145話 魔獣狩り
5章開始です。
ザザッ。
カレンは、物音がする前からその茂みを注視していた。
ガァアアーー!
飛び出してきたのは、巨大な魔猪。しかも2頭。
ズザァザァァァア。
大岩が、崖から落ちて来るが如く、猛烈な勢い。
─ 水斬 ─
ザッシュ!
三日月型に研ぎ澄まされた水の刃が、右の1頭を血吹雪と共に屠る。
「レダちゃん、行ったわ!」
脇に避けながらカレンが叫ぶ
おお神よ 比類なき雷帝よ! ─ 雷襲 ─
レダが頭上に掲げた腕を振り下ろす。青白き稲光が、ピンポイントに疾駆する魔猪に直撃した。魔猪は何事もなかったように走り続け、俺の目前に。
しかし。それは1秒と持たず、前足が止まって顎から地面にめり込むように斃れる。10mも滑って、ようやく止まった。
ブスブスと何かが沸騰する音が聞こえ、いつの間にか巨大な猪の躰から多量な湯気が上がった。自らが落雷を受けたことも気付かぬ間に逝ったのだろう、目を見開いたままだが、灼いた魚のように眼は白かった。
「やるぅ、レダちゃん!」
カレンが、こちらに歩いてきた。
「お褒め戴き、恐しゅ……ふが」
レダの頬を、カレンが引っ張っていた。
「もう。他人行儀なのは止めてよ」
手を離す。
「いいえ、奥様ですから」
無表情に、レダが答える。しかし、少し痛かったのか、頬を摩っている。
「立場は違っても、アレク様に仕える同士なんだからさ」
「はっ!」
そう答えながら、レダは冷凍魔法を軽く発動し、巨大な魔猪の骸を脇に下げた魔収納鞄に入庫した。
「アレク様。それにしても、ここは魔獣が多いですね」
「ああ」
ここは、サーペンタニアの村落から15kmほど山地へ分け入った、点々と木立と荒れ地が交錯する場所だ。
亜竜のヒルダを放ちに来たのだ。
最初は朝食後に、ちょっと行ってくると言って、1人と言うか、ヒルダだけを伴って出掛けようとしたのだが。
◇
『どこに行くの。アレクぅ』
と、食堂でロキシーに胴に抱き付かれた。
『おい』
あんまりくっつくな。カレンが見てるだろ。
もうローティーン位の歳頃に見えるんだから。この状況は十分誤解を招く。実際は1歳ぐらいだが。
『連れてって、連れてって、ねえ連れてって』
強訴されていると。先生が食堂に入って来た。
『うるさいな。どこへ行くか知らんが、連れて行ってやれ』
ええーと思ったが。まあロキシーだけなら、背負って飛べば、1時間と掛からず帰ってこれるだろう。
『分かりました。ロキシー行くぞ』
『やったぁあ。ありがと、先生!』
えっ、俺じゃなくて、先生にお礼かよ!
『アレク様!? どちらへ』
『ああ、ちょっと山の方にな。待っていてくれ、1時間くらいで戻ってくる』
カレンも立ち上がった。
『あっ、あのう、ご一緒させて戴くわけには』
えっ。馬車か乗馬で行くと、結構時間が掛かるんだが。
『いいじゃないか。みんなで行って来い。昨日村長が、このところ魔獣がよく出てきて困ると言っていただろう』
『はあ』
『適当に狩って、間引いてこい。それをアテに酒盛りするから、食えるヤツにしろ』
退路を断たれた。
まあいいか。特に今日はやることはない。
『はい。ではそうします』
横まで来ていたユリが、踵を返す。
『では、すぐに用意を致します。ゾフィ、アン!』
『『はい』』
◇
そう言ったわけで、カレンとレダがここに居る。ユリやロキシーは、やや離れた馬車が入ってこれるところまでで待っている。
「アレク様。そろそろ昼食の時刻です」
「そうだな。あいつをヤってから、戻るとしよう」
「あいつ?」
カレンの問いに答えず、俺は走り出す。
直近に感!
