13話 帰郷前日
身体の鍛錬と魔法修行を継続し、2週間程過ぎた。
腹筋は50回、腕立て伏せも30回ほど連続でできるようになった。手足も棒のようだったが、最近は微妙に筋肉が付いてきた気もしないでもない。が、まだまだ全然だ。
逆に魔法の習熟速度はそこそこ速いらしく。火属性の炎弾、風属性の烈風、水属性の水礫、土属性の土槍が新たに使えるようになった。
俺はやや天狗になりかけたが、前の俺は3日で使えるようになったと言われ、伸びかけた鼻はぽっきり折れた。
流石は神童!天才!セント・サーペントの再来。先生はアレックスを、ことあるごとに褒めちぎる。
同じ身体だ、俺も慣れればアレックスと同じになると思っていた。
間違っては居ないが、どうやら違うようだ。
慢性ステータス劣化の魔法系の戻りが悪いのが、その兆候らしい。
まだわからないが、アレックスとは成長の伸びが違うかも知れない。
先生は大丈夫だとは言うが、魔法は知識も影響あるということで座学もやれ!と言うことになった。
ただし、先生は、おまえには1度教えた、2度もやらせる気かと理不尽なことを言う。1度目は俺ではなく、前のアレックスだからだ。
俺は俺で、的を絞って疑問を持てば、偏頭痛と共に思い出すのだが、何を知らないか判っていない無知の無知状態では、思い出すことすらできない。
仕方ないので、本で自習することにした。
少し心配したが、文字は読めるし、一般的なレベルなら理解できる。
そこで分かったことは…。
魔法には、文字通り魔力と法力があるのだそうだ。
最初は、なんだそりゃと思ったが、魔力とは魔法を使うためのエネルギーで、法力とは同じ魔法を使ったときの効果の大きさだそうだ。
当然だが優れた魔法師とは、魔力が多くかつ法力が高い者だ。
ただ先生によると、そんなに単純なことでは無いらしい。だけど、今は余り考えるなと言われた。ただ身体も鍛えるのは良いことだ!と言われたので気を良くしている。
おっと。話が横に逸れた。
天才アレックスと比べられるのは酷だが、連射だけは勝ってると言わせた。まあ体力任せのところは多分にある。それが単純では無いところのひとつだ、そう先生は呟いていたが、意味が分からん。
そして、いつものように魔法の鍛錬を終わった。だがいつものように、待っていてくれるメイドのユリが居ない。少し待ってみたが、それでも来ないので、仕方なく館へ入った。
俺の寝室に戻ると、ユリが居て大きな鞄に服を詰めていた。
「あっ、アレク様!」
「ああ」
ユリの顔が真っ青になって、鍛錬の終了を待っていなかったことを何度も謝罪した。
「いいよ、いいよ」
「すみません。私を嫌いにならないで下さい」
縋るような眼で俺を見てくる。少し涙ぐんでいる。
「あははは。こんなことで嫌いにはならないよ!」
「はい…」
「それで、これは何の騒ぎ?」
「いえ。アレク様のお召し物を、荷造りしているのですが…」
「なんで?」
ユリが眼を何回か瞬かせた。
「明日、セルビエンテに帰りますので…」
「ええぇ?ユリは帰っちゃうの?」
ああ、セルビエンテは、伯爵領の領都の名前だ。アレックスの生家というか、実家がある。
「もちろん帰りますよ」
がっくり来た。ああ、明日から自分で自分のことやらないとな…。
その反応に動揺したのか、ユリが俺の肩を掴んだ。
「ご実家に戻るのが嫌なんですか?」
ん?
そういえば、詰めているのは俺の服だ。
「えっ?俺も帰るの?」
「はい?」
ユリは、眼を丸くしている。えっ、なんか変なこと言ったっけ?
