148話 秘密会議
「さて、皆に集まって貰ったのは他でもない」
ランゼ様は鹿爪らしい、そう、教師のような表情で話を切り出した。
私、カレン・サーペントは、セルビエンテ館の一室に居る。家具というか調度から察するに応接室のようだ。
この部屋には、ランゼ様、同級生のレダちゃん。そして、メイド頭のユリーシャさんが居るのだが。ルーシアは、なぜだか同席をランゼ様に禁じられて、1人で部屋で待っている。
他でもない?
「アレク殿が、軍の観閲式に出ていて、今は都合が良いからな」
「はあ……」
「ヤツはな、まあフレイヤ嬢ほどではないが、勘が良いのだ!」
確かに、アレク様は実習中にじっと見とれていると、不意にこちらを振り返ったりする。にこっと笑顔を見せてくれたりして、それはそれは幸せ……おっと妄想してしまった。
「分かっていると思うが、この部屋にいるのはアレク殿のお手付きだ」
お手付き!?
「その反応は。もしかして、まだと言うことか? カレン殿」
つい眼を見開いていた。
「えっ? あの、そのう……」
何を言い出すのだろう、この人は。
ランゼ様は、にぃと笑った。
「ふむ。アレク殿も存外情けない。レダは学園で2人切りにしたのだろう」
レダちゃんは、こくっと肯く。
「そっ、それは。でも学び舎で、そのようにふしだらなことは……」
みんな、しらっとしてる。えぇーと私が間違っているの?
と言うことは……えっ? ちょっと待って!
レダちゃんとアレク様が、学園のあの部屋で……きゃぁぁ。
頬が思いっきり熱くなってる。
「あの年代の男はな、それはもう、抑えが効かぬものだ。何事もな。だから、女の方で制御しないとな」
それって。
「はあ……もしかして、ランゼ様も」
「無論だ。アレク殿はな、見た目にも愛らしいからな。放っておけば、すぐに変な虫が付く。妙な癖が付いてからでは取り返しがつかぬ」
えぇぇぇぇぇぇぇ。
そうなのか? なんだか常識が壊れていく音が聞こえるようだ。
「それはともかく。カレン殿にも手が付いている想定だったが。予定が狂ったな。不手際はアレク殿をきつく叱って置くとして……どうするか」
私を除く、3人が考え込んだ。
「あのう。何をどうするのでしょうか?」
「決まっておろう。日々の閨をどうするかだ」
「ねっ、ね……」
オウム返ししそうになって、口を押さえた。
「今はな、日曜と金曜がレダで、それ以外の日は、ユリが同衾しておる。ちなみに私は、不定期で、近頃ご無沙汰だ。それで、カレン殿はどうしたい?」
はっ?
「ああ、いや。あのう……」
「顔を真っ赤にしている場合ではないぞ! 交渉は時期尚早だったということにしても良いが」
「ああ……その場合はどういうことに」
「ん? うむ。現状維持だな」
「そっ、それは困ります!」
「ふふっ、困るのか。ふふふ……」
思わず本音を漏らしてしまった。
閨のことは、なんだか恐いけど……今まで漠然と理解しているつもりだったけど……この人達にアレク様を独占させておくのは耐え難い。
「ならば、カレン殿。閨の割り当て希望を言うのだ。ただし、割り当てられた日に、アレク殿の求めに否やを言うことはできんぞ」
「大丈夫ですよ、カレン様。暫く試行してみて合わなければ、再度調整すれば良いのです。アレク様はお優しいですから」
「ユリさん……」
「むう。ユリは甘いなあ」
だけど……。
「ランゼ様。ひとつ、聞いておきたいことが」
「何かな」
「アレク様のご意志は、どうするのです?」
「ふむ。アレク殿は、気に入らなければ、何もしないで添い寝するだけだ。今のところ、そのような目に遭ったのは、私だけのようだが……何を言わせるのだ。言っておくが、今、決めようとしている割り当ては、あくまで閨で同衾する相手を決めるだけだ。それ以外のところで、何をするのもアレク殿は自由だ」
なるほど。
「ランゼ様」
レダちゃんが手を挙げた。学校じゃないんだけど。
「なんだ」
「私は、週一日で結構です。学園のことがありますから、日曜日がよろしいかと」
ああ、月曜日は原則登園されるといって、仰っていたわね。
でも、これで言いやすくなった。
「分かりました。では、私は残る6日の半分、3日間を要求します」
言ってしまった……。
ランゼ様を見て、ユリさんを視る。
「どうだ? ユリ」
ユリさんは、すっと瞼を閉じた。
「よろしいかと存じます」
「ふーむ。ユリがそう言うならば、そう決めよう。順番はカレン殿優先とする」
ユリさんは、眼を開く。
「よろしくお願い致します。奥様」
「こちらこそ」
ユリさんの顔から、やや力が抜けたかのように微笑むと、そのまま立ち上がった。
「では、夕食の準備がありますので」
そのまま、部屋を出て行った。
取り敢えず、折り合えたようだ。
正妻となる身としては、さらに多くを求めるべきだったかも知れないが。実績も無いのだから、過剰であれば侮りを受けよう。まずは良かったとすべきだ。
「カレン殿。アレク殿は、男女関係に対して、よく言えば慎み深い。悪く言えば怠惰だ」
「はあ……」
きっとそうだろう。あれだけの美貌があれば、常人より大幅に異性の好意を期待できるから。
「だから、まずは自分から動くのだ。それが望みの結果を得る早道……むう」
笑っていたランゼ様の表情が、一瞬にして強張った。
「くっ」
レダちゃんも何かに気付いたようだ。
「ちぃ。なぜだ──急用ができた。出掛けてくる」
ランゼ様は、驚く素早さで黒いローブを取り出すと、歩きながら羽織り、急いで部屋を出て行った。
「レダちゃん」
「大丈夫です。ランゼ様にお任せしましょう」
◇
「なかなか、壮観なものですね」
観覧席のすぐ背後から、声がした」
「ゲッツ。視るのは初めてか?」
「はい。アレク様」
セルビエンテ守備船隊の観閲式だ。
可燃物の燃焼速度が遅いこの世界では、銃や大砲は実用には供されない。だから、海戦は、弩の矢と衝角による衝突戦、敵船へ乗り込んでの白兵戦。
そして、遠隔魔法の応酬だ。
無論観閲式では殺し合いはない。
風下風上にそれぞれ2つのブイで象る四辺形の周りを回る操船技術、浮的に対する攻撃などを競う。
全長数十mもある軍船が、巧みに帆を操る姿は、ゲッツは言う通り壮観だし。一斉射撃の密度も見事ではある。
だが、それは相手有ってのことだ。何百年も同じような戦術が使われてきたからと言って、今後も続くとは限らない。
岬の突端に設えられた観覧席には、俺達の他、父伯爵とその側近達、そして王国軍から派遣されている軍監達が居る。
彼ら大あくびをしながら、船の動きを眺めていた。
不謹慎だが、気分は彼らと同じだ。
これを、興味深く視ていられるのは、俺には30分が限界だ。あれだね。偉い人ってのは、忍耐力あるよね。部下の報告やら発表を、根気よく聞いているのだから。
退屈、退屈、鯛靴とか眠らない程度に妄想していたのが、よくなかったのだろう。
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