155話 代償と呼べるもの
「いやあ、あの後にねえ……そんなことになってたんだ」
復活祭の日の夜。
セルビエンテ城内、俺の館の執務室に、夕食を終えたフレイヤを含む学園生が押し掛けて来た。
祭りはまだ続いている。
午前中の一件がなければ、忍びで繰り出したかったのだが。自重した。
俺は机に座り、レダを除くみんなは、ソファに座って茶を喫している。
そもそもレダは無口だし、カレンは元気がないし。喋っているのは、フレイヤと2人だ。
「エマさんは、どちらにいらしたんですか」
「ああ、私? 城の前の広場から見てた。アレク様の演説で凄く盛り上がってわよ! でも伯爵家の皆さんがいらっしゃった、あの高いところでねえ。なんか魔力の高まりを感じたけど、あれがそうだったんだあ。ねえ。どうだった、どうだった。カレン! って、随分落ち込んでるわね」
確かにな。俺が覚醒した時はかなり喜んでいたのだが、爺様と親父さんの所から戻ってきた時から口数が少ない。
「私、何もできなかった。アレク様を護るって言ったのに、婚約者失……」
「バッカじゃないの!」
エマが罵声を被せた。フレイヤも眼を丸くしている。
「あんた、アレク様に敵うとでも思っているの?」
「うぅ。そんなことは思っていないけど……」
「なら、あの場所に一緒に並んで、アレク様に護って貰ったことを、この上なく幸せに思うべきなんじゃないかしら。何が起こったかも知ることもできない場所に、立っていただけの哀れな者も居ることだしね」
エマは、満面の笑みだ。
「哀れ……なぁ」
「ああ。アレク様、酷い」
「確かに。お兄様、今のは酷いです。ここまで、開き直ってみせるのは、なかなか見上げたものですのに」
敵の敵は味方というのは本当らしい。が、フォローになってないぞ、フレイヤ。
少し、エマが引き攣ってるし。
「でも次回こそ、もっと近い場所に居るわ!」
根性はあるよな、エマ。
ふぅっと息遣いが聞こえた。
「今度ばかりは、エマの言うことが正しかったようね。そうか次回か」
「そういうこと! って、なんか引っかかるけど、いいわ。それより、アレク様のことだから、今回だけじゃないわ」
はっ? 俺がなんだかトラブル体質みたいな……。
そうよねって、カレンは独りごちて、表情が少し和らいだ。なんか引っかかるが、エマの手柄を認めねばなるまい。
「まあ、それはそれとして。アレク様にしては、魔道具如きに手こずりましたね」
如きって。
誰か来たようだ。数秒後にノックがあって、扉が開いた。
「失礼します。タウロス将軍をお連れしました」
将軍が? 何でまた。
「夜分に申し訳ない」
なかなか立派な体躯を持つ壮年の将軍が入ってきた。さらに2人。将軍と同じような歳の女性と……。
「君は……」
もう1人は、魔道具を取り出した者に勇敢にも飛びかかった衛兵だった。
「はい! 伍長のエディムスであります。お客様でしたか」
「では、私達は席を外した方が……」
「いいえ。それには及びません。この度は、私の命をお救い戴きまして、誠にありがとうございました」
凄い音量だ。
「場所を弁えろ! 馬鹿者が」
「ちょっと! 息子をバカ呼ばわりする、お前がバカだろうが! タウロス!」
はあ……。
この婦人、服装からいって、士爵位だろう。息子と言うことは伍長の母親。数え切れないほど上官の将軍にバカって。しかも呼び捨て。
俺達の表情を見たのだろう。
「ああ、この者は我が従姉でして……お構いなく」
将軍が頭を掻きながら弁解した。そういうことか。
「そんなことより従姉さん。御曹司にお礼をって言ったから連れてきたのだぞ」
「ああ、そうでした……御曹司様、私の息子を救って戴いたそうで。お礼の申し様もありません。この通りです」
跪いて、両手を頭上に掲げた。
「いいえ。救って貰ったのは我らの方です。母御殿」
「御曹司様……」
「お気遣いは無用です、御曹司様。私が見境無く飛びついた所為で、御曹司様は一度発し掛けた魔法を止めて、違う魔法を発することになったと。それゆえ大層な魔力を使うことになって、倒れられたと……」
むっ!
「……そちらのレダ様から聞きました」
レダ……。
「そして、レダ様の障壁魔法の中から飛び出し、我々を……高々衛兵を救うために命を懸けて……」
涙声になった。
「エディムス。余りお時間を取っては相成らん。お暇するぞ。御曹司ありがとうございました。失礼致します」
伍長の母は何度も感謝の意を表して、部屋を去った。
御婆様には心配を掛けてしまったが、これで良かったのだとあの母親は思わせてくれた。
「なるほど。それで、てこずったと」
「そういうことだ。アレク殿を以てしても、後手を踏めばな……発動した魔法を抑え込むというのは、それほど困難のことと肝に銘じなくてはな」
「ランゼ様!!」
先生が突然姿を顕したので、皆びっくりしてる。俺もうっすらとしか分からなかったが、もう慣れた。
「ふむ。もう魔力は全回復したのか。あいかわらず、バケモノだな」
いや、先生には言われたくない。
「まあ、その莫大な魔力を今回は使ったが、その代わりに手に入れたものも大きいな」
はぁ、何のことだ?
「アレク殿は、腑に落ちていないようだが。まあそのうち分かるだろう。そう言えば、サーペンタニアには、いつ向かうのだ?」
はあ???
フレイヤとエマが色めき立った。
「サーペンタニアですって? 私は聞いておりませんが。お兄様!!!」
「ああ、言ってないな。明日、向かいます。先生」
「「明日!?」」
「ああ」
「クゥゥゥ」
フレイヤが、がっくり落ち込む。
「何、どうしたの? フレイヤさん。私たちも行こうよ!」
「残念ながら……神官の祭事があって、明日、明後日と、セルビエンテを離れることはできません。謀りましたね、お兄様。憶えておいて下さい」
眼に涙を溜めながら、かなり怖い顔をした。そして、すっくと立ち上がる。
「エマさん。帰りますよ!」
「ええぇ? あっ、うん」
そのまま、部屋を出て行ってしまった。
「良かったのですか? アレク様」
カレンは、心配そうに俺と先生を交互に見た。
「どうせ、そのうち兄離れせねばなるまい」
ぼそっと先生がこぼす。
それはその通りなんだが……。
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