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116話 知りすぎた男

 工廠内をゆっくりと回ってきて、技監室という部屋の前まで来た。

 余りしっかりとした造りでは無いからか、部屋から争うような声が漏れている。


「まだ終わっていないようですが?」

 レダの無表情な抗議に押されたのか、ダレクスは何度か瞬いた。


「少々……少々お待ち下さい」

 そう言い残し、扉へ向かうと、思いっきりノックをした。急いで少し扉を開けて部屋に入って行った。俺達2人を廊下に置いたまま。

 レダが、いやはやと言う顔をしながら首を振る。


 10秒後。

 憶えておれ!

 中から怒号が聞こえたかと思うと、恰幅のいい男が大股で出てきた。怒りを持て余しつつも、こちらを認めると、会釈して通り過ぎた。

 まあ、こちらは一目で貴族と分かる姿をしているからな。


「あっ、あのう。どうぞ中へ」


 ダレクスに招かれ、部屋に入る。

 ドワーフの血が混ざっているのだろう、赤毛の2m近い大男が、部屋の真ん中で仁王立ちしていた。まるで赤鬼だ、角はないが。年齢は50歳代というところか。

 

「あのう、こちらは……」

「あんたか! 鋼の船を聞きたいとか言う物好きは! 俺はモーリスだ!」

 人の話を聞かない質のようだ。ドラン准将の言った、”結構変わったヤツ”を”相当変わったヤツ”に格上げする。


 そんなことが頭を過ぎっていたら、隣が熱い!

 無礼さに反応したレダの怒りが隣から伝わって来ていた。


「ああ、物好きのアレックス・サーペントだ」

「ふん。聞いたことあるような名前だが」

「ですから、こちらは……」


「黙ってろ、ダレクス! 何にせよ、バダムスを追っ払えたのは良かった。で? どこかの貴族のお坊ちゃんのようだが、知らないのか? 鋼ってのは高価なんだ。素人は黙っていて貰えないか?!」


「ほう、あんたは専門家と言うのか?」

「若造が聞いたような利いた風な口を! 伊達に何年も鋼船を研究していない」

「確かにな、アカデミーに投稿したあんたが書いた、9年前の論文を読んだよ」

「むう」

「ブロック工法もな」


 ブロック工法──

 船体を、いくつかの部位に分けて造り、それをつなぎ合わせて造る画期的な方法。金属材料だから出来る方法とも言え、前世で主流だった建造方法だ。


「ふん。長いだけで、一隻も造っていないとでも言いたいのか?」

 顔色が白くなってきた、頭に登った血が降りてきたようだ。


「どいつもこいつも、突然、鉄船だ鋼船だと騒ぎおって!」


「俺以外は、俺が国防評議会で鋼の船を造りたいと提案した所為せいだ」

「あんたが?……ダレクス!」


「でっ、ですから。こちらは大魔法師にしてセルーク沖海戦の英雄、子爵にして国防評議員の方なのです」

 ようやく、ダレクスが一気に割り込んだ。


「大事なことは早く言え! そう言えば、そんな名前だったよな」

 いや、あんたが黙らしたじゃないか。ダレクスは言葉を失ったように、口をぱくぱく動かしている。

 

「それで、評議会だと…………しかしな、鉄鋼で150m級の軍船を造れば、ざっと1億5千万から2億デクスは掛かる。この国の軍事予算の約半分だぞ。それでもあんたは造れると言うのか」


 ルーデシア軍には、陸軍もある。予算を半々に分けたら、海軍分をまるまる1隻で使い切る。無論数年に分けるに決まってるが。それにしても、その価格なら建造は怖ろしく困難だ。ならば!


「安くすれば良い。俺が……いや、ある製鉄会社が、鋼の価格を今の10分の1まで落とす」

「……正気か?」

「まあ、すこし狂って無ければ言えないな。もうすぐ、その目処が付けられる。そして予算もな」

「ふん、ならば。俺も狂うとするか。そうなれば、頼まれなくても造る。本官の宿願だからな。だが、ただ造るだけでは面白くない」


「ん?」

「もしかすれば造れると思ったら、ただ木造を鋼材に置き換えるだけでは、些か物足らななくなった」

「ならば、速力を高くしてくれ!」

「速くだと? 軽くしろと言うことか?」

「ああ同じ全長なら、重量は軽くなるのだろう?」


 当然木材より鋼の方が比重は重い。

 それなのに、鋼の船の方が軽くなるのは矛盾するように思えるかも知れないが、そうでは無い。つまり、断面積辺りの強度を比重で割れば、鋼の方が2倍高いのだ。同じ強度なら、大まかにはこの逆数で、つまり鋼が軽くできるということになる。無論実際にはそんな簡単な話ではないが。


「よく知っているな。素人貴族の道楽ってのは撤回だ」

 道楽とまでは言っていなかった気がするが。内心そう思っていたんだろう。


 その時、ばたばたと廊下にけたたましい足音が近付いたかと思うと、この部屋がノックされた。

「はっ、はっ……失礼します」


「サザーランド、来客中だ!」

「いや。彼は、私に用があると見える」

「あんたに?」


「はぁ……済みません。その通りです。子爵様に、さっき造って戴いた模型の造波抵抗をお知らせしようと思いまして」

「造って戴いた?」


 モーリスがこちらに向いたので、軽く頷く。

「で?」

「造波抵抗係数が、少なく見積もっても10%、いや大体は15%は低くなりました」

「なんだと? 模型は?」

「試験水路です」


     ◇


 部屋の中に居た者は、さっき俺が舳先を造った場所に移動した。

 俺が作った部位が船首に固着されており、模型自体は水路に浮かべられている。


「これは、次席!」

 さっきも居た研究者ローソンだ。


「この若造が造ったのが、これか? 水を流して試験できるか」

「いえ、済みません、さっき試験したばかりで、まだ水が溜まっていません。こちらが測定結果です」

 モーリスが、渡された紙を無言で見ている。


 それにしても、俺達を持て成す気が0だな。まあいい。俺は水が止まった水路を見る。幅2m程でまるで農業用水路のようだ。

 上流の高所に大きな水桶がいくつも設置されており、ここから一定流量で水が流出る仕掛けのようだ。そして、上流から伸びるロープに支えられた模型は流されることなく、その抵抗がロープの反対の端に取り付けられた計りで測定される。


 面倒臭い装置だな。魔道具を使って水流を造れば良いのに。いや、魔動モータでポンプを造る方が良いかな。


「揚げてくれ」

 モーリスの指示で模型が岸に揚げられる。そして、怪力なのか重そうな模型の天地を片手でひっくり返し、船首部分を見ている。


「これを、あんたが?」

「ああ。そうだ」


 モーリスは、研究者の方を向く。


「ローソン。造波抵抗が下がったのは分かったが、他に気付いたことは」

「はい。いつもより、船が起こす波が小さいのは間違いありません」

「造波抵抗が小さいのだから、それは当たり前だ」


 モーリスがこっちを見たので、にやっと笑っておく。

 何となく、彼はむっとしたようだ。

 模型を見直しつつ、なにやら手を緩やかに動かしている。ああ、水の動きをイメージしているのか。


「この球体部分で波が発生するはずだが……なぜ、それで波が…………ん? むう。波の相殺か!」

 モーリスがこちらを向く。

「ご名答! 球状船首(バウバス・バウ)が起こす波と、その後が起こす波の位相が逆になるので、波が抑制されて、抵抗が減る」


 この船首形状は、元々アメリカで発明されたようだが、戦艦大和に採用されて有名となった。


「何でそんなことを、あんたが知っている、確か球状船首と言ったな」

 おっと。調子に乗って喋りすぎた。

 視線を思わず逸らす。


「私は船体強度が専門だがら知らないのかも知れんが、前例はあるのか? サザーランド!」


「いいえ、知らないです。ただローソン先輩が!」

「ああ、いや。衝角ラムが付いた船の造波抵抗が小さい場合があるって、なんかで聞いたことがあるだけで……」

「と言うことは」

「ふーーん」


 4人に睨まれたが、白を切り続けた。

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