143話 拘りと固執
翌日の日曜日。
とある館の玄関で馬車を降りると、エマとその父親である子爵レイミアス卿が待ってくれていた。
「アレックス卿。ようこそ、我が館へ」
ふむ。ウチの王都館と同じような大きさだな。
地味だが品のある建物、ああ、これが瀟洒という感じなのだろう。
「朝から押しかけて、申し訳ない」
互いに、胸に手を当て略礼をする。
「ははは。何を仰いますやら。昨日は娘がお世話になりました。どうぞこちらへ」
大理石造りのホールと、それに続く廊下は、外装とは打って変わった壮麗さだ。そしてまだ新しい。ゴーレム事業がうまくいっていることが如実に分かる。
子爵が前を歩き、俺は真ん中、いつも並んで歩きたがるエマは、なぜか後だ。
「エマさん」
普段は呼び捨てだが、今は目の前に親父さんが居る。敬称ぐらい付けないとな。
「はっ、はい!」
その呼び方に少し驚いた顔だ。
小声で話しかける。
「エマの親父さんは、趣味というか趣向が佳いな」
「えへへへ。でしょう?」
少しドヤ顔になった。
いやいや。親父さんを褒めたのであって、君は褒めてないぞ。
少し声を大きくする。
「ところで、どうかしたのですかな、その所作は」
ギクシャクとした歩き方で、恨みがましい目を向けてくる。
「なっ、何でもありませんわ」
「あぁ、そうですか。筋肉痛のポーションを、恩師から預かりましたが。不要のようなので返しておきましょう」
「ちょ、ちょ、ちょっと」
「冗談ですよ。どうぞ」
小さな蒼い瓶を取り出して渡す。
「あっ、ありがとうございます」
「少量手で取って、患部に塗ると良いそうです」
にっこり笑う。
「こちらです」
応接室に通された。
今日のところは彼女に用は無いのだが。ちゃっかりエマも入って来る。……まあいいか。
子爵の前に座る。
「先日依頼を戴きました魔石複製につきましては、大層苦労しましたが、ようやく実用的な工程時間で刻印できるようになりました」
「そうか。それは何より」
「ええ、情報圧縮が高いあの魔石は、人手で刻印した場合、転記誤りが避け難かったのですが。だからと言って複製をゴーレムにやらせるという案は、奇想天外でした。が、なんとか物にしました」
機械的な仕事は、人間以外にやらせた方が良い。
「レイミアス卿とレイムズ商会技術者諸氏の研鑽のお陰だな」
「ははは。いいえ。我が商会の者も貢献したとは言えましょうが。何より、アレックス卿の発想の賜です」
「ゼクロスも、アレク様をベタ褒めだったわよ……じゃなかった。でしたわよ」
ゼクロスとは、商会の職人肌の強い古参の技術者らしい。エマの話にはよく出てくる。一度会ってみたいものだな。
「では、かねての予定通り進めて戴こう。ただし、この技術は非常に機密性が高いことを忘れないで貰いたい」
「無論です。我が商会のみならず、ルーデシアの最重要機密とも考えています」
「よろしく頼みます。次に、今日訪問した用件だが」
「はい」
レイミアス卿が満面の笑みだ。
「以前話していた、新しい形態のゴーレムについて、概略の検討図を作ってきた」
1m×70cm位の巻紙を魔収納から取り出して、テーブル上に広げる。
「良い紙ですな。エルフと……失礼しました、今は図面の中身ですな」
そう、この紙はエリーカ様の故郷で大量に貰ったものだ。いつか製紙業も発展させないとな。
「先ずは、圧延ローラー1型だ。この円筒状のローラーの間に、高熱で柔らかくなった鋼鉄を挟んで、上下から圧力を掛けつつ回して引き延ばす物だ」
テーブルに乗り出した、2人の目がキラキラと子供のように輝いている。流石は親子、反応がそっくりだ。
「あのう。鉄を挟むのは分かりますが。なぜ、このローラーが、4本あるのでしょうか?」
そう。鉄を挟むローラーは2本だ。しかし、図面ではさらに上下に2本太いローラーが挟んでおり、計4本縦に並んでいる。。
「この直接鋼に接触するのをワークローラー、外側2つはバックアップローラーと呼ぶ。まあ、端的に言えば、ワークローラの径が太いと、鋼と接触する面積が大きくなるから圧力が下がる。しかし、径を細くすると、強度が下がってローラーが撓んで鋼の板厚が不均一になる。これを防ぐために上下からバックアップローラーで挟み込んで曲がりにくくするわけだ」
圧延の幅方向中央が厚く、端が薄くなる。これをクラウンと呼ぶそうだ。
「むっ、難しいですね」
「そうか? ああ、あと4本セットだけで無く、6本、12本、20本のも作る予定だ」
「それが、これですか……」
重なった図面の下を捲って見ている。
「そうだな。後は平板だけでなく、丸棒、円管、H 型と、いくつも断面形状がある」
「ふーむ。それぞれに専用のゴーレムが必要と……まさに我らも大事業になりますな」
「ああ。期待させてもらっている」
レイミアス卿も良い笑顔だ。
はぁと横から見ている、エマは感心を通り越えてあきれ顔だ。
「なるほど。しかし、そうなると、ローラーの円筒面は」
「鏡面だな。表面粗さ0.1μm位は要る。研磨が必要だ。その加工と軸受については、当方でも製造する者を探してみる」
「はい。わかりました……ん? この一番下のは、なんですか?」
「これは圧延機ではなくて、油圧源だ」
「油圧源……以前仰っていた動力の、油に圧力を加えるという」
「ああ、でもでも……」
エマが、話に割り込んできた。
「そんな面倒臭いことしなくても、ゴーレムで直接動かせば良いんじゃない?」
エマは、ゴーレム技術への恃み方が重い。
「ゴーレムで造ると大きくなるから、油圧システムを噛ます必要がある」
理論上できなくも無いが、燃費というか、魔石消費が悪すぎる。実業ではコストは無視できない。
「逆に言うと、ゴーレムでは足らないって言うこと?」
なんだかエマは、不機嫌になっているな。しかし……。
「そうだ」
「ちょっと、それはアレク様でも」
「エマは黙っていなさい」
「はぁぁい!」
膨れっ面になった。
「図面の……こちらのピストンを速く動かすと、後ろ側のピストンではゆっくりと動く代わりに大きな力を出すと」
「そういうことだ」
流石はレイミアス卿。理解しているようだ。
油圧の場合、ピストンの断面積に比例した力が出せる。力を増幅できるのだ。
魔法でも、ゴーレムでも、そして前世の技術でも。完全はない。
使える物は何でも使う。拘りは大事だが固執は危険だ。
「わかりました。できるだけ早く試作機を造ってお目に掛けます」
「頼みます」
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訂正履歴
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




