149話 観閲式
セルビエンテ守備海軍冬期観閲式。
帆船の演習を、退屈に耐えて視ていると、予定外のことが起こった。
突然、異常な魔力を感知したのだ。
10mほど離れた親父さんの方だ!
げっ!
白いローブ姿の人物が見える。嘘だろうと心の中で毒突いて、諦めて立ち上がる。
俺が目の前を過ぎることで、軍監達異変に感付いて、うわっと声を漏らした。
呻きたいのは俺の方だ! 全く。
老師と親父さんとの挨拶が終わったので、如才になくローブ姿のヴァドー・シュテファニツァ、白き魔人に軍礼する。
「老師。お久しぶりです。ご壮健で何よりです」
「うむ」
親父さんの従者が、折りたたみの椅子を勧めたので老師が座る。
そこへ慌てて駆けつけた、軍監達も軍礼する。そして、余計なことを続けた。
「ヴァドー様、お越しになるとは聞いておりませんでしたが」
「ふむ。我はセルレアンの軍事顧問なのだがな。済まなかったな、軍監殿に届けがなくて」
「め、めっ、滅相もない」
思いっきり恐縮している。下手に嫌みを言おうとするから反撃を喰らうのだ。
「さて、ガイウス殿。今日ここに来たのは、貴公に協力を要請したかったからだ」
「はあ、協力ですか……それは、どういった件でしょう?」
軍監達は、話題が自分たちから逸れたことを幸いに、最初は恐る恐る、後は素早く自らの席に戻っていった。
俺も一緒に退りたかったが、時折老師が俺の方を視るので、そうもいかない。
──嫌な予感しかしない
[考えたら負けだぞ。アレックス]
入れ替わりにゲッツが、俺が座っていた椅子を持ってきたので、仕方なく座る。気が利いているようで利いてない。
「アレックスに何かやらせたいと言うことですか? ヴァドー卿」
老師は重々しく肯いた。
やはりな。
「あと、ガイウス殿には、そうだな10人程乗れる小船を1艘を貸して貰いたい」
「それは容易いことですが……」
傍らの従者が駆けていった。船を手配するのだろう。
「アレックス卿には、まずは我と共にその小船に乗って貰いたい」
まずは……か。当然それで済む訳はない。
「はっ! 承りました」
思いっ切り嫌だが、学園でも、評議会でも目上だし。この程度で断る筋はあり得ない。
1時間後。
俺と、老師、それに船頭が乗ったドラゴンボートのような中型ボートに乗っている。
ボートは、白波を蹴立てて時速50km程で進んでいる。かなりの速力だが、船頭が艪を漕いで出して居るわけではない。老師が、念動魔法で運んでいるのだ。
あと船頭の瞳からは、光が消えており、呆けたような表情だ。
3人しか乗っていないので、喫水が浅くて不安定なのによくやるな、この爺さん。
そう思っていたら、睨まれた。丁度良い。
「老師。そろそろ俺に何をやらせるのか、教えてもらえないですかね」
無視かよ。帰るぞ。
おっ!
推進力がなくなったようだ。惰性航行に移ると、しばらくして停止した。
「アレックス殿、もっと船尾へ移動してくれ」
老師も船尾に来たので、ボートが傾く!と思ったが、そうは成らなかった。魔法で支持しているようだ。
老師は、船首に向かって振り返ると、何か大きいものを魔収納から出庫した。
青銅でできた台車らしき物の上に、直径20cmから15cm、長さ80cmの先細りの筒。
「老師。これは、何でしょう?」
「卿のことだ、察しは付いているだろう」
「魔力砲……ですか?」
「そうだ。縮小版だがな」
魔力砲──
超電導魔紋で魔気遮蔽した魔石弾丸に、高魔界強度を印加して得られる反発力で弾丸を射出する砲だ。
紫色の球が、砲の尾栓に近い部位に8つ埋め込まれている。それに、魔界を生成するのだろう魔導環がいくつも砲身にはまっている。1、2…7、7段加速らしい。
「卿なら、このような物は、必要ないのだろうがな」
確かに俺というか、老師も魔法でできる。
「多くの魔法師が使えることこそ肝要」
「それが、空から船を撃沈した男が、鉄の船を造る理由か」
「御意」
老師は疑わしそう瞳を眼窩から光らせた。
「では、この砲に魔力を充填する。その手前の珠に手を乗せよ」
これをやらせたかったのか。理解しても、後の祭りだ。
手を乗せた。
その時、チリチリッと静電気が放電するような、感触が来た。
──気持ち悪い
アレックスの声が脳内に響く。
その声が消える前に、手を乗せた珠の色が、目まぐるしく虹色に輝いて、最後に赤色になった。
やや遅れて、疲労感と言うか、右腕から魔力を吸い取られる感覚が届いた。
ヤバイ?
