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158話 視察という名の

 次の日。


「わあ、海が見えます」

 馬車が峠を越えると、遠くに小さく海が見える。

 サーペンタニアを出てから、ほぼ2時間だ。


「あれ、大内海じゃないんですよね」

「ああ、カレン。西大洋だ」


 ここから北に、大内海とこの外海を分かつ海峡がある。


「アレク様と二人っきりで来られるなんて」


 カレンは華やいだ顔で、楽しそうに笑う。

 王都からセルビエンテへも、セルビエンテからサーペンタニアへも、転位したからな。旅情を味わうのは初めてと言っても良い。


 俺は手を伸ばして、留め金を外して窓を下げる。

 海岸線は、ここから数十kmは離れているが、微かに潮の匂い……ではなく甘い薫りがが含まれているような。


「さほど寒くありませんね」

「すぐ側にクローヴィス暖流が通っているからな。セルレアンが暖かいのはそのおかげだ」

 季節を鑑みれば、ここは亜熱帯言っても良いかもしれないな」


「なるほど。それで、サトウキビが栽培できるんですね」

 肯いておく。

 街道から少し離れたところで、大勢の人が春植えのサトウキビを収穫している。赤茶けた土壌と青々とした葉のコントラストが爽やかだ。


「ここが、ナップ酒で有名なマセリ村ですか」

「ああ」


 マセリ酒で有名と言って欲しいところだが。あの酒は、さほど評価は高くない。

 一方ナップ酒は、知名度が高まっている。

 王宮が外国の賓客に振る舞ったりするものだから、カーチス──酒造メーカー社長に拠れば、輸入したいという話も舞い込んでいるらしい。


「私、伯父の館で飲んでから、すっかり好きになってしまって……」

「そうか。これから会う、男に言ってやってくれ。喜ぶだろう。御者殿、次の辻を左だ!」


     ◇


 馬車は、煉瓦造りの館の前に停まった。


「大きい御館ですね」


 うーむ。向かって左手の屋根から上がる湯気やら煙は、館というより……。


「半分工場だな。甘い香りからして、糖蜜を煮詰めているのだろう」


「正解です。アレク様。ようこそマセリ村へ。そしてカーチス酒造へ」


 目線を下げると、カーチスが居た。そっくりな青年が2人居る。


「うむ。カーチス。初めて来たが、良い村だな。ああ、こちらは婚約者の」

「カレン様、おひさしぶりです」

「カーチス殿。本日はお招き戴きありがとうございます」

「ああ、カーチスとお呼び下さいませ」


「会っていたか?」

「はい。アレク様のお誕生日の宴にて、ご挨拶致しました」

 ああ、なるほど。


「早速、中へどうぞ」

 中に入ると、板張りの玄関ホールから、天井が高い廊下が長く。


「お時間が、それほどなかったのですな」

 そろそろ10時半だ。


「ああ、悪いが、ここを2時は出たい」

「承りました。では早速、砂糖工場の方から簡単に」


 廊下を100m程歩くと、扉があって屈強な警備員が立っている。

 カーチスの姿を認めると、大きく扉を開け放った。


 ほう。

 屋根は続いていたが、壁はなくなり、開放型の渡り廊下になっている。


「わあ、甘い香りが強くなりました」

「そうだな」


 左に折れたところが、建屋の入り口だ。

 作業服だが、綺麗で折り目が付いたスラックスを穿いた、がっちりとした体格の男が待っている。歳の頃は25歳ぐらいだ。

 俺とカレンが、その男とカーチスを見比べると、相好を崩した。


「はは、分かりますか。次男のバーゼルです」

「初めまして、子爵様。村立マセリ精糖へようこそ。副工場長をやっております」


「ああ、よろしく頼む」


 建屋に入ると、広い土間で、ざっと200人が作業している。


「あの、外に通じるところが搬入口です」

「あれは?」

 そのすぐ内側に、うず高く積まれた物が見える。

 

「収穫しました、サトウキビです。それを短く切ります」

「へえぇ」


 葉が落とされて、茎だけぶつ切りになっている。ぱっと見、竹みたいだが、空洞はなくて身が詰まっている。鉈を持って切る者、それを臼に入れて潰す者が多いな。

 それにしても切る作業の感じからして、結構硬そうだ。


「サトウキビは、収穫してから汁を絞るまでが時間との闘いなのです。どんどんと劣化してしまいますので」

 ストーンゴーレムが、大きな石のローラーを回して潰している。


「ああ、その収穫期の直中ただなかに、押し掛けて申し訳ないな」

「いいえ、この活気を見て戴けたのは、良かったと思います」

「あの作業員達は?」

「ほぼ全員、村民です」

 ふむふむ。

 

