117話 脅威
海軍工廠の面々の追及を躱し、鋼が安くなるならと、見積もりに力を入れて貰うことにした。まあモーリスもやる気になってくれたようだし、来た甲斐はあったなあ。
工廠を後にして、馬車に乗る。
「なあ、泊まっていかないか?」
「はい?」
レダは、ほぼ無表情なので、見ようによっては、何言ってるんだ、この馬鹿という顔をしているようにも見えなくもない。
「さっき、サザーランドが言っていたじゃ無いか。ここは魚が美味いって」
軍港の横に漁港もあって、良い型の平目や鯵が揚がるらしい。
「お忘れですか? 明日も平日。学園の授業がございます」
そう。今日は、評議員の仕事とこじつけて、公休扱いになっている。だが明日は、サボりと言うことになるよなあ。
「朝早く起きて、そのまま学園直行なら大丈夫だろう?」
替えの制服も置いてあるし。我ながら良い思いつきだ!
「出掛ける前に、チーフが夕食を腕に撚りを掛けて作ると仰っていましたが」
むう。
「……じゃあ、帰るかぁ」
少し拗ねてみる。
「はい。……うふふふ」
俺の顔を見て笑い出した。
「何が可笑しい?」
「先程は、船の専門家を向こうに回し、新機軸の技術や経済論で説き伏せられたと言うのに。今は、そんな幼子のような顔をされて」
「すみませんねえ」
「いいえ。とても微笑ましくて、愛おしさが募ります……ああ、そういう意味ではありません」
レダの顔が朱くなる。
「ん? じゃあ、どういう意味なのかなあ……むっ!」
レダの魅惑な脚に伸ばした手が止まる。馬車の進行方向に、邪悪な気配が4、5……。
幸いにも……いや仕組まれたのかも知れないが、路地に人影はない。
「アレク様?!」
レダも気が付いたのか、身の回りに魔力が膨れ上がる。
「俺に任せておけ!」
† アーーーーーーーーーー † ─ |遍照金剛《オン バジュラダト バン》 ─
特殊な呪文を唱え終わると、俺の心臓の位置から、目映い金の光球が急速に広がる。レダを飲み込み、馬車全体を飲み込んだ。
ん?
最近、強い原初魔法を使うと、なんだか視線のようなプレッシャーを感じるが……まあ止めるつもりはないが。
「この防御魔法……」
レダのつぶやきが届いた。
しかし、俺の意識は遙か高みにあり、馬車の屋根を見下ろしている。
前方100m。
気持ち悪い姿があった。
ライオンの上半身に……なんだ? 白っぽい。山羊か? 胴から下が山羊だ!
要するにキメラってヤツだ。なるほど、尻尾が蛇か。
何で、こんな姿になあ、哀れだ……って、魔獣に同情してどうするよ。
いずれにしても、こんなやつらが、地方とは言え町中にパラパラ出没するわけがない。誰かが、持ち込んだ? 俺達を狙うために?
まあ、それを考えるのは後にしよう。
御者が、ようやく魔獣に気が付き、手綱を引き絞った。そして、馬も脚を止めたが、すぅぅと滑っていく。
馬車全体を光の──金色の防壁が覆っていたからだ。
地面との摩擦は、あまり無いのだろう。ただ、そもそもそれほど速度出して走っていなかったから、20mばかりで進まなくなった。
防壁は、完全な球体に非ず。少し上下にひしゃげている。なにかの蕾のようだ。
魔獣共には防壁が見えないのか、結構な速力で迫ってきた勢いそのままに、ぶち当たって跳ね返された。
なかなか滑稽だが、それだけでは撃退には至らない。当たり前だな。
しかし、この遍照金剛、金剛の作用範囲を広げただけの防御魔法と断じるのは早計だぞ!
