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163話 大鏡球

 私、サラディンは、自らが見て、聞いて、感じたままを記し、何物も付け加えないことをここに誓う。


 魔人認定試験 報告書


     ◇


「詰まらぬことは、さっさと片付けるに限る!」


 アレックス卿が囁き、静か目を閉じた。


 ─ □■□■□■■□■□□□■□ ─


 わからない──何と唱えた?

 その刹那、魔法が発動した。そう魔界が作用したように感じた。

 子供の頃、魔法師を夢見ただけの私でも感じられるほど。


 魔法師というのは、魔法詠唱の前に、そこそこの時間を掛けて精神集中や瞑想を行うものだ。が、彼については、この後も一切無かった。確かに魔人にされるほどだ、常人の延長線に考えるのは、不遜なのかも知れない。


「小屋が!」

 誰かの声で、卿を見ていた私は振り返った。

 黄金の半球!? 小屋が半透明の魔法で包まれていた。


「ああぁぁ!」

 その上方──いつの間にか、あの巨大なバシレウス岩塊も闇で覆われているではないか。


 何が起こっている?

 私は、科学者である前に、批判者だ。科学が説明できないことも記す所存だ。

 大きな闇、黒色の球体は、なんの艶もなく、紫電が時折その表面を迸らなければ、平板だと感知しただろう。


 改めてアレックス卿を見ると、差し出した腕を持ち上げた。


「ああ、闇が!!」

 軍人の誰かが慨嘆したので再び崖を見ると、闇が持ち上がった。

 こんな大きい規模の魔法を並行して発動できるものなのか?


 そして、驚くべきことに、卓状山の張り出し、岩隗が、まるで何百mもあるような巨大なスプーンで掬ったかのように抉れていた。闇が蔽っていた球の表面そのままに。


 だが、まだ終わってはいない。

 アレックス卿が、掲げる腕の先に闇の球体が、浮かんでいるからだ。


 しかも彼の唇は、未だ無音の言霊を紡いでいるではないか。これから何が起こるというのか?


 アレックス卿の腕が徐々に持ち上がる。


 うっ、動いている! こっちへ来たぞ! にっ、逃げろ!

 

 辺りに居た人達の悲痛な声が飛び交う中、私は闇の塊を見上げたまま動けなかった。

 徐々に、朝の陽光を球が遮り、辺りが暗くなった。


 恐ろしさと、未知なる興奮が私の中でせめぎ合う。

 それは、私だけではなかっただろう。また、何人も倒れ伏している。


 ふっと彼が息を吐き、眼を開いたとき。突如として、空にもう1つの大地ができた。

 

