表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/224

121話 夏の虫

 陸軍学校へ行ってから数日後。


 学園から帰ってくると、いつものようにユリに出迎えられる。この顔を見ると、我が家だなあと思える。


「お帰りなさいませ。アレク様」

「ただいま。今日は、ちょっと疲れた、すぐに風呂に入りたいが」


「あいにくですが。ダイモス殿から、本館へお出で頂きたいとの伝言がございました。マルズ殿も、あちらでお待ちです」

「ふーむ。わかった」


 降りた馬車に再び乗り込む。


「では、私はこちらで」

 レダはお役御免とばかり、かるく跪礼して退っていく。

 馬車が走り出し、本館へ向かう。

 本館玄関で、家宰のダイモスが待っていた。さっき、フレイヤを降ろした時に来てくれよと思ったが、仕方ない。


「お帰りなさいませ。御曹司」

「ああ。ただいま」


「ベクスター男爵様が、お越しになっています」

 なるほど、俺を呼んだのはそういうことか。


「では?」

「はい。第6応接室にお通ししてあります」

 第6な。

「わかった」


 俺は制服のまま、扉の前で待っていたゲッツと共に部屋に入る。

 魔石スタンドに、魔力を込める。


「随分待たせるではないか、子爵殿」

 身成は悪くない、40がらみの男。だが、この男は男爵ではない。商人だ。指にじゃらじゃらと大振りな指輪をいくつも嵌めて居る姿は、悪趣味にしか見えない。


 初対面の割に馴れ馴れしいな──

 おっと。俺も子爵よ! 英雄よ! とか持ち上げられて、天狗になってるのかもな……馴れ馴れしいのは事実だが。


「この通り、先程学園から帰ったばかりだが。本日の予定にあったかな?」

 制服を指し示す。

「いいえ、ございません」

 ゲッツが、心得たように素早く答える。


「ところで御貴殿は?」

それがしよりも、主人に目通り頂こう。ベクスター公爵様である…………いかがされた。ありがたく拝跪はいきされよ」


 自称……詐称か。


「ベクスター? そのような公爵家は聞き覚えがないが、いずれの国の方ですかな?」


「むっ!」


 イラッと来てるな。

 何か言い掛けて、主人であろうベクスターから声が掛かる。

「タンデル!」

「はっ」

「本日はそのような用件ではなかろう」

 低くて良い声だ。恰幅が良く、品も悪くはない。王族なだけのことはあるな。


「はっ! よかったですな、子爵殿。我が主人のご寛恕に感謝されるがよろしい。……して、かねてより申し入れした件は、承知なのでしょうな?!」


「申し入れ?」

「なんと! 今だ、決めておられないのか。主人の御諚をなんと心得るか!」


 もちろん憶えている。

 俺というか、カーチス酒造が売り出したナップ酒のことだ。

 ブランド戦術の効果もあり、一部の貴族や資産家の間で、奪い合いになる程の人気になっているそうだ。それに、公爵の名を貸すから、金を寄越せというやつだ。

 そもそも、ネームバリューなど皆無な名義貸しを押し付けるわけだから、タカりだ。  とぼけて、さあと言う顔をする。


「梅酒の件だ」

「ああ、あれか。梅酒は既に王宮御用達相当になっている。故に更なる称号など必要無いと考えているが」


「無礼な! 我が主人の名声を不要と仰るか?」

「タンデル。余り事を荒立てるな。穏便にな!」


 この2人の役割分担、タンデルが脅し役(バッドコップ)、男爵が引き留め役(グッドコップ)と言う戦術。それ悪くないが、俳優の程度が低すぎて、食えた物ではない。


「主人、ベクスター公爵様のご機嫌が変わられぬ内に、承諾されよ。さもなくば、上意に背いたとして家名に傷が付こうぞ!!」


「タンデル、ちと要求がきついのではないか?」

「いえ。お名前を使えば売上が倍増することは必定。高々その20%を上納せよと」


「うーーむ。それは、なかなかにきついであろう。10%にしてはどうか」


「つまり、ベクスター殿は、梅酒販売に当たって、名を使っても良いので、売上の10%を要求するということですな?」

「10%など破格に過ぎまする」


「さて。もうこれぐらいでよいだろう? いい加減、猿芝居が胃に持たれてきたのだが」


 薄く隙間となっていた、次の間に通じる扉が開き、3人の厳つい男が応接に入ってきた。


「なっ、なんだ、なんだ。どう言うことだ!」

 タンデルも自称公爵も明らかに動揺している。


 先頭の男が、俺に挨拶する。

「ご協力ありがとうございます。子爵様。……さて男爵(・・)殿。本官の顔を覚えていらっしゃいますな?」


 ベクスターは、大きく目を見開き小さく頷いた。

「王宮警察、レクトン警部です! 爵位詐称、強要の現行犯として拘束致します」


 悄然とした男爵と対照的に、タンデルは反抗する。

「しゃ、爵位など言葉の綾だ。強要などと、何の証拠がある?」


 俺は立ち上がり、応接の魔石スタンドに歩み寄ると、魔石の1つを外した。


「証拠なら、先程までの、やりとりをこの銀水晶で記録してあるが」

 少し魔力を流して、撮影した動画を再生する。


『さもなくば、上意に背いたとして家名に傷が付こうぞ!!』

 タンデルの脅迫の発言が再生される。


「くっ、謀ったな!」

 謀ったのは、そちらだろうに。


 捜査官に渡す。

「子爵様、助かります! これで陛下も御決断されるかと」」

 もともと不行跡で王族から追放され、爵位も剥奪されていたところを、特赦で男爵に復帰したというのに、また犯罪に手を染めたのだ。今度は永久追放になるということか。


 2人は拘束の上、連行されていった。


「ダイモス。ご苦労だった」

「いえ。手筈通り進み、ようございました」


 予め今日起こるであろうことを想定し、この屋敷に男爵が押し掛けてきたときには、先ず俺が不在であるとして時間を稼ぎ、王宮警察を呼び寄せ確保させる計画を練っていたのだ。たまたま、今日は本当に不在だったが。

 銀水晶もその一環だ。


「そうだな」

「では、他の業務もございますので、失礼致します」

 ダイモスが、部屋を辞していった。


「ゲッツ!」

「はっ!」

「10年後には、ダイモスのように成れるか?」

「むうう。精進します」


     ◇


 俺の館に戻った。私室ではなく厨房に向かう。

 居た居た。

 ユリは、ニンジンを2本持って見比べている。彼女以外は人影がない。そうっと音立てずに背後から近付き、突然抱き付いた。


「きゃっ!!」

 うーーん。素晴らしい感触だ。

「ただいま」

「あっ、ああん、アレク様! もう、びっくりしましたぁ……お帰りなさいませ。本館の御用は?」

 嬌声を発しつつ名を呼ばれるのも、乙なものだ。


「終わったよ」

「そうですか。では、お着替え致しましょう。そろそろ胸から手を離して下さい」


 私室で、着替えさせて貰う。

「先程は、お客様だったのですか?」

「客? まあ招かれざる客と言うか、夏の虫が火に飛び込むと言うか」


「すみません。仰っていることが……」

 おっと。流石に前世のことわざまでは訳されないな。


「俺もよく分からなかったな、公爵と名乗る男爵だったし」

「はい? 男爵様が公爵様?」

 ユリは、可愛らしく小首を傾げた。


是非是非、ブックマークをお願い致します。

ご評価やご感想(駄目出し歓迎です!)を戴くと、凄く励みになります。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