147話 女心
冬休み初日の午後。
俺の他、カレンとルーシア、それにレダの乗った馬車は、王都の転移門へ着き、そのまま故郷にセルビエンテに転移した。
転移門の建物から馬車に乗り込むため、庇はあるが屋外に出る。
「こちらは、ずいぶん暖かいですね」
「ああ、王都に比べるとな。暑ければショールを外すと良い」
「で、では後で……」
微妙な態度だった。
まあ、気温が8度も上がっている。王都だと秋相当だ。暖流がすぐ近くを通っていることが影響しているのだろう。
──まあ10月後半から、流石に少し寒くなるけどね
馬車が、貴賓出入り口に回ってきた。彼女の手を取って、馬車に乗り込んだ。
いつも、横に座りたがったのに、今日は対面の席に座った。
お陰で、カレンの姿が良く眺められる。なんだか、少し顔が紅いな。
「どうした。俺の顔に何かついているか?」
「いっ、いいえ」
微妙に挙動不審だな。
「なら良いが。ああ、そんなに遠くない。5分ほどで着く」
「はい。やっ、やはり少し暑いですね」
そう言って、カレンは肩に掛けていたショールを外した。
うわっ。襟刳りが大きい。胸の谷間があからさまだ。
眼福、眼福。
なるほど、流石にあそこでは人の目が有って脱げないよな。
──アレクに見せたかったんだよ!
そう考えると辻褄は合うが……女心はよく分からないな。
ん?
俺の館前に着いたが、予想していない出迎えが居た。
「お兄様。お帰りなさいませ」
「ああ、出迎えありがとう。フレイヤ」
彼女と俺のメイド達は、俺達より一足早く、午前中に帰省した。
ゲッツや俺専属のメイド達や執事も並んでいる。
「エマ……良く来たな。ただ呼んだ記憶はないが」
エマは、ニコニコと笑いながら立っている。
「お兄様。レイミアス士爵様は、私がお招きしました」
なんだと?
──あれじゃない。フレイヤから見て敵の敵は味方ってヤツ。
[待て待て。なんで、カレンがフレイヤの敵なんだ?]
──本気で訊いてる?
いや。まあ俺もそこまで馬鹿じゃない。はずだ。要するに、フレイヤは、俺を兄以上の存在に見ている……それを、認めたくないだけだ。
「へえ。そうなのか。エマとフレイヤが仲が良いとは知らなかったよ」
平静を装って、彼女達2人に言う。
「えっ? ええ、最近のことなんですが」
エマが慌てて、頷く。
「そうか。じゃあ、また夕食にでも会おう。ああ、カレンとルーシア。こっちだ、部屋を案内しよう」
「はい。アレク様」
カレンの肩に腕を沿わせ、一緒に中に入る。
背中に刺さるような視線を何対か感じたが、敢えて無視した。
◇
俺の寝室と執務室に続き廊下にまで来た。カレン達が泊まる客間は、この奥だ。
アンが進み出た。
「アレク様、お客様は私がご案内致しますので、お着替えを!」
「ん、そうだな。カレン……ここが、俺の執務室だ。あとで、両親に挨拶に行くから。準備ができたら、この部屋に来てくれ」
「はい」
「では、頼んだぞ」
10分後。
主館の面談室にカレン達と一緒に赴いた。
椅子に掛けた両親に、跪いて挨拶する。
「ただいま戻りました。父上、母上。今回はカレンを伴いました」
「伯爵様、奥様。再びお目に掛かり嬉しく存じます。この度は、よろしくお願い致します」
父も母も朗らかだ。
「うむ。カレン殿、よく来られた。我が家と思って過ごされるが良いぞ。アレックス殿も、息災で何よりだ」
「そうですね。来たるべき日のことを、想定されると良いでしょう」
「ありがとうございます」
カレンが、胸に手を当てて、礼を述べた。
「アレックス殿。冬休みはそこそこ日数があるのだったな。具体的には、どのように過ごされるつもりか?」
冬休みは、2日後の冬至を挟んで10月の中旬まで、合計15日程だ。今年は、閏日もあるし、曜日の都合で後半の方が長い。
「はい。前半は、何かと行事がありますので、それをこなしつつ、カレンにセルビエンテ周辺を案内します」
「そうだな。冬至には、アレックス殿の祖父祖母である御先代も、城にお越しになる。カレン殿も会わせよう。して、後半は?」
今なら、言っても良いだろう。
「後半は、サーペンタニアに行こうと思っています」
両親が顔を見合わせた。
「うーむ。あそこは、風光明媚ではあるが、この時期は寒いぞ」
「そうですよ、アレックス殿。折角温暖なセルビエンテに戻って来たと言うのに。ねえ、カレンさん……」
カレンは即座に首を振った。
「いえ。私は、アレク様がいらっしゃれば、どこなりと……」
口にして、真っ赤になった。
「ふふふ。そうでした。私にもそう言う時期がありました」
むぅ。普通母親のはにかむ表情など、見れば気持ち悪くなるものだが、この人は俺の前世年齢にしか見えないので、始末に負えない。
「その点は、考えがあります。後、この件はフレイヤには、くれぐれも内密に」
その後、30分ぐらい話して、セルビエンテの本館から自分の館に戻りかけたとき、廊下でばったりとイヴァンと会う。
付いてきた役人と共に廊下で跪き、挨拶してくる。
「これは、アレックス様。お帰りなさいませ」
「うむ。ああ、カレン……」
「これは、カレン様でしたか。私セルレアン伯爵領の副家宰を務めております、イヴァンでございます。お見知りおき下さいませ」
「はい。こちらこそ。よろしく」
「では、またな」
行き過ぎようとすると、声が掛かる。
「アレックス様。大変恐縮ですが、この後、少々お時間を戴けないでしょうか」
ああと声を漏らしつつ、カレンを見る。
空気読め! と言うポーズをした。
しかし。
「アレク様。私、部屋に戻っておりますので、お手隙に成られましたらお越し戴ければ」
読んだのは、カレンの方が早かった。
「そうか?」
「はい」
「では、そうさせて貰おう。アン!」
すすっと無音で進み出る。最近忍者ぽいなあ。
「はっ。ご案内致します」
アンの先導で、カレンにルーシアが廊下を遠ざかる。
◇
ふう。意外と手間取った。
窓から、深く陽が差し込んできている。
ふむ。
客間の扉をノックすると、内側から開いた。
ルーシアだ。
「お嬢様は、中にいらっしゃいます」
次の間を通り抜けて、奥の居間に入る。
「アレク様」
「ああ、カレン少し良いか?」
「はい」
カレンを部屋から連れ出し、館の2階、北の端に来た。
バルコニーに出る。
「わぁぁ……」
紅い太陽が、大内海の端、丁度海峡の間へ沈もうとしている。
海が俺達に向かって大きな光の筋を伸ばして、波涛が照り返す。
それを目の当たりにした、カレンが歓声を上げた。彼女の髪を海風が薙ぐ。
隣に並ぶと、艶やかな彼女の頬も染まっていた。
「とても美しいです。ああ、風が」
横に流されていた髪が、下に降りた。
障壁魔法を張ったのだ。
「アレク様は、この海をいつもご覧になって、育ったのですね」
「ああ」
アレックスの思い出と、王都に向かうまでの記憶が綯われて一体となっている。
「私も……ここを故郷にしたいです」
俺はゆっくりと肯くと、カレンを抱き締めた。
是非是非、ブックマークをお願い致します。
ご評価やご感想(駄目出し歓迎です!)を戴くと、凄く励みになります。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya




