153話 危急
親父さんの示唆で、階の上に居る者の視線が俺に集まった。
やるか。ご指名とあれば、後には引けないよな
アレク! アレク! いまだ、俺を呼ぶ声が途切れない。
演壇に脚を掛け、ゆっくりと登る。
さて……何を喋るか。付け焼き刃で考えても仕方ない──普段思っていることだな。
左脚を引き、右手を胸に当て会釈する。感謝の形だ!
コールが一瞬息を飲んだように静まり、おおぉぉーーーと響めきに変わる。
「我が名を呼ぶ者達よ!」
群衆1人1人の顔が見え始めた。年配者も子供も居る。
大きく口を開きながら、手を振ってくれている。
「太陽が復活する今日の日に、私の蘇りを祝ってくれたことに礼を言う。…………今年、このセルビエンテを離れて、気付いたことがある…………この地はどこよりも過ごしやすい。恵まれた気候もそうだ。皆が営々と拓いてきた実り多き土地もそうだ」
おぅ、静かになってきた。俺が口にすることを聞こうとしてくれているらしい。
「だが、ルーデシアで見れば、そのような地は限られた一握りに過ぎないことに気付いた。そこまで行かなくても、セルビエンテが栄えているのは、セルレアンの他地域が食や水、燃料などの資源を供給してくれているからこそだ。それと同じようにセルレアンは、近隣の伯爵領、侯爵領と補い合い、支え合っていることを忘れてはならない」
少し難しいか。
「難しい話ではない。皆も、他の船が難破仕掛けていれば助けるだろう。だから大海原に漕ぎ出せる。水を得るために一致団結して用水路を引く。だから日照りにも臆せず畑を耕すことができる。同じことだ! ルーデシアの規模でも、それぞれの頑張りの他に、協力し合わないと築けないものもある!」
ふう。
「私は、まずはセルレアンの発展を考えていた。しかし、一地方だけが富み栄えるなど歪なのだ! ここ1年で、よくわかった!」
実感だ。
「ならばこそ、もっと広く、ルーデシア全体を豊かに裕福にしなければならない! その手段として新たな産業を興す必要があると考えた。よって政府代理人の推挙を受けさせてもらった。しかし、考えてみてくれ。大事業な上、難事業だ。私1人が何をしようと、何ほどのことはない。故に──」
「皆は見守ってくれ! 私と仲間が何をしようとしているかを。
監視してくれ! 誤ったことをしないかと。
必ずやその事業の一端を担いたいと、進んで仲間になりたいと!
皆に思わせること、ここに誓おう!」
…………ぉぉぉおおおおお。響めきが足下から沸き上がってくる。
「長々と話を聞いてくれて感謝する! 復活祭を共に祝おう!」
喚声が一際高くなった。
手を大きく挙げて応えると、演壇から降りた。
親父さんが拍手をしながら、迎えてくれた。
どうやら、さほど悪くはなかったようだ。ふっと息を吐く。意識はしていなかったが、少し高ぶっていたか。
まさにその時、異変が起こった──
頭の中に丸い図形が浮かんだ。
三角形が螺旋に連なり、文字が鏤められた紋章の如き意匠──閃き、瞬く間に消えた。
なんだ??
直後、鳥肌が危急を知らせる──突如魔力が膨れあがった。
──アレク!!
刹那、俺とアレックスが共振して竜化!
突如時間の歩みが滞った。
強烈な慣性抵抗を振り切って振り返る。
核心が、あっけなく見つかった。衛兵の一人が、手に掲げた球体。その魔道具を中心に魔界強度が跳ね上がる。
あれを遮蔽!
─ 不二一 ……ぐぁ
俺は咄嗟に発動し掛けた魔法を中絶した。
隣にいた別の衛兵が、宙を飛んでいるのを見付けたからだ。
止めた魔法が発現すれば、彼まで殺してしまう!
微かな躊躇が俺に後手を踏ませる。
従者服? レダだ!
この遅延世界で影を引くように、衛兵との間に立ちはだかると、障壁魔法を発動した。
いや──アレでは!
背筋を駆け抜けた悪寒に蹴られるように前に出る。レダが張ってくれた風壁を飛び越えた。
深奥の凍土より、なお凍えよ!永劫なる無明を讃えよ! ─ 滅劫 ─
魔力の源、衛兵の前と別に衛兵が、奪い合う何かが光った刹那、俺の冷凍魔法が発効──球体は光を一瞬で失い凍りつく。だが──
まだだ!
