樹脂プラスチックとして形を成す。その糸を編めば、こちらの布ができる」


「ふーーむ。これは。初めて見ました。このような布ができるとは驚きました。石油とは、化ける物なのですなあ。ふーむ、いや恐れ入りました」


「それで、どうだ。やってみる気があるか?」

「やってみるとは、石油の産業化ですか? お任せ戴けるのであれば、是非」


「ほう。即答か……俺が言うのもなんだが。金は掛かるぞ」

「はい。我が商会の身代を掛けてでも、やる価値があると確信しました」

 イアソンは、自らの胸を叩いた。


「あと、作るのと売るのは……」

「皆まで仰らないで下さい。我々、商売人は、需要を喚起して商品たらしめることこそが、使命と思っております。是非やらせて下さい」


 そう。

 優れた技術などは、世界にごまんとある。俺がここで聞いている陳情の数ほど。


 しかし、使える技術、あるいは売れる技術というのは、かなり絞られる。大半の技術は日の目を見ることがなく消えていくのが運命なのだ。

 

 それにしても、イアソンは決断力があるようだな。

 経済力が伴わなければ無意味だが。


「そうか、では。この技術の主に、近日会わせるとしよう」

「ありがとうございます」

「さあな。まだ会わせるだけだ。自分でやらせてくれと説得するのだな」


 イアソンの眉間に皺が寄る。

「あのう。その方は、気難しい人なのでしょうか?」

「どうかな? レダ」

「気難しくさせるかどうかは、会う方次第でしょう」

 間髪を入れず、そして、にべもない答えだ。

 イアソンの皺は額全体に広がった。


「ところで、俺個人の用事だが」

「はあ、何なりと仰って下さい」

 一瞬で、彼の表情が戻る。


「ああ。少々手元でだぶついている物があってな、換金したいのだ。ただ、こちらの方はゲッツの領分だから、悪いが上屋敷を訪ねてくれ」

「はっ、はあ。承りました」

「うむ」


 レダが送って部屋を出て行く。


 ふふふ。ゲッツか……。

 数日前のことを思い出していた。


『ミスリルの件、返納するのがどうと言っているわけでは有りません。私に相談して戴いても良かったのではないかと……』

 不満のようだ。


 まあ、第1課題の検証が終わった後、その足で宰相府に行ったからな。ゲッツとは、相談以前に顔も合わせていない。


『ゲッツは、セルビエンテに行って居なかっただろう』

『はあ……』

『それに、相談していたら、その場で結論を出せていたか?』

『確かに、すぐ決断できたかどうかは、自信はありませんが……』

 要は内容より、一言で良いから相談して欲しかったって言うことだ。


『それでは、だめだ。すぐさま、状況を閣下と第三者に告知する必要があったからな』

『ストラーダ候ですか?』


『俺が、国有地からミスリルを手にする。誰が許可したんだ?』

『ス、ストラーダ候……ですね。あっ!』

『そうだ。だが、閣下は岩塊にミスリルが含まれているなど知らない。いや誰も知らなかった』

『だからといって、ストラーダ候にも責がない……とはならないということですね。その論理が通るほど、少額ではない』

『そう言うことだ。ゲッツ。それに、ミスリルは準軍需物資だ。大量に売れば必ず露見する』


『露見して、ストラーダ候が問われる、そうなってから返納を言い出するのと、すぐさまこちらから言い出すのでは、意味が違って来ると」

『ああ』


『それだけではないのですね。そこに官僚を巻き込めば、最もお金に厳しいであろう者を立ち会わせれば、そして候の中立性も保証される』

 伝わったようだ。


『ああ。俺は閣下を人間性は……ともかく、政治家として尊敬している』

『はあ』

『その閣下が、海戦や技術のことがあって俺を信用してくれている。ならば信用に足る行いをしなければならないと思わないか?』


『……わかりました……同じことなんですね』

『ん?』

『私も子供の頃の繋がりだけではなく、アレク様の信用を勝ち取れるよう精進致します』


 ふむ。眼が変わった。嫌みで言っているわけではないようだった。



「…………様! アレク様! アレク様!」


 レダは、見送りから戻ってきていた。

「ああ、少し考え事をしていた……どうした」


 何か少し思い詰めた顔をしている。


「失礼ながら……アレク様は、イアソン殿を、信じ過ぎではないかと存じます」


 ふーむ。

 レダを凝視してみる。が、先生が乗り移っているようには見えない。

 ならば、彼女が俺に意見したということだ。

 初めてだな。


「そうだな。レダの言うことはもっともだ」

「ならば──」


「悪いが、方針を変えるつもりはない。商売相手として彼以上の人材が見つかるまではな」

 レダの眼をじっと見る。


「差し出がましいことを申しました、お赦し下さい」

「いや、レダが言ってくれたのは嬉しかった」

 俺は立ち上がると、彼女を抱き締めた。


「ああ、アレク様……」


 いかんいかん。壁一枚向こうでは、室員が働いているのだ。

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