152話 祝祭
冬至──
この世界にも季節の移ろいがあり、その節日の1つが今日──冬至だ。
ルーデシアでは、それを祝う風習がある。
昼が1番短い日をなぜ尊ぶか?
諸説有るようだが、それまで次第に力を失ってきた太陽が、冬至を境に徐々に勢いを取り戻すからというのが有力らしい。故に、この祝祭を復活祭と呼ぶ。
そう言えば、前世でも似たような話を何かで読んだ気がする。
アレックスの話では、年間通じて一番の人出がある祭事らしい。とは言っても、さほど派手な催しがあるわけはなく、城前の広場に露店や市が立ち、飲んで喰って騒ぐ位らしい。温暖なセルレアンでは、冬の訪れが遅いので収穫祭の位置づけもあるようだ。
去年の今頃は──
まだハイエストの村に居たのだった。短いようで長い1年だった気がする。
爺様やお婆様の到着に伴う一族対面の儀も終わり、軽食とお茶を戴いて、式典の時間となった。
一族うち揃って本館を出て廊下を進むと、ごつい鉄の扉があった。
ここへ入ったことは無いな。
──まあ、年に何回も使わないし。
俺達を認めた2人の衛兵が扉を開けると、殺風景な石造りの廊下が続いている。更に100m程進むと、下りの石段があった。親父さんとグリウス叔父が爺様の手を取り、俺はお婆様の手を支える。
階段の途中で、遠くから鐘の音が聞こえてきた。10時だ。
ゆっくりだが何事もなく、石段を降り切る。そして少し進むと部屋があった。無骨な石造りで、普段は使われていないのだろう。絨毯が敷かれ、俺達の人数分の椅子とテーブル、後は寝そべれそうなカウチ・ソファーがあった。
対面の壁に、扉が有る。
「少し休みますか?」
親父さん優しいね。もういい時刻だが。
「いや、民を待たすものではない」
「はっ!」
そのまま、部屋を通り、衛兵が開けた扉を通って戸外に出た。
へえ。こういうふうに繋がっているんだな。
十数mの石畳の向こうに低い石塀があるが、その先は向こうは崖のように途切れ、やや離れたところに教会の尖塔と街の屋根が見える。
俺達は、衛兵と魔法使いが居並ぶ前を通り、石塀の直前まで進んだ。
地から響めきが沸き起こる。
人の海だ。
7m程下方にある、城の内郭前広場。
そこに人々が集っている。いや、それだけでは足らず、道路にはみ出ている人もかなり居る。感知魔法に依れば、その数2万1千人余り。
セルビエンテの人口より明らかに多い。周辺の地域からも集まっているのは間違いない。
──うわぁ。いつもの年の倍近く来てるよ
そうなのか?
興奮してるな、アレックス。
前世のテレビで見た優勝祝賀パレードとかに比べれば少ないが、広場もそんなに広くないし、ぎっしりと人が犇めいてる。驚くほどの混雑だ。
この人々は、この広場の前の階に並ぶ、伯爵家の一族の姿を見に来ているのだ。
──アレク、落ち着いているね。
[今日は、こうして手を振るぐらいしか特に出番もないし。まあ、俺の姿を見ようと言う奇特な人もいるだろうけど、外見目当てだろうし]
──はあ。これだからアレクは。
はあ?
親父さんが大きく腕を上げると、歓声が巻き起こった。
流石、人徳有るよな。
その親父さんが、拡声魔道具の巨大なホーンに挟まれた演台に上る。
響めきが一気に静まる。
「セルビエンテ。そしてセルレアンの民よ! 復活祭、おめでとう!」
オォォォオオと歓呼が返ってきた。
あちこちでガイウス、ガイウスと親父さんのコールが続く。
「今年は、セルビエンテの荷扱い量が順調に増え、また小麦、果樹などの農作物も、他が平年並みにもかかわらず、セルレアンでは豊作となり、大いに潤った。神に思し召しに感謝し、皆の奮闘努力に改めて礼を言いたい……」
そうだな。親父さんをはじめ、セルレアン地方政府の役人が進める農政に、皆が付いてきた好影響が出ていると聞いている。
「……しかし。悪しきこともないわけではない。ルーデシアを取り巻く環境は良くないのだ。現に夏には、ディグラントがセルレアンの海岸を攻めてきたことは、皆も忘れては居まい。幸い大過なく退けることができたが、今後も油断することはできないと考えて欲しい」
オォォォォォォ!!!
地響きにも似た喚声が還ってきた。
「だが、我がセルレアンは精強な軍が護っている。無用な不安を持つ必要はない。そして、善きこともまたあった。中でも……」
おっ、詰まった。
「ガイウスも、人の親と嘲ってもらって良い。私にとって、一番嬉しきことは、昨年この場には病臥で来れなかった、我が息子アレックスが、こうして元気な姿を皆に見せられることだ。皆もに祝ってくれ」
再びの喚声だ!
いやいや。おいおい。
──嬉しいね
って、涙声じゃないか。霊体も泣くのかよ。
それにしても、親父さんは親バカだよな。
「そして、王都に留学を果たし、夏休みに帰ってきては、ディグラント海軍撃退に尽力し、学生の身ながら政府中枢の官僚となっていることは皆も知っていることだろう。信じがたい活躍ではあるが、育成にご尽力下さった、ハーケン女史には心よりの感謝を申し述べたい。それから、そのアレックスが、嫁を迎えることになったカレン・ハイドラ嬢だ。皆も祝って欲しい」
カレンが応じ、腰高の石塀すれすれに進み出て、胸に手を当てて会釈した。
美しい所作だ。
今日一番の歓声が沸き起こった。
民衆は、お姫様とか好きだからなあ。まあ遠くからは流石にカレンの美貌は見えないだろうが。すらっとしたプロポーションは映えるよな。
あれ?
だけど、歓声にだけじゃないな。悲鳴とか、あぁぁぁって嘆息も混じっていないか?
……気にしないことにしよう。
「復活祭の佳き日に私が皆に申し述べることは、以上だ。今日は存分に楽しんで欲しい」
親父さんが、演台から降りた。
観衆も沸いたし、まあいい演説だったよな……俺のこと以外は。
さて、参賀も終わったし、館内に引っ込もう。爺様とお婆様は、フレイヤとエヴァ姉さんが付いていてくれているが、いつまでも外気に当てて置くのは良くない。
踵を返しかけた時に、おぉぉぉぉと再び喚声が上がった。
おっ、なんだなんだ。いや、終わったって。
アレクゥーーーーー! アレクゥ! アレク! アレク! …………。
ん?
なんか、俺。コールされているよな。
俺を呼ぶ声が収まらない……。
痛って!
肩甲骨の辺りを叩かれた。
親父さん……ん? 顎をしゃくった。えっ? 俺に何か喋れってことかよ…………。
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訂正履歴
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




