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140話 回想

 時系列は少し逆転して遡る。

 俺が、国家代理人、宰相府特別審議官に就任して数日後のことだ。


 宰相府の審議室で、多くの書類と格闘していた。

 初期の手続きで、書類が溜まっているのだ。


 横に財務担当のガレスと法務担当のエレックの2人の補佐官が居て、簡単な説明の後に差し出す書類を読み処理する。承認、保留、却下。承認は署名、却下は理由を書くか両隣の担当に申し渡す。

 今日の執務は、13時に始まった。既に2時間経っており、大分疲れてきた。午前中も学園で授業だったからな。


「失礼します」

「ああ、レダ。どうした」

「マルズ殿が、お見えになりました」


 気配がないが……会うと約束していたな。

 それは良いが、辺りを見渡す。うーむ。執務室は書類が占領している。


「第5応接室を取り、そちらにお通ししました」


 なるほど、事務所内に居るように感知しなかったのはそういうことか。

 気が利くな、レダ。

 ん? こんな状態で客が通せないだろうってヤツか?


「そうか。では一旦中断しよう。いいな」

 2人の補佐官に目配せして立ち上がる。


 庁舎内を数分歩いて、応接室へ移動した。


「ああ、いらっしゃい」

 そう声を掛けて部屋に入ると、2人の男が跪礼した。


「アレク様。こちらはクレメンス商会のイアソン殿です」

 ややふっくらした体型、30歳代くらいの人族男性だ。


 クレメンス商会。

 政商にしてルーデシア王国屈指資金量と規模を有する商会だ。元は武具や馬具を扱う小さな商会だったが、3代前の商会主が海運業に乗り出し、また王室に食い込むことで財を成した。


「初めて御意を得ます。商会では筆頭番頭をしております」


「うむ。宰相府へ、ようこそ。最近、審議官を拝命した、アレックス・サーペントだ。気を使う必要はない。座ってくれ」


 応接室の中央にある、ソファを勧めて、席に着いた。


 福々しい表情だが、細い目の奥は鋭いように観じた。


「ああ、イアソン殿は、私の遠縁に当たりまして。セルビエンテの貿易でも懇意にして戴いています」

「ほう。そうなのか」

「はい。本日は、その伝手を使いまして、ぜひアレックス卿にお目に掛かりたいと、マルズ殿に頼み、実現しました。光栄でございます」


「はは、私に会うなど、それほど大袈裟なことでもあるまい」

「ご謙遜を。ああ、お忙しいことと存じますので、余りお時間をお取りしては申し訳ありません。早速ではございますが、本題に入らさせて戴きます」

「ああ、助かる」


「はい。アレックス卿が進められている、産業の大改革に関しまして、私もお役に立ちたく存じます」

「むう」


「実はダイモス様から、以前近々投資案件があるとのことで協力を持ちかけられたのですが、政府主導になったと言うことで、立ち消えになりまして」

「ふむ」

 表情はにこやかだが。遠回しに苦情を言うのが流行っているのか?


「それで、本腰を入れて、アレックス卿を調査させて戴きましたところ、色々結果は出たのですが、総合するとよく分からないという結果が出てきました」

「イアソンさん?」

「ゲッツ。もう少し話を聞け」

 不審に思ったのであろう、ゲッツを窘める。


「したがって、私と致しましては、是非お近づきになりたいと存じまして」

「奇特だな。人間、分からないものは忌避するのが普通だが」


 イアソンがにやっと笑う。

「ただ1つ。明確になったことがありまして」

「ほう」

「アレックス卿は、運に強いということです」


 むっ。


「運()強いでも、運に恵まれるでも無くか?」


「ははは……その通りです、良縁も運に弱ければ活かせませんが、運に強ければ悪縁に遭っても危機を摘み取れるというのが、我が商会創始者の言葉でして」


「ふーん」

「その点、アレックス卿は、危機をご自身の未来を切り開く契機とされた。しかも偶然ではなく、独特の魔法を活かして掴まれた、それこそが強さです」


 確かにと、後ろでゲッツが唸る。


「俺の例はともかくとして、興味深い言葉だ。憶えておくことにしよう。だが、そちらの商会も営利企業だ。俺に近付いたところで利益になるのか?」


 俺がやっていることは、いずれ利益は出るだろうが、しばらくは出費が超過する。新しいことはそう簡単に実を結ばない。

 

「そうですね。製鉄の件も、今は苦しくとも、先々はかなり期待が持てます」

「先々な」

 少し見直しつつ、素っ気ない返事を返す。


「今日明日、結果が出るような物など、面白くないでしょう? 追加投資の件があれば、是非お声掛け願いたく」

「貴社は製鉄会社ではない。そこまで期待するのは、なぜだ」


「ああ。残念ながら、まだ我が社ではありません。今のところは、私のみです」


 俺が笑うと、彼も口角を上げた。


「アレク様。イアソン殿の言葉は謙遜です。商会投資のかなりの部分を担っていらっしゃいます」

「まあ、そうなんですが、私の勝手という訳にはいきませんがね」

 そう言う目には自信が漲っていた。


「質問を変えよう。イアソンは、なぜ期待する」


「そうでした。期待できるのは、アレックス卿のやり方です」

「やり方?」


「そうです。目覚ましく華々しい表面に、確実で地味な実体を組み合わされます……。後者にこそ、恐るべき革新を秘めていらっしゃる」


 ほう。


「先日軍船を撃沈された件……世の人々は空を飛んだことばかり持て囃されますが。矢が届かない高みから岩を、ただの岩くれを墜として攻撃された。そちらこそが革新でしょう。製鉄も……いや。ご自身に申し上げるのは無意味ですから、止めましょう」


「些か買い被っているようだ」

「いいえ。あのリプケン社が、躍起になって、あなたを追い落とそうとされている。買い被りでは無いことが分かります。実現されては余程都合が悪いのでしょうな。もちろんご存じなんでしょう?」


 あははは……。

 思わず苦笑を漏らす。


「精々ご自愛戴きたいものです」

「いいだろう。知っての通り、製鉄の枠組みは示された。暫くはこのまま進む。しかし、投資を必要とする事業は製鉄だけではない。明らかにできるようになった折りには、そなたに知らせよう」


「ありがたいことです」


 ◇◆◇◆◇◆◇


「ところで、事業体だったかの資本は、集まる見込みはあるのか?」


「ああ、それですが……」


 俺は、エリーカ会長に問われて、商人のイアソンのことを頭に浮かべた。

 ゲッツによれば、かなりの実績があるらしい。


 あいつに有機化学事業へ投資させよう。製鉄に比べれば規模拡大まで時間的猶予がある。いずれクレメンス商会だけでは、賄えなくなるだろうが。そうなれば、ファンドを集めて仕切らせるのも悪くない。


「……やりようはあるでしょう」


「ほう……なにやら、アレックス卿に自信があるようだな。楽しみだ」

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訂正履歴

2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)

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