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127話 悪意の参考人?

 7月末。

 晩秋から、初冬の時期となった。


「王都も寒くなったなあ」

「広いとは言え、盆地ですからねえ」


 レダと馬車で向かうのは、参謀本部だ。

 第2回国防評議会。

 今回も早めに着き、人気のない議場に通される。

 5分後、気弱そうな事務局の役人が、資料を配り始めたが、今日は量が多い。

 もう一人女性職員が手伝っていたが、手が回って居なさそうなので、レダが立ち上がった。


「手伝います」

「ああっ、いや。評議員の従者の方を手伝わせるなど、有ってはならないことで」

 それを聞いて、腰を上げかけた俺も流石に座り直した。

「ああ、構いませんよ」

 そう偉そうに言っておく。


 5分ほど手伝って、大体山場を超えた。


「いやあ、こんな若くて綺麗な方に手伝って、頂けるとは恐縮致します」


 20歳代半ばに見える事務局の青年が、お世辞を言う。まあ確かにレダは群を抜いて美しいし、年齢も笑える位若いが、そう言うことは女性が1人にの時に言う言葉だ。


 向こうで手伝って居るもう1人の女性の職員が、明らかに機嫌を悪くしてるぞ。女性をうまく扱わないと出世しないのだがなと、どうでも良いことを考えていると、別の評議員が入ってきた。


 おっと、この前思いっ切り搦んで来た、ロッシュ大佐だ。

 チッ! 彼は、これ見よがしに舌打ちすると、わざと音を立てて自分の席に座った。感じ悪過ぎだろう。。


「主人が主人なら、従者も従者だ。下賎な仕事がよく似合う」

 しかし、言われたレダは聞こえていないかのように、反応しない。

 再び大きな音で舌打ちした。


「支える者達が居てくれて俺は。いや、評議員は満足な仕事ができるのだがな」

「何をバ」「ありがとうございます! サーペント様」

 罵声の途中で、女性職員が大声で割り込んだ。

 ロッシュが呆然と見とれているなか、彼女はスタスタと部屋を辞していった。


「ふん」

 文句を言う相手が居なくなり、吐き捨てて席に着いた。

 

     ◇


「では、サーペント議員。早速、前回からの進捗を報告願う」

 ヴァドー師が重々しく促した。


「ああ、議長殿。その前に提案があります!」

 亜麻色の青年が手を挙げる。カムラン・シュトローム陸軍中佐だ。

 俺は、立ち上がり掛けて止める。


「サーペント議員の後では駄目なのか?」

「2度手間になるかと」

 ヴァドー議長は白い髭をまさぐった。


「ふむ。ではシュトローム議員」

「ああ、アレックス卿。済みません。これから、鉄? 鋼? のご報告をされると思いますが。本日お集まりの評議員の皆さんの中で、僕を含め専門家は居ません。つまり、折角高尚なご報告を戴いたとしても、その善し悪しが判断できないと思うのですが」


 坊ちゃんという風貌の割に鋭い。


「一理あるな」

 海軍選出議員の1人が呟く。


「それで、提案なのですが。専門家を参考人として同席させてはいかがでしょう」

 専門家?


「ちょっと待て、カムラン。そういうことは、前回言っておけよ! 今言ってもだな」

 おっ! ロッシュが珍しくまともなことを言った。


「ああ、ご心配なく。知り合いの技術者を呼んであります。いかがでしょう? 議長殿」

「その技術者とは?」


「ああ、王立工業院のパスカリス研究主幹です。ちなみに、リプケン製鉄からの出向の人ですね」


 リプケン……カッシウス製鉄のライバル会社で国内最大手だ。工業院は分野によっては国内最高の技術を誇るが、製鉄に関しては民間の方がレベルが高く、出向者を受け入れていると聞いたが。


「どうかな。サーペント議員」

 他社へ情報を売ることになるが、参考人は建前として、役人だ。ここで断れば、一方的にカッシウスに肩入れして居ると疑われる。


「議長の良きように」


「では、呼んでくれ給え。シュトローム議員」

 はっと答えて従者に命じた。

 1分程で入ってきた男は、いきなり俺を睨んだ。なかなか切れそうな男だ。


「パスカリスと申します。王立工業院で鋼の研究をしております」

「参考人、宣誓を!」

「宣誓します。参考人として招集された上は、この会場の外で情報を漏らさないことを、ここに誓います」

 そして、シュトロームの後に座った。


「では、サーペント議員」

「はっ。報告致します。私が鋼の廉価製法として報告するのは、カッシウス製鉄が開発している方法です」


 会場がざわついた。


「続けられよ」

「はっ。鋼は鉄鉱石から還元して酸素を抜く高炉と、その後高炉で増えてしまった炭素を抜く脱炭工程、そして仕上げの工程と主に3つの工程が実施されます。そして、現在最も費用を要しているの脱炭の工程です。主流なのは高炉でできた銑鉄を再び溶かし、炭素を飛ばして鋼滓スラグと呼ばれる不純物を、ハンマーでたたき出す方式です。これに燃料費と工数が掛かり、鋼が高い原因の1つになっています。ここまで合ってますかな? 

