162話 魔人検証 第1課題
参謀本部から魔人認定に関する検証の提案が届いた。延べ2日間に渡って審査してくれるらしい。頼んだ覚えはないが。
そして今日が、その初日だ。どうやら1日掛かるらしい。
らしいというのは、どんな検証方法なのか知らされていないからだ。まあ、俺が知らないだけで、第三者の審査員が付いているらしい。
陸軍カルマーン演習場正門に午前7時までに来られたしと言うことで、王都から100km余り離れたここへ転移門でやってきた。
軍関係は優遇されてるな。
係員に案内されて外に出た。
兵が何人も並んでいるが、寒冷地仕様軍服のようで襟元からファーがはみ出ている。場所は訊いていたので、俺とレダもコートを着ている。
「ほう。でかいな」
右手は切り立った崖が300mもの高さで2kmに渡って屹立している。ここからはその鋭利な山の端しか見えないが、感知魔法に拠れば山頂は平坦だ。
「カルマーン卓状台地ですね」
要するにテーブルマウンテンだ。
「そう言う名前なのか?」
レダが肯く。
「子爵様。こちらです」
案内者に伴って台地麓の赤茶けた礫の粗い地面を歩く。
乾いて足を着ける度に、地面がひび割れる。
左手も数km離れているが、似たような台地が見える。そこまで行く間には、そこそこ大きい川がある。あれが浸食してこの地形を造ったのだろう。
数分歩くと、人集りが見える。
ほとんどは軍人だが、少し離れて白い地のコートを着ている数名が見えた。そして、左腕に紅い腕章。宮廷魔法師だ。
それに、俺を以前いびろうとしたヤツが、軍人の中にいた。
「やあ、マクエス参事官。元気そうだな」
突然声を掛けたので、ここに居た5,6人がざわつく。言われた中年の男は、こっちを見て、ばつの悪そうな顔をしている。
「こっ、これは特別審議官殿。おはようございます」
俺が来ることは、分かっていただろうに。あたふたするなよ。
審議官は、参事官とは役職で3段階ほど上だからな。彼にとっては悪夢だろうな。
「それで。君が、審査をするのか?」
マクエスは、慌てて首を振る。
「いっ、いえ。審査は、王立科学院のサラディン教授と、魔法大隊のセルギウス小佐、宮廷魔法師の……」
その時、白いコートの男が寄ってきた
「ボレアスだ。左近衛隊の副隊長をやっている。それで、今日の審査のまとめ役をやることになっている」
魔道具だろう重厚な対感知魔法対策を施してある。感知魔法をこれ以上使うのは止めておこう。茶髪が長く、血色が良い50歳位の男性だ。年の割になかなかハンサムで紳士ぽい風貌だ。左近衛と言えば、王の右側に並ぶ親衛隊。騎士が隊長なので副隊長は実質魔法師トップだ。
「ご挨拶痛み入る。子爵のアレックス・サーペントと申す」
「今日は、異例ながら魔人認定の検証会をやらして戴く」
なんだか結構のんびりしているな。どうやら対人戦闘で検証というわけではなさそうだ。
まとめ役の声を聞いたのか、他の審査員も寄ってきた。
「サラディンです。今日は学者の立場で見させて戴く」
まだ30歳代だろう。痩せた平凡な容貌だが、額の皺が目立つ。
「サーペントです。魔界作用論は4巻まで読ませて戴きました。真空の透魔率定数の修正は参考になります」
彼が書いた、最近の論文だ。
「それはそれは……」
機嫌が良くなったようだ。
3人目は。
ふぁあぁぁぁ……って、大あくびをした。
「セルジ! シャキッとせんか!」
「中佐……じゃなかった先輩。勘弁して下さい。非番のはずなのに、朝早くから迷惑な……あっ。セルギウスです。アレックス卿。よろしく」
「私は従者。子爵様は、こちらです」
レダが、アルコール臭を漂わす魔法師に、厳しい視線を向ける。
「いやあ。どちらも美しいお嬢さんで見分けが……」
「貴公」
レダも、わざとやっているとぼけた揶揄に気が付いたようで、冷たい殺気を向ける。
「ああ、失敬失敬。先輩、とっとと説明して下さい」
「はあぁぁ。では、アレックス卿。説明致します。検証の課題ですが。あちらに見えます……」
副隊長は、頭上を圧してくる崖を指差した。
「あの崖の飛び出てる赤黒い部分、ご存じかと思いますがバシレウス岩塊と申します」
曾爺様の名前?
