15話 帰郷
夜明けと共に、ハイエストの館を後にした。
村の自警団に前後を挟んで貰い、麓の町まで行くのだ。
先生には馬車を勧められたが、俺はサンダーボルトの背に揺られることを選んだ。
この馬は本当に俺に懐いてる。良い馬だ。
行列の前方は騎乗が3騎。
後ろを振り返ると馬車が4台、荷馬車4台だ。その後にも自警団が徒で続いてる。
館の豪華さでも思ったが、貴族とは、なんて贅沢なんだろうと、この移動でも思い知らされた。大体伯爵ですらなくて、その子供で、この騒ぎだ。
1時間半で、麓の町に着く。小さい町だ。
街道沿いの建物も、まばらに2階建てが有るだけだ。壁は日干し煉瓦に、屋根は木で葺いている。
ああ、これは耐震性がほとんど無いな。この地方は地震が無いのだろうか?
それにしても2階の窓は、こんなに良い天気で、気持ちいいそよ風が吹いているのに、全て閉ざされ、雨戸が閉まっている家もある。
馬が一騎寄ってきた。自警団の長だ。
「御曹司様、あの広場で一旦小休止致します」
「造作を掛けます」
先生に教えられた通り応える。
まあ素の俺なら、ああ、そうなんですね。ありがとうございます、お手数掛けます!そう言いそうだからな。
俺達を迎え入れる建物も無いのだろう。幔幕で、広場を囲い、テントのような簡易施設を置いている。そうか、二階の窓は、俺達を上から見下ろす不敬を起こさせないためか…。とっとと移動してあげた方が良いのだろうな。
とは言え、一行には中年以上の女性も居る。小休止は必要だ。
可愛い少女達が、水やらお茶やら持ってきたが、ランゼ先生とユリがシャットアウトする。館から持ってきた飲み物しか飲ましてくれない。
ここから、待て居てくれた、騎兵隊2個中隊…総勢20名8騎と合流した。
小休止もう1回と10時の長休憩を経て、別の町に来た。
宿場町サルザリ。ここで昼食を摂った。
そして、夕日が空を紅く染め始めた頃、我が父伯爵の本拠地セルビエンテの城門に辿り着いた。城塞都市だ。
多くの守備兵の出迎えを受け楼門を潜る。
直前に騎乗から、馬車に乗り換えた。
弓による狙撃を防げないからだそうだ。俺を狙う者が居るのかからないが、普段から備えるのが貴族というものと、先生から馬車の中で言われる。
セルビエンテは、海に面した高さ20mほどのカルスト台地に築かれた都市だ。石灰岩の強固な岩盤の上に城壁が巡り、崖の上に伯爵の館がある。
そして崖の下は、曾祖父が開いた港。水深が深く吃水の深い船が接舷できるのが自慢だ。しかも、半島に大きく囲われてた入り江になっており…というより、曾祖父が狭かった入り江の口を魔法で広げたそうだ。
城門前の広場を通り過ぎ、町並みが見えてきた。
この辺りは石材が採れやすく、大きな通り沿い建物の多くは石造りだ。おおよそ3階建て位だ。城内人口は1万人には届かず、7千から8千人程度。
自分の故郷の街を、キョロキョロ見回す俺。騎乗なら目立ってできなかっただろうが、馬車なら問題ない。視界が狭いのが玉に瑕だが。
坂を上り詰め、サーペント館に到着した。
これが、俺の…いやアレックスの家か。玄関に父母が立っていた。
おふくろさん、涙ぐんでるよ。
そうだなあ。親ってのは、本当にありがたいなあ。前世ではほんの時々しか想ったことが無かったが…。
そんな二人を、俺は欺いているんだろうな…。
罪深い──
普通に歩けたが、家族の居間まで両脇を挟まれるように進んだ。
「おかえり。アレク」
「おかえり」
「ただいま戻りました。父上、母上。ご心配を掛けまして申し訳ありませんでした」
男前の父が声を詰まらせる。
「ああ、母はなぁ…毎夜身を揉んでいたぞ。だがこの間から泣かぬようになったのだ」
「あなただって…。母はね、全然心配などしていませんでしたよ。いつか元気を取り戻してくれると信じておりましたもの…」
頭を撫でられる。
「今後は、身体を鍛え、魔法にも磨きを掛けます」
「うむ。ゆっくりな。もうすぐ春が来て、王都へ留学する時期となるが…なあに、気にすることは無い。王へは儂が弁明する」
上級貴族の子弟は、15歳の春に、王都に留学することが義務となっている。王都大学付属学園に入るのだ。
「いえ。先生によれば、以前の体力に戻りましたし、自分でもそう思いますので、貴族としての勤めを果たしたいと存じます」
「まあ、そうなれば良いが」
「きょ、今日は移動で疲れたことでしょう」
「いいえ、さほど」
嘘では無い。
「そうか、腹が空いたことだろう。目覚めた後、お替わりしていたからな」
「確かに」
「そうか…では、食事にしよう」
「はい。では着替えて参ります」
居間を辞すると、廊下にユリが待っていた。
もう、旅装からエプロンドレスに着替えている。
「すぐ食事だそうだ」
「はい、でもその前にお着替え致しましょう」
廊下を歩いて、自分の館に戻る。
そう。部屋では無い、館だ!
