137話 試練増量
壁が開いた先は、明るい広間だった。
──うわーー。怪しいね、ここ。
確かにな。
一歩二歩と踏み込む。
木の壁、木の床、木の天井。
それらが途切れなく一繋がりだ。天井の一部が輪状に輝き、照らされている。
上の館と同じ作りだが、違和感のある場所がある。
広間中央、床に岩の丸い台がある。
そう思った瞬間、その上方で光が紡がれた。
人型?
像がはっきりしてくると、栗色の長い髪が見えた。女だ。
俺の曾爺さんと同じ、残留思念体か。
「何者じゃ?」
薄衣を纏ったエルフがはっきりと見えた。
跪礼をし掛けて、はっとお辞儀をする。
「初めて御意を得ます。アレックス・サーペントと申します」
細身の躯に細面、長い耳に大きな目が眠たそうに半眼だ。
「人にして人に非ずか……いずれにしてもエルフではない。珍しい者が舞い込んだものじゃ」
「大母神様にあらせられますか?」
残留思念体ながら、かなりの存在感を感じる。表情は乏しくとも気品があるしな。
「いかにも、エルフ共からはそう呼ばれておる。まあ、子供など産んだことはないがな」
じゃあ、なんで大母神なんだ?
「して、何用じゃ。不遜な者」
げっ、思考読まれてる?
「いや……」
「異種の者故、格別に差し許す。妾を起こした用を申せ!」
やば!
「はい。光の珠とやらを持ち帰るよう命ぜられました」
「ほう……これのことか?」
上に向けた人差し指のさらに上。直径10cm程の蒼い水晶玉が浮かんでいる。
「おそらくは……」
「そもそもは、つい最近備えられた物じゃ。じゃが、ただ授けるのは興が乗らぬの……佳きことを思い付いた」
絶対厄介なことだ!
初めて大母神がにぃと笑った。エリーカや王女が浮かべる表情に似て居る。
「そうさのう。これから出すものを手懐けてみよ!」
手懐ける?
「行くぞ!」
その途端、広間の壁が歪み、平衡感覚が狂う。そして、大きく空間が広がった。
なんだと!
──アレク、上!!
驚愕から冷める間もなく、頭上に強烈なプレッシャーが突如として現れた。
金剛を張りつつも横に飛ぶ。
音速を超える衝撃波が、半身を引き摺るように掠め去る。
「ああ、その者は実体を持っているからな。そなたも縦横に魔法を使うことを差し許す」
床を転げ、体勢を整えたとき、襲撃者は悠然と指呼の距離に浮かんでいた。
元より手加減など不能。
翼竜とも呼ばれ、翼を持って空を飛ぶ亜竜。
竜に次ぐ武力と生命力を誇る魔獣階位7。
そいつが、羽ばたきながら息を吸い込む。
まずい! ブレスを吐くつもりだ。
─ 不二一元 ─
俺が作った魔法──
俺を包んだ金色の障壁が裏返った。
その果ては。
瞬時にワイバーンを蔽いきった。
球体の内は眼には見えないが、脳裏に映る。
忽微の刻を隔て、吐き出した己が焔に灼かれる姿が……。
嘶く嘶く。
自らを閉じ込めた壁を破らんと、再びブレスを吐いた。阿鼻叫喚。
懲りないヤツだな。
──ねえ、アレク。もう助けてあげて!
何を言っている?
──大母神は、手懐けてと言ったよ。それにあの子は、まだ子供なんだから!!
一理ある。
閉じ込めた金色の球は、改めれば思いのほか小さい。速度と比較物の無い空間で把握できていなかったのか。
──泣いてるから!
そうだ……獣懐柔は、アレックスの天賦の魔法だったな。
[わかった! 壁を外すと同時に威圧を掛けるぞ!]
──うん!
それっ!!
◇
ワイバーンは地に伏している。
「ヒルダを抑えるとは……」
アレックスと渾然となるを想い、睨んだだけだが。
確かに仔だ。気のせいか、さっきより縮んでるような。今となっては、尻尾を入れた体長にして50cm足らず。翼を開いても1mには届きはしない。
──ああ、あぁ。可愛そうに、あちこち焦げてるよ。
自業自得だろ。
まあ、あの火力にして、多少焦げたで済んでいるのは驚異的だが、傷ついているのは間違いない。
歩み寄り、掌を翳す。
─ 恩寵 ─
透き通る薄衣の如き波動が、幾重にも小翼竜に降る。焼けて欠損した皮膚が、徐々に甦っていく。
……ギィィィイイ。
凝視を止め、瞬く。
ヒルダと呼ばれた翼竜は、首を上げた。
もう攻撃する気は無いようだ。
……ワゥ。
起き上がると翼を畳み、こちらをずっと見ている。
「前が塞がってる時は、火を吐くんじゃ無いぞ。わかったか? もう飛べるだろ。主人のところへ戻れ」
頭を撫でる。
……ワフッ。
言ったことが分かるのか? しかし、飛ばずに石舞台の方へ、とことこと歩いて行く。
大母神にまで辿り着いた。
「よかったのぅ」
試練とは言え、嗾けたこの女には、少しむかついている。
「まあ、竜たる者がそう怒るでない。ほれ、これを進ぜよう」
バレてるし。
「心配無用じゃ、何人にも告げぬ」
大母神は、光る珠をヒルダに咥えさせると、背中を押して、こちらへ向かわせる。
再びおぼつかない足取りで、こちらにやってくる。
──かわいいね
「であろう?」
俺のところまで来た。珠を受け取る。
ん?
珠は透明度が高いようで少し濁っている。よく見ると、内部に細かい傷のような物がびっしりと見える。
感知魔法で拡大すると、それは文字と図形だ。
「これは……」
「ふふ。そなたが考えた通りの物だ」
本当なのか。俺は眼を疑う。
「アレックスとやら」
ずっと珠を見ていると、声が掛かった。
「はい」
「ヒルダも進ぜようか?」
はっ?
「いいえ、要りません!」
──なんで、即答?
「そうか……では、野に放ってたもう……」
その言葉を最後に、すっと消え去ると、俄に辺りは樹の部屋に戻った。
はあ。終わったようだ。
「おい、ヒルダ。行くぞ」
周りを不思議そうに見回した小翼竜は、ワフッと鳴いて、歩き出した。が、歩みが遅過ぎる。
「おい! 俺は急いでるんだ。お前もワイバーンなら飛べよ!」
是非是非、ブックマークをお願い致します。
ご評価やご感想(駄目出し歓迎です!)を戴くと、凄く励みになります。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)




