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144話 記念の日(4章本編最終話)

 9月も後半となり、王都も本格的な冬を迎えた。

 鉛色の曇天の日が多くなり、広いとは言え盆地ゆえ、朝晩は芯から冷える。

 量は多くないが、雪も舞うこともある。

 しかし、今日は数日ぶりの晴天。昼下がりには気温が15℃まで上がってきた。


「以上が、私、フレイヤ・サーペントの施政方針です。共に良き学園環境を築きましょう」


 うぁぁぁあと大きな歓声が挙がった。

 肌寒い中、数百人の学園生が、園庭にひしめいている。

 妹が壇上で満面の笑みを振り撒く中、俺は目立たない端の舗道で聴いていた。

 自治生徒会選挙の立ち会い演説会。

 最後の候補者演説が終わった。


 フレイヤらしい。

 自分に投票してくれとは最後まで言わなかったな。


「なかなか、能弁ではないか。我が後継者は」

「後継者……開票が終わるまでは、確定しませんよ。会長」


 振り返るとエリーカ自治生徒会長が立っていた。


「何を言う。さっき確定したではないか」

 片目を瞑ってみせる。


「さて。どうでしょうか」

「アレックス卿は、身内に厳しいな。結局、応援もしなかったようではないか」


 厳しいか……。

 今回限定だけどな。

 俺が応援したら、主因かどうかはともかく、そのお陰で当選したと思われるのは想像に難くない。

 不本意だろう。彼女も周りも。


「ああ、頼まれませんでしたし」

 聞いた会長は、にやっと笑った。


「大丈夫なのか、兄妹仲は?」

「ご心配なく」


「ふーん。ならば良い……さて、妾も実は忙しいのだ。生徒会室の明け渡しの準備があるし」


 9月までが、彼女の任期だ。生徒会室は引き払わなければならない。まあ、そうは言っても、子爵である彼女は別に私室があるから、私物をそこに移すだけだろうけれども。


「そうですか。パトリシアさん()、お疲れ様ですとお伝え下さい」

「むう。そなた! そう言えば、私にも厳しいよな!」


 えっ?

 気が付ついたの今ですか?

 俺に女装させたことは、忘れませんからね。


「そんなことはないでしょう。ご卒業なさっても、幾久しくお付き合いさせて戴きたく考えておりますよ」

「ふぅむ。卒業まで、まだ3ヶ月もあると言うのに、もう過去の女にしたいのか?」


 おいおい! 何言ってるんだ。

 壁に耳ありという言葉を知らないのか?

 知らないか。こっちには障子はないし、前世の言葉だし。


「まあよいわ。では妹君によろしく伝えて置いてくれ。良い冬休みをな!」

「はい。ではまた」


 その後、1年生,2年生のみで投票が行われ、3倍近い差を持って、フレイヤが次期自治生徒会長に選出された。


  ◇◆◇◆◇◆◇


 今週末から冬休みに迫った朝。

 馬車から外を見ると、登園する学生が寒そうに歩いている。もうすぐ冬至だからな。


「ん?」


 園舎に向かう生徒の列を離れ、玄関ロータリーを回り始めた時、ちょっとした異変を感知した。


「どうなさいました?」

 対面に座ったレダが、漏らした声に反応した。

 何と言うべきかと逡巡する間に、レダは窓の外を見た。


「あぁー」

「分かるのか?」

 レダはこちらに向き直ると、なぜだか侮蔑が混じった視線を送ってきた。


 何だ?

 聞こうと思ったところで、微かなショックがあって、馬車が止まった。


 気が進まないが、降りるしかない。


 俺が車寄せに降り立つと、わぁーと黄色い歓声に包まれた。

 大勢の女生徒が走り寄って来る。

 なんだ? 心当たりがないのだが。


 進路が埋まって立ち止まると、女子達に完全に取り囲まれた。魔法師としては有ってはならない危機……腕を躯の後に……何を隠し持ってる? 


 よく見ると、親衛隊の子も何人か混ざっている。

 口々にアレックス様ぁと唱えていて、なんだかヤバい雰囲気だ。


「皆さん!」


 小さいがよく通る声を、レダが発した。


「聖女マティルダの日で、興奮されているお気持ちはよく分かりますが、ここでは後続の貴族様のご迷惑になります」


 聖女マティルダの日……あっ! そうか。


──やっと気付いたし。


[アレックス。知っていて、黙っていたな!]


