146話 冬休みの始まり
時系列を1週間ほど、冬休み初日へ巻き戻す。
◇◆◇◆◇◆◇
穏やかな学園生活と、繁忙を極めた宰相府の仕事も一旦区切りを付け、冬休みに入った。
俺の方も1つの変化が訪れた。
カレン・ハイドラと正式に婚約したのだ。
内々の祝いがしたいと、彼女の家から申し入れがあり、屋敷に招かれた。子爵のではなく、本家侯爵の冬屋敷だが。
馬車を降り、従者レダと共に象牙色の大理石で作られた豪華なホールを進んでいくと、訪問先の方々とその随行が並んでいた。
数m前まで歩き、跪いて丁寧に挨拶する。
「本日は、お招き戴き光栄に存じます」
立ち上がると、カレンの伯父であるハイドラ侯セザールと御内室のバーバラさん、そして侯爵の嫡男である子爵のシードル卿が正面に居た。そして右側にカレンが居て、その父セラーノ卿と母のエレノアさんも立っている。
「なんの。アレックス卿は、もはや我が一族の一員も同然。それに、この若さでルーデシアの期待の新星だ。我が館へ来て貰い、嬉しい限りだ」
「あなた。立ち話では申し訳ないわ。部屋に参りましょう」
「そうだな」
ホールを出て、廊下を歩く。
流石は、大貴族中の大貴族の館だ。宮殿と見間違うほどの豪奢さ。それにしても調度が一つ一つ凝っている。あの件には期待できるな。
──なんか匂うね
[そうか? アレックス]
──夫人から、お料理の薫りがする
何だ、文字通りの匂いの方か。
[うーむ? 貴族の奥方は、料理なんかしないらしいが]
──お婆様は、料理作るよ。
[それも、そうだな]
一行に随って、いくつもの扉を通り過ぎて行く。
でかい館だ。夏に行った丘の上の別館も大きかったが、ここは数倍は広い。光の加減もあるが、廊下の先がぼやけて見える位だ。
その広々とした廊下を何度か折れ、さらに進むと、とある部屋の前で執事が2人待ち構えていた。侯爵は、その部屋に入っていく。
食事の匂いだ。
ということは、さぞや大きいダイニング……と思いきや。40平米位の、俺の執務室ぐらいの広さだ。
内装も磨き込まれた楓の板壁で囲まれ、中央に10人程座れるテーブルと椅子。奥に厨房に続いている。
清潔だが、使い込んだことがよく分かる、味のある家具が並んでいる。
「ここはな、普段家族だけで食事を摂る部屋だ」
「そうなんですか」
「そうよ。私が頼んで、ここに来て貰ったの。私が作った料理を食べて戴こうと思って」
侯爵夫人が、ややはにかみながら話し始めた。
「奥様自らですか」
「ほほほ。そうよ。私はね、貴族とは名ばかりの家に生まれましたの」
「はあ」
「そのお陰で、家事一般なんでもできるの」
なるほど。
夫人は立ち上がり一旦奥に引っ込むと、メイドと共に深皿料理を運んできた。
──ほらね
ポトフだ。
中に入っている、このハーブの香りか。
「余り大きいお部屋では、落ち着かないので、わざわざこの部屋を造って貰いましたの。ですが、お客様をここにお通ししたのは初めてですわ」
ふむ。これは、真面目に俺を一族に迎えた気で居るのだろうか?
「光栄なことに存じます」
「そのように、堅苦しい。カレンさんの夫になるのですから」
「ありがとうございます。伯母様」
「さあ。暖かい内にどうぞ」
はい。
木匙を掴むと皿から掬い、ふうと吹いてから、口へ運ぶ。
「おいしい」
素朴だが、懐かしい風味だ。俺は日本人なのだが。
「そうだろ。母の料理は私達の誇りだ」
二十代半ばのシードル卿は、人懐っこい笑顔を浮かべた。
「はい」
大振りな人参に齧り付くと、滋味が溢れてきた。確かに、誇るに値する。
◇
振る舞って貰ったご馳走を食べ終わると、男の話と称して別室に集まった。
ハイドラ候、シードル卿、セラーノ卿と俺だ。
「アレックス卿。我々への願いとは何か?」
そう、俺から申し入れた件だ。
「はい。カレン嬢との婚約の祝いの席で、甚だ無粋で恐縮です。願いとは、魔道具に関することです」
ハイドラ家は、魔道具製作のエキスパートであることは、カレンと模擬戦を闘うに当たって、先生から注意されたことだ。
今、エマの家、レイムズ商会と付き合っているのだが、別の方向性も欲しくなる。
精密加工だ。
木工、金工、石工。
「我が家の魔道具事業は、既にシードルに任せているのだがな。それで頼みとは?」
「はい……」
◇
「ではな」
「アレックス卿。カレンをよろしくお願い致します」
「はい。お預かりします」
侯爵の冬屋敷から帰るに当たって、セラーノ卿夫妻と別れた。
俺とカレンは、庭園の木立の中へ進んでいく、彼らが乗った馬車を見送る。
「では、我らも」
「はい」
馬車に乗り込み、走り出す。行先は転移門だ。
「アレク様」
「ん?」
「先程、我ら女達と別の部屋で、何を話していたのですか?」
「ああ。侯爵様に、事業の件でお願いしたいことがあってな」
レダはうっすら強張ったに留まったが、ルーシアは明らかに目を丸くしている。
くすっ。
「アレク様。そういうことは、婚約者に告げては、いけないことだと思いますが」
カレンは微笑んだ。
「そうなのか?」
「まるで、そのために私と婚約したように聞こえますもの」
なるほど。
「でも……」
カレンは微笑んだ。
「アレク様は、そんな面倒なことはなさいません。必要となれば、正面切って伯父に頼みに行くだけのこと……………だよね。レダさん」
彼女の視線の先、レダはゆっくりと頷いた。
是非是非、ブックマークをお願い致します。
ご評価やご感想(駄目出し歓迎です!)を戴くと、凄く励みになります。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya




