156話 ワームホール
投稿遅くなりました。
朝食時。
アンが思わせ振りに寄ってきた。
「アレク様。おはようございます」
何かを後ろ手に隠している。勿体を付けているのが丸わかりだ。
「ああ、おはよう。見せたい物があるなら出すと良い」
「そこは、分からない振りをしませんと、部下のやる気が……」
無言で手を出すと、むくれながら質の良くない紙を渡してきた。
「新聞?」
「はい。またもやアレク様のご活躍が……」
途中から聞き流しながら、紙面を読む。アンは食堂に居るメイド達にも渡している。
サーペント辺境伯ご一家を襲った災厄を、アレックス卿ご自身が未然に防ぐ!!
数秒遅れれば大惨事!
結構扇情的な見出しだ。
本紙取材によると、昨日復活祭一般参賀の式に不逞の魔道具が仕掛けられた。しかし、悪事は成らず!
発動寸前露見し、身を挺して爆発防ぐ衛兵を救わんと、アレックス卿は敢然と立ち向かい、魔法によって抑え込んだ。
えらく克明に書かれているな。一部虚偽記載があるが……誰が情報流出したんだ?
顔を向けると素早く反応する人が。
「何だ、アレク殿。私の顔に何か付いているか?」
そう言いながらも、悪どい笑顔を隠そうともしない、そう先生に違いない。
「いいえ。いつもながら麗しいお顔ですよ」
「そうであろう」
胃に重い物を感じ、食欲がなくなったが、既に皿を平らげた後だったので、どうということはなかった。
「ゾフィ」
「はい。アレク様」
「馬車の用意は?」
「はい、既に荷物を積み込んであります」
「うむ、ご苦労。そうだな10時の鐘が……」
「馬車に乗って、どこに行くのか?」
先生に問われて、振り向く。
はあ? 夕べ言ったよな。しかも自分で。
「ああ、アレク殿には言っていなかったか?」
「はっ?」
「では、付いてこられよ。カレン殿もな」
よく分からんが、スタスタ歩いて行くランゼ先生に付いていく。階段を昇って、2階の使われていない区画まで来た。
もしかして……。
部屋の1つに入った。家具には使われていないことを示す、埃除けの白い布が掛かっている。
「扉を閉めてくれ」
はいと、俺の後に居たカレンが閉める。
背の高い家具から、布を剥ぐと出てきたのは、大きい姿見だ。
「やっぱりな」
「やっぱり?」
先生はもちろん、やや曇っているが、布だらけの調度の他、俺達も映っている。先生は、口角を吊り上げると、腕を姿見に翳ざす。中二病ぽいポーズが笑わせる。
すると数秒後、鏡像が波打ち始め、気が付居たときには、素通しで薄暗い部屋が見えていた。
「えっ? なんですか、これ?」
「行くぞ」
先生は当たり前のように、姿見の枠に足を突っ込むと、からだが半分通り抜けた。
「ランゼ様。もしかして、転移門ですか?」
「ふん、あんな旧式魔法と一緒にするな。まあ、向こうの方が距離は勝っているがな」
でもまあ、姿見の枠を境界面として、別の空間にに繋がっているのは違いない。転移門は水面に似た境界面が揺れているのだが、この魔法は何の境も見えないワームホールだ。
「へえ」
俺は小さく感嘆を漏らしながら、姿見枠を通り抜ける。
薄暗い部屋だ。
ああ、ここに繋がっているのか。
振り返ると壁に穴が空いていて、セルビエンテの屋敷の部屋が見える。そこで、カレンが不安そうに逡巡している。
「アレク様、お待ち下さい」
「ああ、問題ない。こっちへ来い」
はっ、はいと返事が来たが、ビビっているので、手首を掴んで引っ張り寄せる。
「……はぅ。大丈夫でしたね。ドキドキしました」
かわいいなあ。少し違うが、転移門など慣れているだろうに。
「ところで、ここはどちらなんですか? この沢山並んでいるのは、樽ですよね?」
「ああ、ここは、サーペンタニアにある別館の倉庫だ」
「さて、一旦戻って荷物を運ばせよう」
◇
必要な荷物を運び入れ、少しのんびりしていると。サーペンタニア村長のべスターをゾフィが案内してきた。応接間にて面談する。