脚を止めると、木立の間を通り抜け、そいつが現れた。
遙かに見上げる黒い影が飛び出した。
赤爪魔熊。森の灰色悪魔と言われる。
ゴガァアアアアッッッッッッ!!
両腕を斜め上方に振り上げ仁王立ち!
哀れな生け贄めと俺を見下ろす。
ブン!
ノーモーションで、左腕が飛んできた。
その先端には、名の由来となった紅い爪が陽光を跳ね返し、3条の筋を描いた。
俺の身体を切り裂く!
右手を一閃、さらにラッシュの上、左を振り抜いた。
だが──
俺はヤツの鼻先に変わらず立っていた。毛ほどの傷を受けることもなく。血飛沫を上げることもなく。
ガッ。
理解できなかったのだろう。がむしゃらに、無秩序にヤツは爪を振り回した。
遅い。
やはり、大きいとは言え、熊ぐらいでは心は躍らない。
ゴッガ。
俺を見失ったのか、頸を振って探している。
「後だ!」
魔力を込めて強化した脚で、ヤツのケツを蹴り上げる。
グッガアア!!
後ろ手に蹴ったところを抑え、数歩前に出た。余りの滑稽さに、そのまま去れば見逃してやるかと言う気にもなった。
しかし、ヤツは怒って振り向き、再度掛かってきた。
─ 遷光剛 ─
口から泡を吹きながら突進してくる。
跳躍、地面が頭上に来て、ぐるっと回って着地した。
俺の居た場所では、ヤツが右を一閃、左を一閃して斃れた、紅い噴水を造って。
足下に何か大きな物が転がってきた。熊の首だった。
ザッ。
後に、レダとカレンが居た。
「ふう。熊の爪が、当たったように見えましたが」
「ああ、避けた」
「……でしょうね」
さて。
熊の方もレダが入庫したようだし。戻ろう。
◇
ハッ、ハッ、ハッ…………。
前方から地を疾駆してくる。
「アレク様! ウォーグが!」
カレンが俺の斜め前で身構える。
「大丈夫、アレはロキシーだ!」
「ロキシー?」
アオーン。
5m程前で、跳び上がった。
俺に届く一瞬で、青狼から少女に変わる。
オイオイと思いながら、身体強化を上げ、腕で抱き留めると勢いを脇に逃がしてグルグルとターンして止まった。
「ロキシー!」
「あっ。ごめんなさい」
俺の目付きで怒っていると思ったのだろう。
「もうするなよ。ほれ、レダに着せて貰え」
「うん……じゃなかった、はい!」
「びっ、びっくりしました。ロキシーちゃんは獣人だったんですね」
「すまない。言ってなかったな」
訊かれなかったし、なんとなく知っていそうだったからだが。
我ながら思い切り言い訳だな。
「はぁはぁはぁ……」
ゾフィが、肩で息をしながら走ってきた。
手には、ロキシーが脱ぎ散らしたのだろう、衣服を抱えている。
まあ、あそこから300mはあるからな。あそことは遠目に見える、馬車のあるベースキャンプだ。炊さんの煙が上がっている。
「もっ、申し、申し訳ありません。はあ、はあ……」
「ご苦労。ゾフィ、追いつくのは無理だ」
それから、数分歩いた。
「ただいま」
「お帰りなさい。アレク様、カレン様。お昼の食事ができています。まずはスープを」
「悪いな」
湯気を上げるカップを受け取り、布が貼られた折りたたみ椅子に座る。
「おいしい」
「ああ、暖まるな」
ふう。暦も既に冬至を過ぎ、冬休みも中盤。王都を離れてここまでやって来た。
「どうしたんですか。アレク様」
「うん……色んなことがあったなあと思って」
「そうですね」
カレンも遠い目をした。その後で、ユリも何度か肯いた。
ここ1週間弱のことを思い出した。
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