一瞬そう思ったが、吸い取られる総量は大したことはない。そのまま手を動かさずに居ると、瞬く間に、残る7つの珠も色相変化して赤に変わった。
「むぅぅ……」
唸った老師が、思いっ切り睨み付けている。いやいやいや。魔力持ってかれたのは、俺の方なんだけど。
「もう良いぞ。手を離されよ」
砲から離れると、老師は手を翳した。
ダァン!!!
ごく短い轟音が響き渡った!
弾丸は、水平に飛び、衝撃波が海面を一直線に断ち割ってゆく。
その先には!
僅か1秒も掛からず、波間にわずかに頭を出していた岩礁に着弾するや、幾本もの尖った水柱を跳ね上げた。
おお、なかなかの威力だ!
弾丸の運動エネルギーだけで無く、着弾直後に炸裂する魔法が仕込まれて居たのだろう。
ドゴオォォン!!!
数秒遅れて、轟音が届いた。
水煙が収まると、800mほど離れた場所、浅瀬ごと跡形もなくなり、ただ泡で白んだ海面が有るばかりだった。
ウォォオオオオーーー!
振り返ると、親父さんや兵達が居並ぶ浜の方から歓声が聞こえてくる。
まあ、この破壊力があれば、木製の軍船ならばひとたまりも無いし、石造り防壁すら大きく崩せるだろう。
鑑定魔法で、射出時の光景が脳内で超スロー再生される。
尾栓に近い魔導環が励起され弾丸が、砲身内を変位開始、砲身内を進むに随って次々と魔導環が励起されていき、7つめの魔導環を過ぎて、射出か。
初速度秒速950m程度。マッハ3弱か。
「老師。感服しました。魔法環の同期励起、怖ろしく精緻な魔法ですね」
「感服……」
老師がフンと鼻を鳴らす
「魔法師8人掛かりで、満充填に数分要する魔石を、数秒間で十分な貴公に言われてもな」
マズイ!!
「それは……」
「魔力吸引速度は、提供者の魔力残存量に合わせるように造ったのだがな」
老師が、俺を射竦めるような視線を送ってくる。
これは、ステータス偽装がバレたと見るべきだろうな。
そう言えば、あの時……アレックスが、反応したときに竜化したのか?
──僕の所為?
しばらく黙っているんだ。
ふうと老師は息を吐くと、瞑目して首を振った。
「先に戻っておるぞ」
その声が残っている内に、老師の姿が掻き消えた。
おおう。
手を海面に翳して魔力を込める。船が大きく揺れ始めたので、水系魔法を発動して止めたのだ。
爺!
「ううぅぅぅ……ここは?」
さっきまで身動きすらしなかった船頭が、頭を抑えながら辺りを見回している。
「気が付いたか、船頭殿」
「ああぁ。オラは……御曹司様」
「うむ。少し気を失っていたようだ」
「はあ。あっ、あれ? もう1人。もう1人の白い爺様は?」
もう大丈夫なようだな。
「ああ、先に帰られた」
「帰った? ここは海の上ですぜ」
「それが? 俺も老師に倣うとしよう」
─ 翔凰 ─
船の重心に移動した後、空に向かって飛び立った。
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訂正履歴
2017/3/21 老師の声が掻き消えた→老師の姿が掻き消えた




