132話 なんで、こうなった?
「なんで、こうなった?」
「口では嫌がっているが。ずいぶん落ち着いているではないか、アレックス卿。経験があるのか?」
生粋のエルフである、エリーカ・ランデルヌ学園自治会長が悪魔的な眼を光らせている。学園自治会室で面談した後の日曜日。とある宿屋の一室で、俺は小さい椅子に座っている。
何をしているかというと、化粧だ。
会長の従者であるパトリシアが、微笑みながら俺の顔に、ファンデーションらしき粉を叩いている。
「女装の経験など、あるわけないでしょう!」
「それはもったいない! 殿方とは思えない程、お肌が綺麗で滑らか。化粧乗りも素晴らしくて、とても羨ましいですわ」
パトリシアも、なんだか嬉しそうだ。面白がっているな。
「全く、嬉しくない」
──凄く嬉しいです
[おい! アレックス、引っ込んでろ!]
そう。この俺のもう一つの人格が、うきうきし過ぎて。油断していると顔に出そうで困る。
──やだよ。お化粧して貰うのって夢だったんだ!
はあ、そうですか……。
アレックスの人格は女だからな。
「後は紅を。まあ修道女設定ですから、地味ですが」
唇に筆で塗られていく。
「やはり。化粧映えするではないか。アレックス卿。元が良いからな。大層美人になっていくぞ。鏡を見れば病み付きになるのではないか?」
後に居るレダが、鏡を覗き込む
「そうですね。奥様にも似ていますが、フレイヤ様にも似ておいでです」
「いやあ、妹君より綺麗だぞ」
──本当? 本当ですか?
[兄が、妹より綺麗と言われて喜ぶんじゃない]
──姉だもーん
「できましたあ。本当にお綺麗です。アレックス卿。手鏡をどうぞ」
「いや、無用です!」
──なんでよ、くまなく見たいよ! アレク!
[そんなに見たければ、幽体離脱してみれば良いだろう]
──なるほど! そうする……うはーー!!! 僕、こんなに綺麗だったんだね!!
[あぁーーうるさい、うるさい! こいつが帰れないようにはできんのか]
「何だ、見ておかなくて良いのか?」
「別に見たいとは思いませんし」
見たら、反応しようとしまいと、絶対弄られるに決まっている。
「ふむ。詰まらぬな。まあいい。そろそろ刻限か。後は衣装を」
特大の僧服に、頭には尼僧のベールを被せ、修道女一丁上がりだ。
男の中の漢! マッチョの極北を目指す俺としては、屈辱の極みだが、顔に出してはいかん。能面のように無表情を貫かねば!
「後は……名前はどうする? 警護の者に訊かれるぞ」
「そうでした」
「アレックスは、女性の名前でも使いますが」
「いやいや、アレックス卿を連想させてどうする」
「そうですね」
「では、従姉妹殿のエヴァ、イオのいずれかでは……」
「エヴァって感じではないな」
女子達の命名談義は、終わりそうにない。ああ面倒臭い。
「イスカンデルで!」
「アレク様?」
「まあ、どこから出てきたかは知らぬが、本人が良いなら良いのではないか、イスカンデルで」
会長の一言で決まった。
宿屋を出ると、石畳の広場が視界を占める。そこを横切っていくと、現れるのは白亜の尖塔が連なる王都大司教教会だ。
普段は参拝者が集うここも、今日は数十人の兵達が囲んでいる。
そこへ臆することなく、会長が近付いていく。
「そこな兵よ!」
エリーカが優雅に手招きする。
先程まで居丈高だった兵も、余りの高貴さに、他の庶民とは対応が異なる。
「止ん事無き方かとは存ずるが、今日、この教会は使えぬ。後日出直されるが良かろう」
「ああ。我らはそなたらが守護しておられる方に呼ばれて参ったのだ。我はエリーカ。トルツェ殿に取り次ぐよう」
「なぜ警備隊長の御名を?」
「呼ばれてきたから、知っておるに決まっておろう。既に刻限が迫っておる。急ぐが良かろう」
「少々待たれよ」
「ここで待たせるつもりか?」
「わっ、わかった。伍長! エリーカ様方には玄関でお待ち戴け。悪いが監視は付けさせて戴く」
「良いだろう」
壮年の兵が、走って教会へ入って行った。
「付いて参れ」
伍長と呼ばれた兵に伴われて、カテドラルの玄関に入った。
「王都の教会は荘厳にございますな」
前世の教会とはやや趣が違うが、天井が高いところは共通している
「ああ、イスカンデル殿は、ここに来られるは初めてか」
「はい」
努めて高音を出す。事前に聞いていれば、声を変える魔法を……いや、その前に断っていたな。
「お待たせした。おお、エリーカ殿」
えっ?
警備隊長というから、厳ついおっさんをイメージしていたが、妙齢な女子だ。眉毛がくっきりした、できる女という感じだ。
「マリー殿、久しぶりだな」
「お懐かしゅう存ずる。パトリシアも。それでこちらは?」
「こちらはな、ベネディクト修道会のイスカンデル殿に、レダ殿だ」
「ベネディクト……」
警備隊長マリー・トルツェは、レダを無視して、俺の方を凝視している。
「イスカンデル殿は、大層お美しいが、女性にしては背が高いな」
だから嫌だったんだよな。そりゃあ、そう思うよな
「ああ、祖母の1人がドワーフだそうで、母も背が高うございました」
「なるほど……さて、最近決まりが変わってな。ここを通られる方には、お手数だが、あの魔道具を触って戴く」
指差した先、10m程に木の台がある。その上に水晶球が乗っている。下半球が青紫に鈍く光っている。
「では、1人1人来て戴いて、触って貰う。まずはエリーカ殿から」
会長がなにやら喋って、オーブを触ると一際蒼く輝いた。
その次に、パトリシアが終わって、俺の番になった。
「では、イスカンデル殿」
手招きされて、木の台に寄っていく。
「イスカンデル殿、この玉に触りながら、名前、性別、年齢、職業を言ってくれ」
げっ!
「分かりました」
恐々、水晶球に触る。
「どうぞ!」
「イスカンデル、女、21歳、修道女」
果たして、オーブは蒼く光った。
「では、レダ殿!」
問題なかったようだ。
流石は老師を欺いた(はずの)魔法だ。魔道具すら見抜けなかったようだ。
レダも、問題なく蒼く光らせ、こちらにやって来た。
「では、ご案内しよう。殿下は既に貴賓室に入られている」
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訂正履歴
2017/01/22 細々変更
2025/09/23 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