「水と混ぜて絞って、糖質を抽出します。それから樽に詰めて、別棟の釜で煮詰めます」


 ローラーの横を通り抜けて行くと、大きな水槽がいくつも並び、その1つから荷車に乗せられた樽へ、大きな柄杓ひしゃくすくって搾り汁を詰めている。


 また別の水槽には、白い粉を入れていた。

「あれは?」

「石灰か」

「そうです、子爵様。この水槽に一旦絞り汁を貯め、石灰を入れて不純物を沈殿させます」 

「それで、上澄みだけを使うと」

「そういうことです」


 いやあ、工場てのは良い。

 オートメーション化された無人に近い工場も良いが、こういった人が群がるように働く姿も壮観だ。見ていると圧倒される。


 おっ?

 ふと隣のカレンを見ると、なんだかうっとりした表情だ。彼女も工場が好きらしい。


──はぁ……まったく、アレクは!

 んん?


 別棟も見せてもらった。大きな釜で濃縮し、再び大きな水槽で結晶を成長させる。次に、ざるで受けて、大きい重しを乗せて水を切り、茶色い黒砂糖の様なものができた。


 それから大変だ。

 糖を水や中間でできた蜜に溶かしては、濾過したり、水を切ったりを繰り返して、ようやく見慣れた白い砂糖ができあがる。


「いかがでしたか。アレク様。カレン様」

 カレンが、何か言いたそうなので、手で促す。


「あっ、はい。お砂糖ができるまでに。これほどの大勢の人を掛けて、しかも、何工程も掛けるのだとは初めて知りました。ご苦心が忍ばれます。いままで簡単にお茶に入れていたのが恥ずかしいです」


 俺の方を見たので、軽く頷いておいた。

 ふふっ。なんだか前世の女子中学生が言いそうなセリフだが……カーチスもバーゼルも顔を見合わせている。意外と結構喜んでいるようだ。


「いやあ。貴族様の……しかも、こんなお若いお嬢様に、下々の苦労をご理解戴けるとは思っておりませんでした」


 そうなんだよな。貴族の女子も良い子が多いんだけど、やはり庶民とは感覚が乖離していることは否めない。

 その点、カレンは……。


 !


 意識していなかったが、カレンを好きになったのは、その辺りもあるかも知れない。


「アレク様は?」

 カレンも聞いてきた

「……ああ、カレンと同じだよ。あとは村民を多く雇用してくれているところだな。ありがたい」

「ええ、精糖会社は村立ですから。村民の共有物なのです」


 だろうな…………あれ?

 話が終わるかと思ったが、じっと3人が俺の方を向いている。


「……他にも、何かお気付きのことがあるでしょう」

「どうぞご遠慮なく、何でも仰って下さい」

 カレンまで首肯うなづいている。


 そういうことか。ご視察、ぜひお見せしたいと言いつつ、何のことはない。助言させたかったわけだ。買い被られたものだ。

 バーゼルは、手帳にペンを持ってメモする気満々だし。


「ふむ。大したことではないが……液から糖の結晶を取り出すのに、少々時間が掛かり過ぎかと思う」

 他にもあるが、人減らしに繋がる項目は言わない方が良いだろう。


 バーゼルが、何度か瞬きしたたと思ったら、詰め寄ってきた

「しっ、子爵様……何か」

 切迫した表情だ。カーチスが彼の腕を掴んだ。


「バーゼル! 落ち着きなさい……アレク様。今仰ったことは我々の長年の課題なのです。何か対策にお心当たりがございますれば、是非お聞かせ下さい」

 カーチスの目は真剣だ。


「ああ、そんなに大袈裟なことじゃないが。対策はこれだ」

 俺は上腕と手首を鞭の様にふるった。


「はっ?」

 伝わらないようだ。


「手に付いた水は払うと、飛ぶだろう。糖の結晶より目の細かい網で外側を覆って回せば、液だけ外に飛び出して、糖だけを取り出すことができる」

 何のことはない、脱水機だ。


 ああぁぁぁとか言ってるし。


「原理はな、物は回されると、中心から離れようとする力が働く。液を飛ばすだけでなくてだなあ。その力は、比重が大きい物ほど、より強く働くから、遠心分離と言って内と外を混合液の成分を別けられたりすることもできるぞ」


 カーチスとバーゼルが、顔をまた見合わせる。


「子爵様、もっと詳しく。図など描いて……」

「待て、バーゼル! アレク様はお忙しい。これからカーチス酒造もご視察して戴かないと」

「いや、あとで図面を描こう」

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訂正履歴

2017/4/19 同行していないレダの記述誤りを削除

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