「アレックス様。ご機嫌麗しゅう」
どうやら昨日のことは、まだ伝わっていないようだ。
「ああ。久しぶりだな」
「アレク様。村長様から、沢山の果物を戴きました」
「わかった。茶を頼むぞ」
「では失礼致します」
ゾフィが、部屋を辞して行った。
「ベスター。まあ座れ。気を使わせたようだな。また厄介になる」
「なんの。失礼致します。俄の御来村……御先触れを頂いていなかったので、大変恐縮ながら何の準備もできておりませんが……」
「ああ、実はな……」
掻い摘まんで、昨日の出来事を説明した。
「……それゆえ、魔法を使って、人知れずこの館に入ったのだ」
「そうでしたか。そのようなことが……しかし、ご無事でようございました。ご本家の方々に仇なすとは、言語道断」
何だか興奮しているな。
「ははは、べスター。そなたが怒ることではなかろう」
「いいえ。アレックス様。この村、いえ、この近郷近在の者は、あなた様に大きなご恩を頂きました。昨日のことを聞けば、皆々憤慨致すことでしょう。
「しかし、恩と申してもな」
「まだ、お収めできておりませんが、この冬至までに集まりました税は、昨年の3倍を超えております」
「ほう。それは、ありがたい。皆の頑張りに感謝せねばな」
「とんでもない。感謝するはこちらに決まっておりまする。無論、お金のことも大きなご恩に違いありませんが。それよりも、アレックス様には、もっと大切な物を戴きました」
「ほう……」
「はい。ついこの間まで、我らが丹精込めて育ててきた梅が、捨て値を付けても見向きもされず、行き場のない不満と鬱屈した日々を過ごしてきました」
むぅ。
「それを覆して下さったのが、アレックス様なのです。真っ当な価格で商いができる、あの幻の酒の原料なのだと、誇りもできた。片田舎の塵芥の如き者と自ら諦めていた我々に自信を下さったのです」
随分大げさな気もするが、分かる気がする。過疎地の悲哀は前世でも言われていたことだ。
「自信か。だが、ナップ酒の商品価値が何時までも続くとは限らん」
それを長期安定化するために、ブランド戦略を採っているが。
ベスター村長の眉根に皺が寄る。
「でしょうな。しかし、そのような時、どのようにするべきなのかは、アレックス様から学びました」
むっ。
「古き物も組み合わせ次第で、いえ、工夫次第で全く新しく、そして価値ある物すら生み出すことができるかも知れないと」
「言うは易く行うは難しだな」
「はい。マセリ村のカーチス殿との、よく話に出ます。今はまだ分かりませんが、希望を持てるようになりました。それこそがアレックス殿が下さったご恩です」
「そうか。それは、初めてこの村に来た時に望んだことだ。村人がそのように思ってくれているのなら、僥倖だ。まずは、梅や特産品造りに尽力して貰おう」
「はっ!」
その時だった。
「失礼するぞ」
ノックがあって扉が開き、先生が入って来た。後にアンが続き、お盆に茶器を乗せて持ってきている。
「これは、ハーケン様。ご機嫌よろしゅう」
「うむ……アレク殿、話の方は良かったか?」
「ええ。一区切りしております」
「昨日のことは?」
「簡単にですが、説明しました」
「そうか……で、村長殿」
「はっ!」
「最近、村はどうだ。変わったことなどないかな?」
「アレックス様とハーケン様のお陰をもちまして、活気が出ております。ああ、そう言えば、魔獣が普段の年より多く見かけられる位でしょうか」
「魔獣がなぁ……。アレク殿は、王都でも出世なされた重要な時期だ。1週間程、こちらに滞在するのでな。その期間は、異変があれば知らせてくれ。特に見慣れぬ者とかが居るとかな」
「分かりました。他から来た者は、狭い村ゆえすぐ分かります。何かあればお知らせ致します」
「うむ。頼むぞ」
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