「何を仰っているんですかぁ。私たち使用人は、ご主人様に付き従うのが使命です。ご命令無く、私たちだけでどこかに行くなどありえません」
そして、腰を回して科を作った。俺より1つ若い割に、えらく艶めかしい。
「あっ、ああ。そうだよね」
「ましてやぁ。私はアレク様をお慕い申しているのですから、絶対離れたくありません」
うーむ。やばいやばい。昼日中から誘惑しないで貰いたい…。ユリもこの世界では適齢期だ、焦るよな。それにしても、まだ幼いところはあるが、日本人と違って、体型は十分すぎる程熟れている。
以前の俺なら、このまま突入だったはずだ。なのに今は自制が効く。そもそも元の俺が今の年の頃、あっちの方は、猿のように猛ったものだが…1度は24歳まで行ったしな。落ち着いたのだろう。まあアレックスの影響なのかも知れんが。
そんなことを考えていたら、ユリにジト目で見られていた。
おおう、何か声を掛けないとな。
「うん。嬉しいぞ」
「アレク様ぁ」
抱きつきてきた、ユリの肩を手で受け止める。
「アレク様?」
同じ名前でも、だいぶ雰囲気が違う。
「悪いが、ちと…用が」
身体を離して歩き出す。
また先生のところですか?
耳のどこかでそう聞こえた気がした。
俺は部屋を飛び出し、先生の部屋の扉を叩いた。
何度も叩いていると、独りでに扉が内に開いて、中に入った。
「なんだ、騒々しいな。どうした?催したのか?まだ昼前だぞ」
「ちっ、違います。ユリが、俺を含めてセルビエンテに帰ると聞いたんですが…」
そう訴えつつ見ると、この部屋にも開いた鞄やトランクがいくつも出ていた。
「帰るんですね?」
「ああ。帰る。言ってなかったか?」
「聞いてませんよ」
「そうか、済まんな。ところで、何か困ることがあるのか?」
いやいや、全く悪いと思ってないよね。
まあ確かに、俺が帰るとしても、準備はユリたちがするし、困ることは無いか。
「いや、心の準備ってものが」
「じゃあ、今準備しろ。なんなら、詫びに、やっとくか?」
俺は頭を抱えた。
いやいやいや。
この前、転生させた詫びって言ってたよね?それと、帰宅することを告げなかった詫びと同じ重さかよ……。
はあぁ。呆れすぎて、逆に冷静になった。
「この前はとても…その、具合が良かったぞ…童貞だったのに、おまえはあっちの才能があるな。あんなところを舐めるとは…」
「うぉっほん、えっへん!」
あらぬ方向に話が行ったので、咳払いで阻む。
先生は、にやっと笑った。どうやら、嫌らしい話をして煙に巻くつもりだったようだ。
それから童貞?童貞ちゃうわ…ああいや。この身体では童貞だったのか?!まあ、もう違うし、いいか。でも、なんで知ってるよ、ランゼ先生。
「それで…なんで戻るんですか?」
先生は、俺と会話しつつも、トランクに服を詰め続けている。
「ああ、おまえの魔法修行のためだ。ここはおまえの療養のための地で、ろくな施設もないからな」
「俺のためですか…」
「何を言っている。ここ17年程、おまえのためだけに私は生きてるぞ」
一瞬ドキッとなった
…ちっちっちっ。甘いな俺!
「俺で実験するためですよね」
「無論だ!」
そういう人だ。いや、人じゃ無いか。
「わかりました」
「おまえも一緒に帰ってくれるよな…」
「…えーと」
「ん?」
「…もしかして、先に言うと俺が帰らないとか言い出すと思ったんですか?」
「ああ。こっちに来たいと言ったのは、アレックスだったからな」
ふむ。先生は先生で不安なんだね。ここに来たのは、療養のためだけではないのか…なんか彼とあったんだろうなあ…。この辺りのことを、頭痛覚悟で思い出そうとしても、思い出せないのは、なぜなんだろう。
「まあいい。明日は馬車に長く乗る。午後からの魔法鍛錬は中止だ。早く休んでおけ」
先生の勧めにしたがって、その日は早く就寝した。
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