パスカリス殿」


「はあ。よろしいかと存じます」


「続けます。提案する廉価な製鉄法は、この脱炭工程が主流な方法とは異なります。転換炉というものを使います。方式は……」

「それは、私から説明致しましょう」

 パスカリスが申し出た。


「そうか。では頼む」

 鬼がでるか蛇が出るか。


「この方式は3年程前、発表されたもので……」

 彼は、方式について、銑鉄が固まる前に空気を吹き込み脱炭する方式を、正しく、そして要領よく説明した。


「しかし。転換炉を使う方法は、うまく行きません」

 むっ!


「確かに、その方法が前評判通りなら、空気を吹き込むだけで、銑鉄自身が燃焼するので燃料がいらず、時間も大幅に短縮されるでしょう。ですが、この方法では、我が国で産する燐鉄鋼や、高炉でコークスを使った場合に混入する硫黄や燐を取り除くことができませんでした。既に結果は出ています。この方法では、脆い鋼しかできません。以上で説明を終わります」


 ふーむ。説明してくれたのは良いが、最後に強烈な否定で締めくくられてしまった。まあ、確かに彼は正しい。そう。ほんの数ヶ月前まであれば。


「どうなのか? サーペント議員」

 議長の声に、パスカリスが少し微笑んでいる。まあこれでライバル会社の台頭を防げるそう確信したのだろう。

 まあ、ロッシュも声は出さないが非常に嬉しそうだ。


「そうですね。カッシウス氏が論文を発表した3年前の状況ならば、参考人パスカリスが言われた通りだったのでしょうが」


 余裕だったパスカリスの片眉が、大きく持ち上げる。

 俺は振り返る。

「例の物を。参考人へも」

「はっ」

 レダが立ち上がると、1kg程の鋼の塊を、ヴァドー議長とパスカリスへ渡す。


「これは!」

「新製法で造った試験品です」


 ヴァドー師の周りで、一瞬魔力が高まったように感じる。鑑定魔法を使ったのか。


「燐も硫黄も1万分の1程度しか入っていないようだが。参考人どうか?」


「ああ、はい。工業院に戻って分析の必要がありますが。目で見た限りでは、良質な鋼のように見えます」

 そうだろうな。


「では……」

「お待ち下さい! この試験品が新製法で造ったと証明されたわけではありません。旧製法でも、同じ物はできます。他国の燐が少ない鉄鉱石を、木炭を使って銑鉄にすれば、費用は掛かりますができます。アレックス卿は、カッシウスに騙されては居ませんか?」


「そこまで疑うならば致し方ない、鋼滓スラグを」

 同じような塊を、ユリが議長とパスカリスに渡す。転換炉を傾けて、外に出した液が冷えて固まった物だ。


 議長が眉間に皺を寄せて、渡した鋼滓を見つめる。

「カルシウム、ケイ素、燐、硫黄、マグネシウム、マンガン……分離できているようだが?」

 何事もないように最上級の分析魔法を使いている。白き魔人の称号は伊達ではないな。


「こっ、これをどうやって」

「転換炉を傾けて、鋼の上に出てきた液を分けたのですが」


「結論としては、どうなのだ。参考人?」

「確かに旧製法では、鋼滓はこのようにはなりません。信じがたいのですが、転換炉で脱炭ができていることを否定できません」

 おお、なかなか良心的な回答だ。と言うか、最近人を疑いすぎているのかも知れない。


「つまり?」

「廉価に鋼を造れる可能性があります」

 おおっと。議場に響めきが響く。

 パスカリスは、難しい顔をして、席に座り込んだ。


「議長!」

「ドラン議員。どうぞ」


 ドランは、こちらに向かってにやっと笑うと。話を切り出した。

「海軍と致しましては。サーペント議員提案を元に鋼船を実現するため、予算化措置を……」

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