頭の中で、蕾が綻び、一枚の花弁が散るのをイメージした。
金色の球体から薄い膜のごとき光が、剥がれるように外れ、中心から恐るべき速度で水平に飛んだ。
先生は、それを金剛波と名付けた。
瞬く間に、一頭の魔獣に迫った次の刹那、俺はグシャッという音が聞こえた気がした。
その瞬間に、魔獣は大きな衝撃を受け、10m程飛ばされて地面に突っ伏した。
あれだ……交通事故! 俺も電車相手にこうなったのかなあ。
しかも、ぶつかった対象は、装甲車並みの堅さと慣性に相当するだろう。屋敷の練兵場で土人形相手にやったときは粉々になったが、生身だとこうなるのか。
2頭目、3頭目にも金剛波を浴びせて即死させた。
タマネギだ。
その皮が剥がれて飛んでいく。
遍照金剛だから、例えるなら蓮の花弁とかの方が格調高いが、やはりタマネギだな。
テレビで動画を見るような感じをを覚えながら、斃していく。5頭目は、血を噴き出しながら弾き飛ばされた。
終わったな……もはや感知魔法に魔獣の感は無い。
遍照金剛を解除すると、意識は肉体に戻ってきた。
「アレク様、凄い魔法ですね。規模の大きい防御魔法だと思っていたら、攻撃までも」
珍しく興奮してるな。レダがそうなるのは、魔法のことか、あとは触った時だな。
「ああ」
遍照金剛は、攻防一如。
しかも、障壁の大きさは今の数倍まで。金剛波の伝搬範囲も自在、速度も音速の数倍まで上げられる、気がする。試しては居ない、第一場所がないしな。時速100km位までなら細かな制御もできるが。それ以上となると……。
「でも……」
「どうした?」
「魔獣の屍体が消えています」
「ああ、召喚獣だからな」
「えっ? ですが、魔石が」
召喚獣は死して魔石を残す。だが。
「砕けて消えた」
その光景は一瞬見えた。今回は証拠すら残さないようにしたと言うことだ。
「転移門へ走るように言います」
「ああ」
◇◆◇◆◇◆◇
何処かの薄暗い部屋。
一拍程明るくなり、また暗がりとなった。
「お待たせした……」
「ふむ。その顔は、不首尾だったようだな」
「ああ。面目ない」
ふぅっと、どちらかが溜息を吐く。
「持たせた、あれは?」
「全滅した……」
「全滅?キメラだぞ! 5頭居れば魔獣階位4を超えるのではなかったのか?」
「まあ想定の範囲内ではある。単体で4のデミ・サイクロプスを葬ったぐらいだ」
「本当か……」
「無論、複数人で連携した結果だ。それに召喚獣にすれば、数割生命力が落ちるからな」
「で、サーペントは、どのように闘った?」
「それが……」
「どうした?」
「どうやって、斃したか、よく分からないんだ。魔法を使ったことは間違いないが」
ダン!
1人の男が、テーブルを叩いた。
「当たり前なことを言うな!」
「卿は何を見てきたのだ」
「い、いや、しかし。ヤツは、馬車から一歩も降りず、まるで不可視の壁があるように、キメラ達を寄せ付けず。何らかの衝撃を受けて吹き飛ばされて……」
「そのような、魔法聞いたこともないわ!」
「信じられぬ!」
「有り得ぬ。卿は夢でも見ていたのでは無いか?」
「本当だ……こちらに銀水晶が」
薄暗い部屋に、銀影が灯る
「なんだと!」
「くぅ……ヤツはバケモノか?」
「流石は黒き魔女の秘蔵っ子といことか」
「魔女! 彼女がヤツと共に闘えば」
「それは大丈夫だろう、危害を加えなけば、人間は殺めない。魔人と違ってな」
「老師に匹敵する大魔法師ということになるが?」
「たまたま、飛行魔法が使えた小僧が、僥倖に恵まれただけだけではなかったのか?」
「諸君!」
俄に騒然とした部屋は、その声で静まりかえった。
「もはや彼を脅威と見るべきだ。それは恥ではない
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