恐るべき勢いで、魔束密度の衝撃波が膨張を始めている。
こいつが本命か!
もはや、新たに魔法を発動する暇などない!
ハアアァァァァァァーーーーーー!!
発動を完了した滅劫を依代にして、無理矢理魔力を注ぎ込む!
魔道具から膨れ上がる魔力を、魔力で抑え込むのだ。
しかし、冷凍魔法は冷凍魔法。
魔界強度を上げれば上げるほど、魔力が冷気に変わって周りが一気に白む。
バカだ! 大バカな行為だ。自らを嘲る。
だが、いまさら止めることはできん。
俺の周りに次々微粒子が生まれ、金色に発光しては糸を引くように飛び去る。
離れるにしたがって赤黒く偏移していく幻想的な光景が見えた。
膨大な魔力を注ぎ込み続けると、熱エネルギーが亜空間へ消え始めた。
魔道具中心部分の温度が急降下し、絶対温度10K、8K、7K……足踏みし始めた。
負けるものか!
6K、5K……その時だった。
魔道具から発散していた魔力が突然途絶えた。
うわっ!
そのショックで俺の魔力注入が止まり、遅延空間が掻き消えたと認識した途端、俺は2mほどの高さから落下した。
無論足から着地したが、支えきれず無様に尻餅をついた。そのまま石畳に大の字になる。
ふう…………無尽蔵に思えた魔力の何割かが飛んでいる、
竜化することで一瞬にして使い切ったということか。レダの障壁を避けて着地するまでに。
「アレク様!!」
「お兄様!」
「アレクゥゥ」
いくつもの顔が、丸く覗き込む……
「アレク殿、よくやった! 後は任せろ」
先生のいつにない優しい声が、意識を手放させた。
◇
うぅぅ……
「アレク様!」
声の方に首を向けると、カレンが眼を真っ赤にして泣き腫らしていた。
「カレン……」
「アレク様ぁぁぁ」
俺の左胸に突っ伏してしまった。
頭上には、無骨な岩肌が見える。
目を閉じると、あの図形が見えた。それは、鮮烈さを全く失った残像に過ぎなかったが、記憶に留めるには十分だ。
思い切って眼を開ける。
どうやら、階から殿舎につながる石造り部屋、そのカウチ・ソファに寝かされているらしい。
んん。右手首を誰かに握られている。
「お脈は安定してします。もう大丈夫かと」
ユリ……。
「無論です。おっ、お兄様がこのようなことで、どうにかなるわけなど有りません」
「その割に動転していましたね、フレイヤ!」
「大泣きした、お母様に言われたく有りません」
女達の笑い声が小さい部屋を満たす。
「カレン……もう起きるから」
はいと退いてくれた。ソファに起き上がる。
「それでどうなった?」
体感時計では、俺が倒れてから15分ほど経過している。
「私から……その前に、まずは私が発動しました魔法が、アレク様の動きを妨げてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、そんなことはないぞ。レダ」
「そうだよ、レダちゃんは私達を守ってくれたんだし」
「はっ。では……アレク様が凍り付かせた魔道具は、ランゼ様が魔収納へ格納しました。その時点で魔力暴走は止まっていたとのことです」
「そうか」
「はい。その巻き添えで、肘から先が凍ってしまった2人の衛兵は、ランゼ様が剥ぎ取り、私が双方を治療しました。特に暴漢に飛びかかった方……エディムス伍長は、障害も残っていないとのことです」
「そうか。よくやってくれた」
「いいえ。ランゼ様のご指示にしたがっただけです」
「そうだったわ!」
フレイヤが声を挙げた。
「あの女! 先にお兄様を看てと言ったにもか関わらず、無用って一言で終わらしたのは許せない」
フレイヤは、怒りがぶり返したのだろう、凄い形相になっている。
「ああ、兄は大丈夫だと言ったのは、お前だろう。フレイヤ!」
「そっ、それは、そうですが……」
「ありがとうな。みんな。ご心配を掛けました。母上」
その時、部屋にアンが入ってきた。
「アレク様。御先代様より伝言です。気が付かれましたら、本館第4応接室へお出で下さいとのことです」
「第4応接?」
「普段使われていない応接室だそうで。御館様の執務室の3つ奥の部屋です」
「わかった」
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