「なにぃ! 闇の大玉は? どっ、どこへ行った?」

 確かに、闇は晴れて、下にも、上にも大地に挟まれていた。


 余りにも想像を絶すると、まともな反応が失われるものだ。

 ん? 空にも私が、皆が居る。

 どういうことだ。


「あ、あ、アレックス卿……あれは、なんですか?」

 こころなしか、ボアレス氏の声も上擦っている。


「岩塊だが」

「岩塊? 何を言っているんですか?」


 よく見ると、上空の世界は、狭かった。正面はまともだが、端に行けば行くほど歪み、さらに地平線、そして空が見えた。景色が映っているのだ。この見え方は……。

「鏡面の球体……」


 まともに喋れた。好奇心が恐怖心に打ち勝ったのだ。


「鏡?」

「ああ、俺達が踏みしめる大地が、空に映っているのか」


 ここに残る皆も気が付いたようだ。

 いや、そんなことより、あれは何で出来ているのか? その疑問が、頭を占めていた。

 私は、分析のための魔道具を構え、球体に翳した。磨き抜かれた魔石に反応が出る。


「7番、8番、いやこれは球体との間にある大気だ……焦点を遠ざけ……14番! 卓越した反応の頂点が14番を指している。ケイ素、あれはケイ素ですね。アレックス卿!」


「流石はサラディン教授」

 おおう、肯定して下さった。


「ケイ素、ケイ素って?」

 うるさい外野を放っておき、反応波形を注視していると、別のことに気付いた。


「そんなバカな……でも、そうとしか」


「教授、どうしたんですか?」

「ボアレス殿。信じられないことに、あれは単結晶、ケイ素の単結晶なんです!」

 私は勢い込んで答えた。が……。


「タンケッショウ? タンケッショウってなんです? セルジ、知ってるか?」

「先輩が知らないものを知ってるわけないでしょう」


「単結晶とは、離散的空間並進対称……いえ、物質達が規則正しく並んで、欠陥がない物体のことです」

「その単結晶がどうかしたんですか?」

「こんなに大きい単結晶はあり得ない。この星の表面には、存在しない物なんです」


「そんなことどうでも良いでしょう! あれ! あれをなんとかしないと! あっ、アレックス様」


 マクエス参事官だったか、取り乱した声音を出す。

 私は怒りを覚えたが……いや、彼の方がまともな反応かも知れない。我らは、余りのことで麻痺しているのかも知れない。


 アレックス卿は、彼に取り合わず、こちらを向いた。

「審査員諸君! 課題達成の是非は如何に? 必要なら、ここに墜として近くで見るかね?」


 みっ、見たい!

「是非、お願いします!」


「ばっ、バカなことを言うな! はあ。それより、皆さん。はあ、はあ、早く早くご回答を! はや…………うっ、うううむ」

 興奮の余り、マクエス参事官は昏倒してしまった。

 そう、後から考えれば、私は馬鹿なこと言った。あれが墜ちてくれば、私は無事では済まない。


「原型は留めていないし、達成で良いんじゃないですかね? 俺は早くエールを飲みたいし」

 淡々とセルギウス氏は言う。それに顔を顰めつつもボアレス氏は反応した。

「エールはともかく。確かに、原型は留めては居ないな。教授はどのようにお考えですか?」


 そうか。検証だった。が、これを見てしまえば、どうでも良いと思えていた。

 でも、役目は果たさねば。

 

「はあ。壊れたというよりは、別の物が創造されたと思いますが。ボアレス殿の良きように」

 そんなことより、見たい。近くに寄って見たいぞ。


「ふーむ。では! アレックス卿への課題は達成されたと、認定致します!」

「了解!」


 アレックス卿は、頭上に掲げていた腕をしなやかに降ろす。


「えっ!」

 空間が歪むように、空が動く、音も無く動く。

 大鏡球が動いているのだ! 腕の動きに従うように。

 あっ、ああぁぁ。絶好の研究対象が、飛んでいってしまう。


 私の嘆きをよそに、我々の頭上から飛び去り、遮られた太陽が陽光が戻ってきた。


 元在った場所へ。

 大鏡球は、抉れた孔へと飛んでいき、そのまま填まり込んだ。

 いや。大分孔より、球が小さい。

 孔の中でゆらゆらと揺れるように転がり、やがて止まった。

 その下にあった小屋に掛かっていた、金色のベールがその時ようやく消えた。


「ああ、アレックス卿」

 卿と従者は、もうむこうを向いて歩き出していた。


「失礼する!」

「はっ、はい。お疲れ様でした!」


 ボアレス氏の挨拶には何も返さず、そのまま転移門の建屋へ去った。


 こうしちゃ居られない。

 半径42mか、ならば体積は31万m3、重量は、くぅ……72万tonかぁ。それが、あの加速度で……ん?


 どういうことだ。随分体積が減っている。

 分からんが、調査すれば良いことだ。 


 それにしても……。

 他の審査員の声に振り返る。


「偏りの極みでしたね。アレックス卿」

「いつものように若造とは呼ばないのか? セルジ」


「ははっ! 確かに、あの若さで信じられない魔力。男すら身惚れる容姿に大貴族で、すこぶる美しい女従者……二つ三つなら妬むところですが、あそこまで行くとねえ、格差が有り過ぎて、いっそ清々しいですよ」

「そういうものか?」

「私も聞きたいです」

 若い方の審査員が、私を見た。


「はは。学者さんも興味ありますか? 認めましょう。私なんか足下にも寄れないほど凄い魔法師でした。それが悔しく思えない位に。でも、ヴァドーの爺ぃとどっちが強いんですかね」

「さあな……マクエス殿、マクエス殿。終わりましたよ!」

 声は優しいが、強めに揺すっている。


「先輩! そんなの、ほっといて、俺達も帰りましょうよ」

「まだ昼にもならん。エールは付き合えんぞ」


「いやあ。いいですよ。さっきはああ言いましたが、実はもう十分酔っている気がしますし」

「ふん。全くだな。それより、セルジ。その辺に倒れているヤツを起こせ」


「もう。先輩は相変わらず真面目だなあ」


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