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133話 先行投資

 貴賓室に入り、一斉に跪礼カーテシーしていると、背後で廊下に続く扉が閉まった。警備隊長マリーも出て行った。


「やあ、エリーカ。元気そうだな」

「はい。殿下メティスも血色がよろしゅうございますな」

「うむ。アレックス卿も良く来てくれた。まあ座るが良い」

「はっ」


 教会に似つかわしくない豪奢なソファに腰掛ける。


「ところで、あの魔道具審査をよく通ることができたな。その美貌でも、マリーは誑し込めないしな」

 むっとした俺の方を凝視すると、相好を崩した。

 会長も肯く。


「見ておりましたが。確かに私も少し肝を冷やしました」


「そのような魔法もございますゆえ」


「そうか。それにしてもだ。人間の眼を欺くには、その美しさは使える。ふふふ、よく似合っておるぞ」


──ありがとうございます!


 意識下で騒いでる奴が居るが、俺は沈黙を続ける。


「ふむ。ノリが悪いのう。まっ、余り弄ると、帰りかねんからな、この男は」

「そうですよ、殿下。ここまで危険を押して来て戴いたのですから感謝せねば」

 年配侍女のドロシーがたしなめる。


「そうであった。済まなかったな、アレックス卿」

「はっ。して、御用のおもむきは?」


「せっかちな男は嫌われると言いたいところだが。ここまで男振りどころか女振りまで良いと嵌まらぬな」

「化粧同様、皮膚一枚のことなど何の意味もございません」


「ああぁ、それは、この世の女全てを敵に回す発言であるぞ……わかったわかったドロシー。そのような顔をするな。アレックス卿、本題だ! 鋼の船とは、どのように凄いのか?」


 突然斬り込んできたな。


「鋼は従前の木材より、剛く軽くできます」

「剛く軽くのぅ」

 殿下は、顎を摘んで考える風だ。


 エリーカが身を乗り出す。

「アレックス卿。木より鋼の方が剛いのはともかく、重いのではないか?」

「エリーカ。アレックス卿は、そのようなことを言っていない気がする。かさが同じ場合の重さ、つまり比重と言ったか? 比重は鋼が何倍も大きいが、それ以上に剛ければ華奢に造ることができる、さすれば軽くなると言うことに違いない」


 ほう。少し驚いた。

 なかなか明晰な頭脳をお持ちのようだ。

 ゆっくり肯く。


「なるほど、軽くできれば、荷物を沢山積むことができるわけか……」

 エリーカも思い当たる。

「強力な機関と武装もか」

 殿下の発言に、もう一度首肯。


「卿は恐い男だな。だが、ディグラントに対抗するためには無理からぬところか」

「鋼で造るのは、船に限りません。大きな橋、建築、馬車……大きく剛くできます」


 殿下は遠い目をした。

「鋼の世界か……気宇壮大であるな」

 幾度か肯く。


「殿下は感心しておられるようだが。先頃、宰相府審議官に就任したと聞くが、その線でなのか? アレックス卿」

「ふふふ。エリーカ。流石に情報が入っておらぬようだな。この男は、どうやらカッシウス社と組んで鋼の大量生産を企んでおる」


 ほうっと、エリーカがこちらを睨む。


「殿下。なにやら、言い方に悪意を感じるのは、気のせいでしょうか?」

「気が付いたか」

 付かいでか!

 俺がむっとしているの見てニヤニヤしている。


「そこでだ。ここは1つ。この男に投資しておいた方が良いと思ってな」

「殿下がですか?」

 エリーカが聞き返す。


「いや、どちらかと言えば、そなたが主役だかな。今日一緒に来て貰ったは、そのためだ。従妹殿」

「はあ?」


 殿下が手招きし、耳打ちしている。聴覚強化は……止めておこう。

 聞いていたエリーカが、突然眼を剥く。


「あれをですか?」

「そうだぞ。アレックス卿のめかけにして貰うには、それぐらい貢献しないとな!」


 はっ?