──うん。曾爺様が、魔法大隊の前でデモンストレーションして、魔法であの崖を撃った時に残った言われている。ここにあったんだ……。
「ええ、まあ。聞いたことだけは」
おそらく、セルビエンテ港を拓いた時と同じ魔法を使ったのだろう。
「あなたのご祖先、聖サーペントを以てしても壊し得ず、それ以来、幾多の魔法師の挑戦を退けてきた岩塊です。それによって色さえ変わっている。今回はそれを壊して戴きたい」
「ほう……」
確かに魔法攻撃を多数受けた痕跡が見えるな。意識的に鑑定魔法を放ってみる。あの張り出しは大きな一枚岩で、魔束を通しやすいミスリルが多く含れている。
なるほど構造面でも、成分面でもかなり強固なのは間違いない。
「ただし!」
むっ!
「あの張り出しの下に見えます小屋。あれを1つでも壊されますと、検証は大きく減点とさせて戴きます」
小屋──
覆い被さるように張り出した岩塊の真下に、倉庫なのか木でできた粗末な小屋が見える。ちょっとした岩が落ちただけでも壊れそうだ。
「あはっははは。無理無理! 子爵が、いくらヴァドー爺さんの秘蔵っ子でもな。爺さん自身でも無理だろう。やろうとすらしなかったからな。子爵、早めに諦めて下さいよ。そしたら、昼間っから酒が飲める、いかがです? 子爵」
秘蔵っ子ねえ。まあ、セルレアンの魔法師軍団客員教官だからな。そう思われても、無理からぬところか。
俺の右横で、魔力が高まったが、レダに視線を向け抑える。
「つまらん」
「あ?」
「黙ってろ、セルジ! どういう意味でしょうか? アレックス卿」
凄みのある視線をボアレスが向けてくる。
「誰か強い魔法師でも闘ってくれるのかと、楽しみにしてきたのだが。岩くれを壊せ? 少佐の言い草じゃないが、とっと帰りたい気分だ」
「それで、子爵殿は、検証を受けられないと?」
サラディン教授は、無表情に尋ねてきた。
「気分に任せるだけで過ごせるのは、羨ましい人生だとは思わないか?」
「ですな。私もそう思います」
「ところで……」
「あ、はい」
「この土地は、軍の物なのか?」
「ああ。いいえ。ここは国有地です。王の物でもなく、国の物です」
「確かか?」
「はい。軍の基地、演習地、管理地は全てそうです。軍は借りているに過ぎません」
「そうか。ならば、あの岩塊も、国、それを管理している政府の物と言うことだな。当然、岩塊を壊すこと、政府の許可を得ているのだろうな」
「ん……」
ボアレスは、目をしばたかせた。
「どうせ壊せぬと高を括られて、私が壊してしまった場合、政府から責任を問われるのではないか?
「……そっ、それは真っ当なご見識。マクエス殿!」
「はっ!」
「バシレウス岩塊を壊すこと。政府の許可を得られているのか? どうか?」
「そっ、それは……ふふん。アレックス卿の仰ること。大凡想像が付いておりました。これを」
マクエスは、にやっとこちらに下卑た笑いを見せながら、鞄から取り出した紙を、ボアレスに渡した。
「ふむ。なるほど、良く気が付かれた。岩塊については、無償にてアレックス卿に譲渡すると書いてあります。また不要であれば、再度譲渡を受けると。こちらは、どうぞお受け取り下さい」
羊皮紙に、ストラーダ候の署名に宰相府公印が捺してある。
つまり、煮るなり焼くなり俺の自由ということだな。
「これで、心おきなく課題に取り組めますな! アレックス卿」
──憎たらしい!!
[まあ、そうカリカリするな]
俺は肯いた。
「では、制限時間は、これより日没までとさせて戴きます。どうぞ始めて下さい」
ボアレスが宣言し、検証は始まった。
「詰まらぬことは、さっさと片付けるに限る!」
──っだね!
目を瞑り再び開けると、白い世界に居た。
俺そっくりの女と裸で向かい合っている。アレックスの口角が上がる。
俺が手を伸ばすと、合わせ鏡のように、幾人もの俺達が伸ばし合った。その間に紫電が走る。
この世を縮図にしたが如き光景が眼下に広がる。
バシレウス岩塊を見下ろす。
─† 遍照金剛 †─
次回投稿は、5月6日に致します。
是非是非、ブックマークをお願い致します。
ご評価やご感想(駄目出し歓迎です!)を戴くと、凄く励みになります。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya




