122話 呼び出し
6月もあと数日となる週末。
転移門へ向かう。セルビエンテに帰るのだ。
学年の前期が終わり、再来週頭から後期が始まるまでの1週間は、学園の休みになる。
1週間と短いので、今回は帰る気がなかったが。親父さんの呼び出しあれば致し方ない。連れはメイド達の他……。
「お兄様。昨日取り乱したことは、お詫びしたではありませんか。そのようなお顔はやめて下さい」
取り乱したねえ。
昼食時に、私室で俺とカレンが乳繰り合っていると聞いたらしく、昨日はフレイヤが押し掛けてきた。小姑を味方に付けるためか、どうぞとカレンが許容したので、3人で食事を摂ることになった。
『あっ、あのう。アレク様』
『何かな?』
『明日なんですが、お屋敷に伺ってもよろしいでしょうか』
なんか、フレイヤがピクッと反応したが無視する。
『生憎だが、明日は昼にはセルビエンテに戻ることになっていてな。ああ、そうだ! カレンも一緒に来るか?』
『本当ですか?』
カレンは一瞬嬉しそうな顔をしたのだが。
『お兄様!』
『ん?』
『フレイヤは、セルビエンテに行かれるなど聞いておりません。今回のお休みは、ずっと王都に居ると仰っていたではありませんか!』
そう言えば1週間前ぐらいに訊かれたな。
『なぜ、嘘を!』
詰問?
いやいや。妹に逐一予定を説明などしないだろう。
『いや、嘘を言ったわけではない。昨日夜に、父上より戻ってこいと連絡があってな。言うのを忘れて居ただけだ。そんなに怒るな、大したことではないだろう』
後から考えれば、俺も軽率だった。まあ、突然フレイヤが押し掛けてきたので、少し苛ついていたのかも知れない。
フレイヤは見開いた眼から、ぶわっと涙を溢れさせた。
おいおい!
『ああ、フレイヤ殿。どうなされたのです』
『お兄様が……』
俺が?
『フレイヤ殿、分かりました。私、今回同行するのは見合わせます。フレイヤ殿がご同行下さい』
はあ?
『わぁぁあ、カレンさぁぁああん』
…………それで、現在に至るわけだが。
それにしても。カレンとフレイヤは関係ないだろう。フレイヤだって、転移門を使う権利はあるし。人数制限があるわけでなし。意味が分からんが、両者が納得したのは、摩訶不思議だ。
──本当に女心が分からないよね
ああ、そうですか。
ともあれ、転移門を通り抜けて、セルビエンテに着いた。もう城内だ。
「御曹司!」
「おお、フレッド。久しぶりだな」
彼は、先々月にサーペンタニア館行きの準備をしてくれた執事だ。
「お帰りなさいませ」
胸に手を当て挨拶してきた。
「お疲れのところ恐縮ですが、シュナイダーもダイモス殿も、伯爵様の執務室でお待ちですので」
「分かった。すぐ向かうとしよう」
「お願い致します」
フレイヤやメイド達と別れ、城の中枢へ向かう。
「アレックス様、入られます」
「ただいま戻りました、父上」
軽く跪礼して置く。
「おお、アレックス殿。待ちわびたぞ」
「はっ」
親父さんが、部屋の奥の席……俺はその左手に座る。正面は役人の長たる家宰のダイモス、副家宰のイヴァン、右手には我が家の家令であるシュナイダーが席に着いている。
さらに、彼らの部下達が後に控えている。
俺は、ゲッツが控える前の席に座る。
まあ、軍人や王都上屋敷の執事長までは居ないが、我が伯爵家、伯爵領の首脳陣だ。
そういえば、俺の右隣の席が空いているが、会議は始まるらしい。
「さて、今日皆に集まって貰ったのは他でもない。1つは我が家と言うよりはセルレアン全体規模の話だ。先頃、アレックス殿が、カッシウス製鉄社と契約を結び、ミュケーネ川沿岸に事業所を誘致したことは、皆々聞いておろう」
親父さんの問いかけで、皆が頷く。
まあ、その話題であろう事は、察しが付いていた。
「そこでだ、ダイモス!」
ダイモスが、ちらっとこちらを向く。
「はい。カッシウス製鉄社には、1500万平米の土地を貸与することにしております。当然ながら、すぐ操業出来るわけではありません。企業誘致に向けて、土地の造成、地盤補強は、以前からやっておりますのでよろしいですが。整地、高炉と付帯設備、鋳造含む冶金、圧延設備の製造据え付けが必要になります」
「で、操業はいつ頃になりそうか?」
「おおよそ、リプケン社の前例から察するに、3年から4年先になる見通しです」
ふーむ。そんなものか。
「なるほど」
「ただし、それは、資金繰りが円滑にいった場合です」
来たか……。
「いかほど掛かる?」
「それにつきましては、先頃御曹司の配下となりました、マルズより」
ゲッツだと??
「はっ!」
やや裏返った、声で返事すると。ゲッツが立ち上がる。
振り返ると、かなり緊張しているのだろう。動きがぎくしゃくしている。
「おお、マルズと言えば……そなた、昔、館に居たであろう?」
「はっ、はい。御館様。御曹司の学友を務めさせて頂きました」
「そうか、そうか。憶えているぞ。良くメイド共にいたずらして泣かせておった。何だったか、悪名が付いていたな……」
「あっ、あ、あのう!」
執務室が、笑い声で包まれる。
「ははは。誰にも幼い頃がある。そして、なんでも初めての時があるものだ。どうだ、肩の力は抜けたか?」
流石は親父さん。恥ずかしい思いをして気が紛れたのか、ゲッツの緊張がほぐれている。顔は真っ赤だが。
「はい」
「そうか。では、アレックス殿を良く補佐してやってくれ!」
「肝に銘じます」
「では、金の話をな」
「はい。金額ですが……」
ゲッツがダイモスより細かく例を挙げながら、必要な投資額を説明していく。
「最後に、圧延設備として、1500万デスクといったところで、締めて1億4500万デスクです」
ふーむ、大雑把に聞いていた額と合うな。
ざっと前世で言えば2000億円ってところか……それでも良く感覚が湧かないが、結構いい家と言うか、館を建てるのに、1万デスクらしいが。それが1500戸か。一般民家ならその10倍から20倍というところだな。単純に、この国の軍事費の3割か……。
でかいな。
おそらく、カッシウス社の総資産でも賄い切れまい。もちろん、全てつぎ込めば運転資金がなくなるので、まあほとんどは、他から集めなければなるまい。
だが、あの社長のことだ。あれだけのネタを渡しておけば、まずは、既存の拠点で転換炉を使って儲け、さらに資産家を手練手管で焚き付けて、資金を調達することだろう。
時間が掛かるが、まあ致し方ない。無理をしすぎれば、思わぬところで破綻する。
「そこでだ。流石にカッシウス社といえども、そう簡単に資金は調わぬではないか? いかがだ。アレックス殿」
おっと、親父さんに急に振られた。
「ええ。私も評議会議員となりましたので、そちらに軍事費を回させるよう諮りますが。それでも数年先しか予算は下りないかと」
「であろうな。ダイモス、セルレアンの予備予算は?」
ん?
「はっ! おおよそ2000万と言ったところでしょう」
「お待ち下さい。その金を、製鉄につぎ込むお積もりではないですよね? 父上!」
親父さんは、少し怒ったような表情をした。
「なんだ、アレックス殿! まさかとは思うが、儂に無心しない気ではないだろうな」
えっ。
「水臭いではないか。しかし、2000万では少ないな。我が家としてはいくら出せる? シュナイダー」
先代から使える老臣、家令のシュナイダーに皆の注目が集まる。
そうだ。この男が居た。普段から倹約の鬼と呼ばれる我が家の金庫番シュナイダーなら、きっと止めてくれるだろう。
重苦しく口を開く。
「先代より大きな所帯となりましたサーペント家と申しましても、無駄金はございません」
うーむ。無駄というのが引っかかるが、この際だ。もっとガツンと言え!
「しかし、これはセルレアンの範疇を大きく超え、ルーデシア発展の礎となる事業……」
あれ? なんか話が。
「それゆえ、サーペント家を挙げて……1200万。普段から出入りの者に声を掛ければ、さらに1000万はいけるでしょう……いかがした、イヴァン殿」
いつも謹厳なイヴァンが、びっくり顔だ
「いっ、いやあ。シュナイダー殿にしては、張り込んだものだなと」
そうだよなあ。サーペント家だけで1200万デクス、ざっと170億円も。
「まあ貴殿ならそう思うだろうなあ。儂のことを影でケチ爺と呼んでいるし。しかしな、お家の大事に備えるのが真のケチであるぞ。このようなときに遣わずして何時使うか」
「いやぁ。恐れ入った」
「うむ。どうだ、アレックス殿。皆はこう申しておるが、これでもまだ我らを仲間とせぬか」
「御曹司!」
「御曹司!」
「生きた金として頂きたく。御曹司!」
シュナイダーまで。
「アレグざまぁ」
振り返ると、ゲッツが大泣きしていた。ちぇっ! 俺の涙が引っ込んだじゃないか。
「わかりました。父上、そして皆。ありがとう。カッシウスに伝えよう」
「よし! 良き返事だ! 一つ目の議題はここまでしよう」
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訂正履歴
2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)




