121話 夏の虫
陸軍学校へ行ってから数日後。
学園から帰ってくると、いつものようにユリに出迎えられる。この顔を見ると、我が家だなあと思える。
「お帰りなさいませ。アレク様」
「ただいま。今日は、ちょっと疲れた、すぐに風呂に入りたいが」
「あいにくですが。ダイモス殿から、本館へお出で頂きたいとの伝言がございました。マルズ殿も、あちらでお待ちです」
「ふーむ。わかった」
降りた馬車に再び乗り込む。
「では、私はこちらで」
レダはお役御免とばかり、かるく跪礼して退っていく。
馬車が走り出し、本館へ向かう。
本館玄関で、家宰のダイモスが待っていた。さっき、フレイヤを降ろした時に来てくれよと思ったが、仕方ない。
「お帰りなさいませ。御曹司」
「ああ。ただいま」
「ベクスター男爵様が、お越しになっています」
なるほど、俺を呼んだのはそういうことか。
「では?」
「はい。第6応接室にお通ししてあります」
第6な。
「わかった」
俺は制服のまま、扉の前で待っていたゲッツと共に部屋に入る。
魔石スタンドに、魔力を込める。
「随分待たせるではないか、子爵殿」
身成は悪くない、40がらみの男。だが、この男は男爵ではない。商人だ。指にじゃらじゃらと大振りな指輪をいくつも嵌めて居る姿は、悪趣味にしか見えない。
初対面の割に馴れ馴れしいな──
おっと。俺も子爵よ! 英雄よ! とか持ち上げられて、天狗になってるのかもな……馴れ馴れしいのは事実だが。
「この通り、先程学園から帰ったばかりだが。本日の予定にあったかな?」
制服を指し示す。
「いいえ、ございません」
ゲッツが、心得たように素早く答える。
「ところで御貴殿は?」
「某よりも、主人に目通り頂こう。ベクスター公爵様である…………いかがされた。ありがたく拝跪されよ」
自称……詐称か。
「ベクスター? そのような公爵家は聞き覚えがないが、いずれの国の方ですかな?」
「むっ!」
イラッと来てるな。
何か言い掛けて、主人であろうベクスターから声が掛かる。
「タンデル!」
「はっ」
「本日はそのような用件ではなかろう」
低くて良い声だ。恰幅が良く、品も悪くはない。王族なだけのことはあるな。
「はっ! よかったですな、子爵殿。我が主人のご寛恕に感謝されるがよろしい。……して、かねてより申し入れした件は、承知なのでしょうな?!」
「申し入れ?」
「なんと! 今だ、決めておられないのか。主人の御諚をなんと心得るか!」
もちろん憶えている。
俺というか、カーチス酒造が売り出した梅酒のことだ。
ブランド戦術の効果もあり、一部の貴族や資産家の間で、奪い合いになる程の人気になっているそうだ。それに、公爵の名を貸すから、金を寄越せというやつだ。
そもそも、ネームバリューなど皆無な名義貸しを押し付けるわけだから、タカりだ。 とぼけて、さあと言う顔をする。
「梅酒の件だ」
「ああ、あれか。梅酒は既に王宮御用達相当になっている。故に更なる称号など必要無いと考えているが」
「無礼な! 我が主人の名声を不要と仰るか?」
「タンデル。余り事を荒立てるな。穏便にな!」
この2人の役割分担、タンデルが脅し役、男爵が引き留め役と言う戦術。それ悪くないが、俳優の程度が低すぎて、食えた物ではない。
「主人、ベクスター公爵様のご機嫌が変わられぬ内に、承諾されよ。さもなくば、上意に背いたとして家名に傷が付こうぞ!!」
「タンデル、ちと要求がきついのではないか?」
「いえ。お名前を使えば売上が倍増することは必定。高々その20%を上納せよと」
「うーーむ。それは、なかなかにきついであろう。10%にしてはどうか」
「つまり、ベクスター殿は、梅酒販売に当たって、名を使っても良いので、売上の10%を要求するということですな?」
「10%など破格に過ぎまする」
「さて。もうこれぐらいでよいだろう? いい加減、猿芝居が胃に持たれてきたのだが」
薄く隙間となっていた、次の間に通じる扉が開き、3人の厳つい男が応接に入ってきた。
「なっ、なんだ、なんだ。どう言うことだ!」
タンデルも自称公爵も明らかに動揺している。
先頭の男が、俺に挨拶する。
「ご協力ありがとうございます。子爵様。……さて男爵殿。本官の顔を覚えていらっしゃいますな?」
ベクスターは、大きく目を見開き小さく頷いた。
「王宮警察、レクトン警部です! 爵位詐称、強要の現行犯として拘束致します」
悄然とした男爵と対照的に、タンデルは反抗する。
「しゃ、爵位など言葉の綾だ。強要などと、何の証拠がある?」
俺は立ち上がり、応接の魔石スタンドに歩み寄ると、魔石の1つを外した。
「証拠なら、先程までの、やりとりをこの銀水晶で記録してあるが」
少し魔力を流して、撮影した動画を再生する。
『さもなくば、上意に背いたとして家名に傷が付こうぞ!!』
タンデルの脅迫の発言が再生される。
「くっ、謀ったな!」
謀ったのは、そちらだろうに。
捜査官に渡す。
「子爵様、助かります! これで陛下も御決断されるかと」」
もともと不行跡で王族から追放され、爵位も剥奪されていたところを、特赦で男爵に復帰したというのに、また犯罪に手を染めたのだ。今度は永久追放になるということか。
2人は拘束の上、連行されていった。
「ダイモス。ご苦労だった」
「いえ。手筈通り進み、ようございました」
予め今日起こるであろうことを想定し、この屋敷に男爵が押し掛けてきたときには、先ず俺が不在であるとして時間を稼ぎ、王宮警察を呼び寄せ確保させる計画を練っていたのだ。たまたま、今日は本当に不在だったが。
銀水晶もその一環だ。
「そうだな」
「では、他の業務もございますので、失礼致します」
ダイモスが、部屋を辞していった。
「ゲッツ!」
「はっ!」
「10年後には、ダイモスのように成れるか?」
「むうう。精進します」
◇
俺の館に戻った。私室ではなく厨房に向かう。
居た居た。
ユリは、ニンジンを2本持って見比べている。彼女以外は人影がない。そうっと音立てずに背後から近付き、突然抱き付いた。
「きゃっ!!」
うーーん。素晴らしい感触だ。
「ただいま」
「あっ、ああん、アレク様! もう、びっくりしましたぁ……お帰りなさいませ。本館の御用は?」
嬌声を発しつつ名を呼ばれるのも、乙なものだ。
「終わったよ」
「そうですか。では、お着替え致しましょう。そろそろ胸から手を離して下さい」
私室で、着替えさせて貰う。
「先程は、お客様だったのですか?」
「客? まあ招かれざる客と言うか、夏の虫が火に飛び込むと言うか」
「すみません。仰っていることが……」
おっと。流石に前世の諺までは訳されないな。
「俺もよく分からなかったな、公爵と名乗る男爵だったし」
「はい? 男爵様が公爵様?」
ユリは、可愛らしく小首を傾げた。
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訂正履歴
2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)




