131話 自治会長の願い
「アレク様。おはようございます」
学園で教室に入ると、エマ達が段を登って近付いてきた。
「ああ、おはよう! エマ……なんか疲れてるか?」
こころなしか、下瞼がくすんでいるような。目も充血してるし。
「ええ。まあ。しばらくアレク様が学園にいらっしゃられなかったので。元気もなくなります」
付いてきた彼女の従者のビアンカが、肩を震わせている。笑いを堪えているようだ
「そういうものか?」
「そういうものなんです!!」
フレイヤといい、エマといい。最近変なヤツが多くないか?
──アレクには、言われたくないと思うけど。
「アレク様。エマ様は男爵様に叱られて凹んでいるだけです」
「ちょっと! ビアンカ、バラさないでよ」
「エマ。それぐらいで落ち込むな。俺も……」
「俺も?」
「いっ、いや。何でもない……レダ、笑うな!」
口と、腹を押さえている。
「何々、レダちゃん。教えて、教えて!」
ラトバタ村の整地を魔法でやったことについて、少し揉めただけだ。
カッシウスの随行の会計士が、この作業は誰に帰属するのかと言い出しのだ。
俺個人か? サーペント家か? 代理人たる政府か?
対価はいくらだ? 出資額に影響するのか?
そう詰め寄られたわけだ
会計士に拠れば、低く見積もっても、俺が10分程で実施した魔法整地工事は、100万デクスの価値があるそうで。
結局、総資本の中から、サーペント家にその金が支払われることになったのだが、その会計士に、政府への報告が……そもそも、1日も経たずできてしまったことを、信じさせるのが大変だ! 大規模なことをされる場合は、根回しして下さいって、結構強めに苦情を言われた。
まあ、その後、家宰のダイモスにも、同じように叱られたのだが……。
「いいえ。少しやり過ぎて、お小言を戴いただけです」
何で半笑いなんだ、レダ!
「ああぁ……アレク様のことだから、また奇想天外なことをさっさと自分でやっちゃったってところでしょ。レダちゃん」
ああぁって、なんだよ。
「わかりますか?」
「やっぱり!」
「まあ、多少叱られた位で、凹むなって事だ! ああ、それはそうと。何度もまたで済まないけど、エマの親父さんに会いたいと伝えてくれ。今度は俺の方から出向くからさ」
「アレク様、ウチに来るの? やったぁーー」
級友が奇異な視線を向ける中、エマは踊るように自分の席に戻っていく。話は終わっていないんだが。
「アレク様。男爵様に伝えて日時を調整します」
「頼むぞ、ビアンカ」
軽く会釈して、ビアンカも自分の席に戻っていく。
その時、教室の前の方がざわついた。ゼノビア教官が入って来たのだろう……と思ったが違った。
こちら向いて段を登ってくる。
誰だ?
肌が浅黒い前世で言えば東洋的な顔立ち、しかも、かなりの美人だ。3年生の制服だ。
なんだか嫌な予感がするので、感知魔法を発するのを止めておく。
数mの距離まで近付くと、簡易的な跪礼をした。
「アレックス卿。おはようございます」
すらっとスレンダーで首が長い。こうしてとなかなかの美人だ。耳が横に長いところを見るとダークエルフか。
「おはようございます。どなたですか?」
「申し遅れました。ランデルヌ男爵の従者パトリシアと申します」
ランデルヌと言えば。
「自治会長の。何か俺に用ですか?」
「アレックス卿は、午後の専門科課程は免除されている由。本日13時になりましたら、自治会室までお越し願いたいとのことで。ご回答を戴くよう主人から言付かっております」
今日は、専門科に出たかったが。仕方ない。
「承ったと、お伝え下さい」
「はい。承知しました。ごきげんよう」
◇
「ああ、アレックス卿。良く来てくれた。座ってくれ給え」
食事を終えてから自治会室へやって来た。
軽く会釈して、勧められた革張りの椅子に腰掛ける。
「この前、ここで話したのは、3月の終わりだったから、4ヶ月経ったか」
暦は8月に入っている。
「その間に、色々ご活躍のようだな」
「はあ」
「仮とは言え、婚約もされたしな」
「はい」
何の用で呼び付けたんだ?
「それでだ。10月には自治会役員の改選がある」
むっ。
「ああ、そんな眼をするな。以前断られたし、国防評議会議員の上に宰相府特別審議官となられた、お忙しいアレックス卿に、学園の自治会役員など頼まないさ」
嫌み風味がかなり混ざっているが、俺に頼まないのなら良しとしよう。ならば、なぜ呼んだか、怪しい。
「そうですか」
「そこでだ。次期会長は、卿の妹君のフレイヤ殿を推薦しようと思うが、どうだ?」
フレイヤ?!
「妹をですか? まだ1年ですが」
「問題ない。私も1年生の時に会長になった。それに彼女は、男子には絶大な人気を持って居る。あと卿ほどではないが、女子にも人気があるしな」
へえ。まあ、あれだけ可愛いからな。男子に人気があるのは分かる。
「成績も学年首席の上、聞いた話だが人徳もあるらしい」
人徳……? あるのか?
──あるよ!
「さあ、わかりかねますが」
「まあ、兄妹などそんなものだろう。あいにく私は、一人っ子だが」
「ああ、話は戻りますが。妹の件は本人がやると言えば、ご存分に」
会長は、にやっと微笑んだ。
「突き放すじゃないか。兄思いの妹なのだろう」
「まあ、多少」
ではないが、身内のことは言いたくないな。
「ふーむ」
「ですが、嫌がっているのに、強要されるのであれば敵に回りますよ」
「恐いな。アレックス卿に説得して貰おうと思っていたのだが」
「お断りします」
俺が頼んだりしたら、嫌でもやりますやりますと喰い付きそうだからな。
──だね!
「冷たいではないか」
「お話がそれだけなら、授業へ……」
「ああ、話は終わってはいない。むしろ、これからが本題だ」
「そうですか……」
なんだ本題って?
「ああ、大した話ではない。メティス殿が、卿にまた会いたいそうだ。王宮で一度会ったのだろう?」
メティスって……。
「殿下が?」
俺に僕に成れと言った、メティス・スヴァルス殿下だ。
王女……今上王の妹だから、今となっては王女ではないのかも知れないが、一般に王女と呼ばれている。
「見込まれたようだな……本当に卿は隅に置けん」
片口角を上げる下卑た嗤いを浮かべている。揶揄する気満載だ。
付き合ってられん。
「それで、そのようなことを依頼される、会長と殿下の関係を訊いてもよろしいですか?」
うーん……会長は少し考えた顔だ。後で、パトリシアが静かに笑っている。
どこまでも白い肌の、エリーカと、褐色の肌のパトリシア。派手と清楚。対照的だな、この2人。
「まあいいか。メティス殿は私の従姉だ」
「従姉?」
「ああ、彼女の母は、母の妹だ」
殿下はハーフエルフ──先王は人族で、第2王妃だった殿下の母君はエルフだったとは聞いていたが。やはり会長の一族の出だったのか。
「そうでしたか。分かりました……が。殿下と会うのは大変なんですが」
俺は週1回以上、王宮に行くことにしているが。宰相府がある外苑は王宮の南側。後宮は西側にあり、堀も塀もあって隔てられている。
物理的に空を飛べば行けるが、当然ながら禁止されている。王宮警察、王宮警護隊の中には相当数の魔法師が配置されているし、魔道具による警戒もされている。俺の魔法を持ってしても捕捉されないとは言い切れない。無論、そんなことをする必要性を感じないから、やらないが。
「そうだな。そこは考えてある」
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訂正履歴
2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)