 聖マティルダの日。9月22日。


 身分違いの女性が、男性に愛を告げても良い日! だったらしい。

 それは百年近い過去の話だ。今では好意を持っている男性にプレゼントを渡しても失礼に当たらないイベントらしい。


 聞いた時は、それって、別にいつでも渡せば良いのでは? と思ったが、ルーデシアには貴族制が有るのだ。

 今でも平民が貴族に話しかけることさえ憚られる風潮が有る。


 そう言えば、今ここに居る親衛隊の子達も、いつもは遠巻きにしている子のような気がする。多分従者とかが多いのだろう。

 今日だけは、仕える主人を疎かにしても、許されるらしい。


「移動ありがとうございます。では皆さん、一列に並んで下さい。主人と握手して、もしお渡ししたい物がありましたら、お渡し下さい! アレク様、お願い致します」

「おっ、おお……」


 うーむ。いつもクールというか、物静かだが。レダも必要とあれば人を仕切れるんだなあ。


 おっと、それどころじゃなかった。

 あっと言う間に長い列ができている。


「アレックス様。いつも素敵です。お仕事頑張って下さい」

「ああ、ありがとう」

 差し出された手を握り返して、小さな包みを受け取る。プレゼントだ。

 中身は、クッキーや飴だな。


「アレックス様。感激です。お受け取り下さい」

 げっ! さっき受け取った包みを置く所がないぞ。入庫しよう。

 次から、受け取っては魔収納に入庫していく。


「ああ、そうか。ありがとう」


「長い長い長い!」

 横を向くと、エマが居た。

「1人10秒ね! 早くしないと授業が始まっちゃうわよ!」


 いつの間にか、いつも親衛隊で見かける女子達が仕切ってくれている。


「ありがとう」


 握手しては、プレゼントを受け取るを繰り返す。

 握手をすると泣き出す子も居たが、概ね平穏に握手会?は進行していく。


 おっ!

「ルーシア!」

 カレンの従者だ。


「今日は遠慮無く!」

「おっ、おう」

「カレン様をよろしくお願い致します」

「おお。任せろ。ありがとうな」


 次も顔見知りだ。

「ビアンカもか」

「もちろん! エマ様もお見限りなく」

「ああ、ありがとう」


 ◇◆◇◆◇◆◇


「お帰りなさいませ」


 日没後大分立ってから宰相府での仕事を終えて館に戻ると、メイド達が玄関ホールに勢揃いしていた。みなみな卸したてのような、綺麗なメイド服を着ている。


 ゾフィ、アン、ユリーシャ、そして、ロクサーヌも。その後にレダも並んだ。


「アレク様。いつも慈しみ戴き、ありがとうございます」


 ユリ……。


「アレクぅ。ありがとうね。大好き!」

「ああ、ロキシー」

 ロキシーも細身のメイド服を着てエプロンをしている。


「どうぞ!」

 満面の笑みで小さな包みを差し出してきた

「くれるのか?」

「うん!」

「そうか、そうか!」

 受け取って、抱き上げる。


「お受け取り下さい!」

 俺を囲んで、皆々両手でプレゼントを差し出してくれた。

 次々受け取る。


「ああ、ありがとうな。みんな」


 1人1人、握手ではなく、ハグした。

 ちゃんとみんなに報いるからな。


「アレクぅ、目が赤いよー」

「ああ。嬉しくってなあ」

「よかったね」

「ロキシーもありがとうなあ」


 着替えて、執務室へ行くと先生が居た。ソファに座ってこっちを見ている。


「ただいま、戻りました」

「おかえり」


「えーと。何か御用ですか?」

「ああ。今日貰った物を全部出せ!」

「はぁ?」


「レダの眼を通して見ているんだ、とぼけるな」

「いや、とぼけるつもりは有りませんが……」


「どうせ食べきれないだろう」

「いやいやいや。貰った物ですし。例の魔収納なら劣化しませんし」

「ええい、問答無用! 出せと言ったら出せ!」

 いつになく強行だ。


「はあ。まあ良いですけど。メイド達から貰ったのとかは上げませんからね」

「ああ、それでいい」

 出庫しては、ソファセットのセンターテーブルの上に載せていく。

 学園で貰った分に、少しだが宰相府でも貰ったものも出す。


「83個か、思った程ではないな」

「はっ?」


「ああ、上屋敷に400個余り、アレク殿への贈り物が届いていたからな。ありがたく私が戴いて置いた」


「ちょっと先生! ……で、どうするんですか? 先生だって食べきれないでしょう」

「内緒だ!」


 内緒って、俺が貰ったんだけど!


●4章本編了

いつもご愛顧ありがとうございます。

4章が終了しました。


引き続き5章を投稿して参りますが,今後は水曜日と日曜日投稿を標準と致します。

よろしくお願い致します。




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訂正履歴

2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)

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