119話 俗物
転換炉の実験がうまく行ってから、2週間後の金曜日。
もうすぐ7月(前世の10月相当)だ。残暑もなくはないが、内陸で暑かった王都も大分過ごしやすくなってきた。
昼休みになって、いつものように、ユリが作ってくれた弁当を食べ終わり、学園の自室で寛ごうとしていると。
「アレク様」
レダが、何か告げてくる。
「ああ。なんだ」
「今日は、これから園外学習に参りますので、余りゆっくりとはしていられません」
「ああ、そうだったな」
2年生については、今日の午後の課程は、学園の外に出て学習だ。行先は、専門科によって異なるが、我が魔法科は陸軍王都基地とその中にある陸軍学校だ。
陸軍学校は、一般の高校に当たる基礎課程と、大学相当の士官候補養成の上級課程が有る
「行きたくないなあ」
余り思い出さないようにしていたのだ。食事が不味くなるからな。
「また、そんなことをおっしゃって」
入り口でノックだ。
「いらっしゃったようです。はい! ただいま」
レダが迎えに行った5秒後。カレンが入ってきた。
「アレク様。こんにちは」
そう言いながら、ソファの隣に腰掛け抱き付いてくる。
おお、いいね。ユリよりは小さいが、レダよりは大きい胸をすり寄せてきた。
えへん! ごほん!
「あら! エマ。居たの?」
「居たのって! さっき、一緒に入ってきたでしょうが!」
「そうだったかしら?」
「そ・れ・か・ら! いくらか”仮”婚約者でも、学園内での破廉恥な行為は慎むべきだわ!」
「ところで、婚約者でもないエマは。なぜこの部屋に居るのかしら?」
得意満面のカレンと対照的に、エマは怒気を隠さない。
「あんたの企みを阻止に来たのよ!」
企み?
「そうでしたわ! これから馬車で陸軍基地に参りますが。アレク様! お隣に座らせて貰って良いですよね?!」
「ああ」
馬車は、大型。4人掛け3列定員12人乗りだ。
それは考えていた。右にカレンなら、左はレダだ!
俺の中の基本優先順は、ユリ、レダとカレンの競合、そして他のメイドとロキシー、それから学園のお友達だ。そこは諦めろ、エマ。
が、あくまでも学園の行事だ。自分たちで決められるのか?
「ちっ!」
いや、エマ。思いっきり舌打ちしたな。
「じゃあ、レダちゃん。私と替わって!」
何だと? エマ!
「えっ、あの……」
「良いじゃない。あと隊員2人入れて、対面8人でさ!」
◇
何でこうなった。
今、ゆったり走る馬車に居る。4人掛け2列のボックスシートを確保できたのだが。
俺を基準にすると、右隣がカレン、その向こうが、カレンの従者ルーシアだ。そして、左隣がエマ、その対面が従者のビアンカ、俺の対面にレダが座っている。
問題は、俺の対面の右側だ。
なんと、ゼノビア教官が2人分の席を占めている。
『お前らから、目を離すとでも思ったか!』
そう言って、エマが用意した親衛隊員をどかせた。エマは当然ぶーたれたが、お前がどこかに行くか? あん! と威圧を掛けられ、了承させられた。
「あぁん、アレクさまぁ」
しかし、その刺々しい車中の空気を、物ともしない強者が右隣にいる。
カレンによって、俺の右腕が、がっちりホールドされている。そして、頓に成長を見せている2つの隆起に挟み、すりすりと蠢かせているのだ。
「サーペント!」
「はい」
「いい加減にしろ」
はっ? 俺? 俺ですか、教官。
その猛禽のように睨みつける目は、節穴ですかと言いたい。
どうも、この2人は、前回の園外演習からギクシャクしてるな。
聞いた話では、妹の嫁ぎ先と言うか、カレンの館に乗り込み、俺達の婚約に大反対の論陣を張ったようだ。それで、より、この2人の仲は拗れているのだ。
「アレク様は、悪くありません。問題なのは、あなたの阿婆擦れ姪御さんです! 贔屓は止めて下さい!」
エマ。火に油を注ぐな! 意見には阿婆擦れ以外は同意だが、事はそんなに単純な話では無い。
「贔屓だと!?」
思い当たるところがあったのか、ゼノビア教官は、ぶんむくれて、腕組みをしたままドアの方に背中を倒した。
「ふふふ……」
残るのは、カレンの含み笑いと、石畳が立てる音だけだった。
◇
40分ほど、右腕以外は不幸な時間を過ごすと、馬車は陸軍基地に到着した。
実習の延長だから、馬車を降りると整列して、点呼だ。
ゼノビア教官も職務を果たしに、顔馴染みの受け入れ担当であろう、軍人の元に挨拶に行った。
何だか嫌な予感を覚え、聴覚増強の感知魔法を発動する。パッシブだから、余程のことが無ければ、気付かれまい。
「ああ。今年もご厄介になります、ターレスさん」
おお、なかなか温厚そうな教官だな、ウチのと違って。
「お久しぶりです。ゼノビアさん。基地司令と学校長が一言挨拶をと申しております」
教官が左を向くと、礼服に身を包んだ偉そうな軍人が2人と、その後に10人以上制服が並んでいる。
「ああ、えーと……」
どうやら、自分を待ち構えて居るとは思っていなかったようで、焦っている。
「あっ、あのう。このようにお出迎え戴き恐縮です。王立パレス高等学園魔法科の者です。私は教官ゼノビアと申します。そして、あちらに整列しているのが、生徒達です。本日は、お世話になります」
左胸に手を当てて、感謝の意を示す。
「おお、教官殿。我が基地へようこそ……時に、アレックス・サーペント様が、ご同行されていると聞いておりますが?」
ん? 俺?
「はっ? はあ。居りますが。ああ、あの一番手前の、金色の髪で細身の……」
教官がこちらを見ながら指差した。すると、大物そうな2人が、こちらに小走りで向かってきた。
俺の名前が出た段階から、嫌な予感しかしないが。
俺の前まで走り込んで跪礼した。
「サーペント評議員様。当基地にお越し戴き、光栄でございます。基地司令のサムエルでございます」
准将で男爵か。
「本校をご視察戴けますこと嬉しく存じます。陸軍学校校長のダルクスでございます」
予備役中佐で、おっとこっちも男爵だな。
えーと。これは、典型的なゴマすりと言うヤツか。
「私も嬉しく存じます。ただ、視察ではなく、ここに居る皆と同じく、見学させて戴く立場ですので、どうかお気になさらず」
「いえ、国防評議員様を、そのように扱うわけには……」
ああ、困ったな。
「恐れ入りますが。国防評議会議長であるヴァドー師より、学園内では他の学生同様に扱うようお達しが出ておりますので。その辺りを、ご了解頂きたく!」
ゼノビア教官が声を張り上げた。
「うーむ、そうですか」
「御老師の命には、従わねば……。では、サーペント様。我らは、失礼させて戴きます」
胸に手を当てて断ると、彼等はそそくさと、去って行った。
あっさりしたものだな。
──本当は、面倒臭かったんでしょ!
まあそうだろな。ここまで来たのは社交辞令だ。
「俗物め!」
おお。珍しく気が合った。それにしても……。
「教官。さっきのあれ、老師は本当に言ったんですか?」
ゼノビアは、にやっと笑った。
「はったりだ! サーペント、列に戻れ」
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訂正履歴
2016/12/21 細々訂正