城の本館から屋根のある廊下でつながっている別館だ。
まあ、規模は本館の20分の1程だが。
見覚えがある新鮮さだ。
ユリに手伝って貰って着替え終え、居間に続く扉を開ける。
若々しいメイドが3人居た。
「えーと」
「新たにアレク様の専属となった者達です」
確か、俺の専属メイドと言えば、ユリの他は、年配の者達だったはずだ。
「えーと。前の人達は?」
「ランゼ先生のご指示で、配置換えとなりました」
先生のねぇ…何を企んでるんだ?
「では、皆さん。お時間がありませんので、手短にご挨拶を」
「アンと申します。アレク様」
「ああ君は…」
この子のことは、アレックスの記憶にある。
目が大きくて可愛い子だ。俺の1つ下か同い年か。
ホビットとのクォータだな。
小柄だが、とても胸が育ってる。襟ぐりの深い、いや深すぎる服を身に着けているものだがら頭を下げられると、目の保養…じゃなかった、目の毒だ。
「はい。以前は奥様付きでした。大変良い方でしたが、やはり専属となるなら男性かとぅ…。よろしくお願いします」
「では次…」
「ゾフィと申します。アレク様」
今度は良く整った顔だが、大柄な子だ。流石に身長は俺より低いが、175cm位有るだろう。声もハスキーだ。
「ああ、君も」
「へえ…はい。前は、洗濯係でした」
「やっぱりね」
へえ。同い年だ。この子は、ドワーフとのハーフらしく、躯は大きい。いや胸も、さらにお尻も巨大だが…じゃなくて、心根は大人しそうだ。
「はっ、はい。あの…ううう…ああ性に合わねえ。若様付になるってのは願ったり叶ったりなんだが、上品な言葉ってのがどうも…」
おっと、ちょっとびっくりした。
「ゾフィさん。そんな言葉遣いでは、アレク様の御前には出られませんよ!」
おおう。ユリ、厳しいねえ。しっかり仕切るし。
「ユリ…」
「ユリさん、でしょ!ゾフィさん。ここは、アレク様のお部屋です。洗濯係に戻りますか?」
「そっ、それだけは勘弁してくれ。今、戻されたら、ずうっと笑いものになる」
「では、早急に言葉遣いを直して下さい。アンさん、手伝って差し上げて!」
「ええぇ、私がですか?」
「何か?」
「わっ、分かりました」
「では、次」
「レダと申します、アレク様」
この子は、館に居なかったはずだが…何となく見覚えがあるような。
あっ。わかった!
ランゼ先生に似ている。それもかなり。
この子もハーフエルフか。
黒い髪、黒い瞳に白い肌。
やや釣り上がった眼。とても美しい。
だが、なんだか変だ。
「君は、初めて会うね」
「はい。こちらに来たのは初めてです」
まじまじと顔を見ると、微かに微笑んでウインクした。
「彼女は、ランゼ先生の、従妹だそうです」
「ああ、それでか!似てるよな」
「ゾフィさん!」
「すっ、済みません」
「申し訳ありません、でしょ!」
「はい」
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訂正履歴
2020/04/15 人物名間違い シグマ→アレク(オタサムさん、ありがとうございます)
 




