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幕間 熟女達の昼下がり

 昼下がり。

 最低限の暖房が入った小さな執務室。

 壮年の域に達した女性は、小さな眼鏡を掛け、細かい文字が書かれた書類を見ていた。


「マーガレット!」

「あら。ハーケン教官。お久しぶり」

 女性がそう答えてから、顔を上げた。


 そこには、黒いローブ姿のランゼが立っていた。

「もう教官では無いだろう。それにしても、よく声だけで私と分かったな」


 それを聞いた女性も微笑む。

「私のことを、マーガレットと呼ぶ……女性は、もうあなたしか居ないもの。それに……」


 使い込まれたソファをランゼに勧め、学園長マーガレット・ロッシーニも対面の席に座った。


「……まだ、あなたは、非常勤教官として当園に籍が残っているのよ、ランゼさん。残念ながら、年間一度も授業して戴いていないから、お給料は支払えませんが」


「ふん。あれから何年だ! セシリア殿が、2学年終了時で退学する時に、私も常勤を辞めたからな。もう17年前だぞ」


「17年。私も歳を取るはずだわ」

「いいじゃないか。マーガレットは、理想を追求するために学園長に成れたのだろう」


 言われた女性は、穏やかな笑みで肯いた。


「それはそれとして。今のサーペント君……と呼ぶのはいささか気が引けるけど。彼がもう、ラピュトンさんのお腹に居たのね」

「そうだな。……セシリア・ラピュトンか、懐かしい名前だな」


「そうよ。良い魔法師になると思ったのだけど。それで? 今日はどんな御用かしら。まさか、黒き魔女様が昔話をしに来たわけではないでしょう」


「ああ。マーガレットも忙しい身だしな。言い難いが。あの時と同じことが起こるかも知れない」

「同じこと? サーペント君……まさかハイドラさんが、もう?」


 学園長は、驚いたように眼を見開く。

 ランゼも、先程とは打って変わり、面持ちが強張っている。


「いいや。カレン・ハイドラはまだ身籠もってない」

 対面の女性は、ほっとしたように瞑目して息を吐いた。


「だが両家は彼らを婚約させることにした。まあ、ハイドラ家の要望を、ガイウス伯とセシリア夫人が承認した訳だが。したがって、今後何時妊娠するかは分からない」


「なるほど。伯爵家の令息と男爵家の令嬢が婚約した。だから何時懐妊するか分からないと。でも、それのどこが問題なのかしら?」


「なんだと? マーガレット。18年前は烈火のごとく怒って、私のことを散々罵倒したじゃないか」


「ええ確かに。でもその時と今では状況が、違うわ」

「むう」


 学園長は、顔の前に指を立てた。


「あの時は……。サーペントの御先代が閣僚となって繁忙を極め、ガイウス君の卒業と共に辺境伯を継がせようと水面下で動いていたことを知っていたし。彼らが結婚すれば、セルビエンテに嫁ぐ。だから、学園を退学することになることは、その時点で分かっていたのに、それでも彼らをあなたは結びつけた」


 ランゼは渋い顔で肯く。


「ふう……でも、まだ妊娠していないのならば、最短でも半年は、まだ学園へ来られるわね。ガイウス君は元気のようだし、辺境伯を暫くは務められるでしょう。アレックス君も、公職に就いているのだろうから、王都を離れることは当面無いでしょうし」

「そうだな」


「ならば、ハイドラさんが仮に妊娠したとしても、私が学園長になって最初に作った制度、妊娠休学を使えば、出産して子供が落ち着いてから復学できるわ」

「そうか。それを聞いて、少しは気が楽になった。礼を言う」

 学園長は、ふふふと笑った。


「何がおかしい?」

「婚約したからと言って、すぐ妊娠するとは限らないわ。アレックス君は、あなたによく似て、とても優しいから、あなたが心配するようなことにはならない気がするけれど」


「アレク殿は、優しいのでは無く、甘いだけだ」

「ふふ。そんなに卑下することはないわ。今でもそうだけど、魔法師として大成することは間違いないし。自慢の愛弟子……いいえ。恋人かしら?」


 ランゼは、むっとした様子だったが、彼女にしては珍しく反撃には転じなかった。

「アレク殿には言うなよ」

「もちろん。心得ているわ」


「さて、用は済んだ……時に。この学園とは別に、孤児院の理事も以前はやっていたな。今も続いているのか?」


「はい?」

 マーガレットは、やや呆けた顔をした。

「ランゼさんは、毎年多額の寄付をくれているのだから、当然知っているわよね」


「何のことだ?」

「私が知らないとでも?」


 ランゼは、珍しく項垂れた。

「チッ! あの商会め、何が大丈夫だ」


「あら、商会の人は悪くないわ」

「何だと?」


 マーガレットの顔を見返す。

「ただ、そうだろうなって前から思っていたから、カマを掛けてみただけですもの」


「はあ……つくづく、調子が狂うヤツだな、マーガレットは」

「そうかしらねえ……」


 マーガレットは、立ち上がった。

「お給金の結構な割合を寄付してくれているのでしょう」

「私には、余り使い途がないからな。城に住み込みだし、食事もサーペントが出してくれるし」


「本当にありがとう。恩に着るわ」

 手を組み合わせ、頭上に掲げた。感謝の表現だ。


「止めてくれ! 別にマーガレットにやるわけじゃない。子供達にだな」

「もちろん。うふふふ」

 ランゼは幾度か首を振った。


「まあいい。これを受け取ってくれ」


 ランゼはソファセットのテーブルにのりきらないほどの、夥しい紙包みを出庫した。

 まるで以前からそこに置いてあったかのように、整然と。そして忽然と。


「なっ、これは。こんなに沢山。どうしたの」


「ああ昨日、聖女マティルダの日だったろう。菓子だ。だからアレク殿へ贈られた物を取り上げたのだ」

「まあ、可哀想に!」


「何を言う、こんなに食べたら、太るだろう。子供達に分けてやってくれ。ああ、一応品質が危なそうなのは弾いて置いたからな。孤児院の方へ贈ろうかとも思ったが。マーガレットも魔収納を使えるだろう」


「ええ。では、ありがたく戴くわ。今度サーペント君に会ったらお礼を言わないとね」

「いや、他言は無用だ」


「ああ、そうだ。こんなに貰っては……セルレアンにも孤児は居るでしょう」

「ああ居るがな。ガイウス伯がやってくれている。流石はマーガレットの教え子だ」

「ガイウス君?」


「ああ、セルレアンで孤児の施設を充実させている。自分では甚だ偽善と言っておったがな」

「そうなんだ。へえぇ。彼がね」

 マーガレットは穏やかに肯いた。


「だから、子のアレク殿にもな……ではな、邪魔をした」

「ランゼさん。ぜひ、また来て!」


「さあな」

次話から、5章を開始します。


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