134話 エルフ領へ
エルフ領に繋がる転送門を潜り抜けると、そこは明るい室内だった。
「姫殿下。お帰りなさいませ」
壮年に見えるエルフ男性がお辞儀すると、後に並んだ5人の男達も一斉に倣った。
へえ。エルフは、お辞儀なんだ。
エリーカ姫が一歩前に出る。
「この二人は重要な客人である。十分にもてなすように」
「はっ!!!!!」
どうやら歓待してくれるようだ。
「では、広間の方へ」
壮年の男に先導で、扉に向かって歩き出した。
むっ。
歩き出して気が付いたが、床が木製なのだが継ぎ目がない。木目も連続しているから一枚板だ。と言うことは、恐るべき樹齢の木材ということになる。しかし、壁際際まで来てさらに驚いた。床と壁が緩く曲面を持って繋がって居るではないか。
姫様は、気が付いたかと、どや顔だ。
「素晴らしい建築ですね」
素直に褒める。
「そうであろう。ここはデルヌ主殿という」
廊下を歩くこと数十m、一切継ぎ目が見えなかった。廊下の壁には窓があって外が見えたが、ここは、巨大樹の森に有り、大地から高い位置に有る。そして、同じような窓が有る巨大樹も見えた。
感知魔法に拠れば、ここは地上20mの位置に有る。つまり、そこそこの高層建築の中だ。とんでもない技術力と言わざるを得ない。
広間に着いた。バスケットコート二面ぐらいの広さだ。入って奥の方の床に、分厚い絨毯が敷かれ、その上に玉座が有る。そこに姫が着座し、手前の布張りの椅子を勧められた。
木の床に、後から入ってきたエルフ達が立て膝で座った。
「皆の者、出迎えご苦労。今日伴ったは、王国の若き英雄、子爵のアレックス卿だ」
おおっと低く響めいたところを見ると、エルフは森に籠もった世捨て人集団ということではないようだ。
「姫殿下」
殿下か。他に陛下が存在するのだろうか?
「ザルタン。何か?」
さっき、俺達を転送門前で出迎えた壮年の男だ。感知魔法が、デルヌ族族老筆頭と知らせて来た。って、358歳?? 純粋なエルフは、死ぬ寸前まで若々しいとは聞いたが。
「客人を伴った理由をお聞かせ下さい」
「アレックス卿には、我らの秘法の一端を、与えようと思っている」
ザルタンは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、一瞬で戻した。
「姫殿下のご意向に否やはございませんが。古の秘法については、デルヌ族が遵守べき掟に抵触する場合がございます。この場合も……」
「分かっている」
「アレックス卿。我が一族の秘法を供与するには、試練を受けて貰う」
「先程から秘法と称されていますが、私がその試練やらを受けるに値する程の価値があるのですかな?」
「客人……」
「道理だ! では、早速お目に掛けよう」
「姫殿下!」
「我らの秘法は、容易く脅かされる程度の物か?」
なかなか卑怯な論法だが、俺に有利だから黙っておこう。結局ザルタンは屈した。
俺達は、階層が大分下の方にある、別室へと案内された。
高さ4m、直径2m強の大きなタンクがいくつも設置されている。
「ガス」
「ほう。わかるのか。これが中身だ」
姫は、透明なガラス瓶にコックが付いた容器を差し出した。
「毒ではない」
受け取った俺は、コックを少し捻り素早く戻す。
甘い香り──
「エチレン……」
「なぜ知っている。感知魔法でも分からないはずだ」
それには答えず。
「植物から抽出したのですか?」
「ふん。そうだ! 余り驚いていないようだな」
「いや。結構驚いてますよ」
「では、もっと驚いて貰おうか」
姫が顎をしゃくると、後に控えていたエルフが、深皿を差し出した。中には透明な1mmほどの粒々が、大量に盛られている。
ポリエチレンまで……。
さっきのエチレンを重合させたものが、ポリエチレンだが。実現には相当な技術が必要だ。
「エルフの秘法とは、有機化学なのですか?」
「そういうことだ。ふふふ……」
はっきり言って、これは凄い。
ルーデシアというより。この世界では、コークス生産に付随した石炭化学が発達仕掛けてはいるがまだまだだ。
鋼の船を機能させるには、錆止めと保護のため塗料が必要だ。それも生物がウヨウヨいる海水に浸かることに耐えられることが必須だ。
その塗料はこの世界にはまだない。ある程度はアテがあるものの、下手をすれば鋼よりてこ入れが必要……そう思い、前世からその辺りの資料を用意し始めていたが。
ここでもし手配できるのなら……。
「アレックス卿が欲しがるであろう、アクリルもフェノールも用意できると言ったらどうする?」
「分かりました。失礼しました。試練を受けさせて下さい」
エリーカ姫は、いかにも機嫌良さそうに肯くと、ニィーと口角を広げて笑った。
「聞いたか、ザルタン!」
「確かに聞きました。試練の儀を用意致します」
◇
試練開始には準備が要るとのことで、明日まで待つことになった。
用意して貰った昼食を食べると、姫が街を案内してくれるという話になり、外へ繰り出した。
地上だ。
苔の植栽を跨ぐと木が元になったであろう、堅く閉まったブロックが敷き詰められ、街路が舗装されている。
その向こう、幅20m弱の街路を隔てて、樹の建造物がある。
建造物とは言っても、直径数十mの樹が寄り集まって1つになっている。窓や出入り口がなければ巨大な樹にしか見えない。
凄い。
その幹から、怖ろしく太い枝が無数に伸び、辿れば頭上を遙かに道を越えて、梢が別の樹と交差している。その基は──
振り返ると、今出てきた建造物、デルヌ主殿に続いていた。
でかい。
道の向こうの樹より、二回りばかり大きいじゃないか。
樹が町並みを創り出している。
信じられないテクノロジーだ。聞いた話では、化学と魔法により樹の中に空間を作り出すとのことだったが。
視界に姫が入った。
満面のどや顔だ。
「いや。凄まじい程の町並ですね。何度も申しますが素晴らしいです」
「我らの自慢だ!」
だろうなあ。
「だが、30年ほど昔、先王をここへ招いた時。大いなる無駄と言った」
「会われたので?」
「わっ、私のはずがないだろう。こちらも先代だ」
「そうですか」
エルフは他の人族やホビット族などと違い、かなり若く見えるから、一応カマを掛けてみた。
「アレックス卿はどう思う?」
「無駄ですね」
──ちょっと! アレク!
一瞬で姫の目が吊り上がる。
「ふーー。でも先程、卿は素晴らしいと言ったではないか?」
「はい? 無駄こそ、素晴らしさ、そして美しさの源泉とは思いますが」
エリーカ姫は、眼を見開いた。
「面白いことを言う……」
「至って真面目に申しましたが」
──全くわかんないって!
「無駄のない、機能だけの四角四面の建築は、美しいですか? 俺はそうは思いません」
肉体美は例外だ!
「ふむ。アレックス卿は、効率至上主義なのかと思っていたが……見直しが必要なようだ」
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訂正履歴
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