「めっ、妾はともかく。エルフが軍事に協力するのは……」

「エリーカ。アレックス卿はな、世の不可能とやらを軽く乗り越えるかも知れんぞ」


 話が見えん。


「はあ……」

「エルフの秘法は先行投資と考えよ。潮目を間違えぬ事が肝要だ!」


 エルフの秘法?


「……殿下、決心致しました。アレックス卿、我が領地まで来て欲しい!」


 ◇◆◇◆◇◆◇


 2週間後。

 明日の収穫祭に備えて祭り仕立ての最中、俺とレダは転移門の控え室に居た。

 これから、学園自治会長の任期も僅かとなった、エリーカ・ランデルヌ嬢の領地に向かうため、ここに来た。


 エルフの秘法とやらを俺に授けてくれるらしい。


 それは何かと聞いたのだが、結局、言を左右して答えてくれなかった。メティス殿下が絶対に役に立つことは保証するとか、この恩は大きいぞとか、命令だ! とか仰るし、まあ学園も休みだし、エルフの棲む場所も見てみたいこともあり、行くことにした。


 問題は、カレンとフレイヤのご機嫌取りだった。

 収穫祭は恋人同士や友人で祭りに繰り出すらしく、大層楽しみにしていたそうだが、まあそこはある程度のスキンシップと贈り物で宥め賺すことができた。

 フレイヤは、絶対に付いていくと聞かなかったが、従者のイーリアに選挙の準備は? と言われ撃沈していた。どうやら、自治会長の立候補を引き受けたようだ。


 向こうで土産物が売っていたら、買うことにしよう。


 どうでも良いことを考えていると、ノックがあってエリーカ会長とパトリシアが部屋に入って来た。

「アレックス卿、お待たせした!」

「いえ、時間通りです」

 微かに教会の鐘の音が聞こえているからな。


「では、早速行くとしよう」

 エリーカ達は、座ることもなく再び部屋を出たが、いつもの転送門がある広間へ向かうのではない、通路を進む。

 転移門のこんなところが有るんだと思っていると、突き当たりの扉の前に係官が居る。


「ランデルヌ様。ようこそ」

 顔見知りなのか。パトリシアが、石板を取り出して渡すと、まもなく扉が開かれた。

「ここは、貴族と雖も予め登録した者しか使えない門だ」

「聞いてはいましたが」


 エルフは、数百年に渡る寿命に見合う永い歴史を誇り、独自体型の魔法、技術を保有している。とは聞いているのだが、ほとんど開示されていない。

 魔法の方は、曾爺さんの遺した魔導書にいくつか載っていたので、何となく雰囲気は分かっているが、技術の方はさっぱりだ。


 それを一部供与することで、多数派で世俗の権力を握る人族からも、特別な地位を与えられている。エルフは森の人と呼ばれるだけあって、都市部人口はごく僅かで、排他的な居住地があるのだが。その場所が公開されることは通常ないばかりではなく、立ち入りはかなりの制限を受ける。


 そこに通じる専用の転移門が存在するとは聞いていたが、本当にあったな。


「ああ、アレックス卿。お願いがあるのだが」

 言ってから、微かに笑う。

「はあ……なんでしょう」


「知ってはいてくれるとは思うが、これでも私は領主でね」

「はい」

「向こうに行ったら、今より少し立ててくれないかな」


 はっ? 今でも十分立ててる気がするんだけど。まだ不十分ですかね? とは言わない。

「御意のままに」


 しかし、本音が伝わったのか、複雑な表情で首を振られた。


「ところで、会長のことをあちらでは、なんとお呼びすれば?」

 エリーカ会長は、パトリシアの方を向いた。


「皆からは、姫様あるいは姫殿下と呼ばれています」

「承りました。姫様!」


「うーむ。アレックス卿にそう呼ばれるのは、悪くない気分だ。では、行くとしよう」

 艶然と微笑んだエリーカは、揺る水面が如き虹色の転送門に歩を進めた。

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訂正履歴

2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)

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