114話 常識破り
本館の第3応接室。
「なるほど、なるほど、なるほど」
40歳代に見える、男が嬉しそうに声を荒げた。
「お父様……」
隣に立つ娘が、手で顔を覆う。
「いやあ、お顔を拝見し、娘がなぜ入れあげるか、よく分かりました。男爵のマクシミリアン・レイミアスと申します。娘とビアンカは、よくご存知かと思います。ああ、この度はご婚約おめでとうございました。お蔭で、娘は1日泣き通しでしたが」
「お父様!!」
珍しく、エマが真っ赤だ。
「後は……あの者は番頭のダンテです」
「お会いしたいと申しながら、こちらへお越し戴き申し訳ない。子爵のアレックス・サーペントと申す。それから、こちらは私の従者のレダ、こちらは、マルズです」
「いえ、お招きありがとうございます。商売とのこと、つまりレイムズ商会のことでしたが……これも必要でしたか?」
これとは、手の方向に居るエマのことだ。
「いえ、こちらからはお願いしていませんが」
「やはり!」
親父さんが、娘の方を振り返った。エマはあらぬ方を見つめて、やり過ごそうとしている。
「まあ、今更ですね。お茶が済みましたら、案内したいところがあります」
◇
俺達は、本館から俺の館に回ってきた。西の端にある、数ヶ月前は使って居なかった一角だ。
「ここは一体?」
「ああ、作業部屋と言ったところです。それで見て貰いたかった1つは、こちらです」
床にこんもりとした小山が2つ。その左に被せてあった布をレダが剥いだ。
鈍く輝く鉄の塊。円筒形で直径300mm、軸長は400mm足らずだ。
「子爵様……これは一体何でしょう?」
男爵もエマもずっと注視している。
「これは、魔動モータと言って、ゴーレムの一種だ」
「魔動モータ? ゴーレム……これがゴーレムですと?!」
男爵は、さらに1歩2歩と前に出た。
俺は、口角が吊り上がるのを覚えながら、スイッチボックスを起動側にずらす。
「時計回り、500回転!」
そう唱えた。
「あっ、回り出した!」
男爵は、うーーっと唸っている。娘は……。
「アレク様。ゴーレムに手足が付いてる。それは常識です!」
そう。エマが言うことはもっともだ。こんな単なる円筒形の物がゴーレムなはずがない。一般人、いや、その筋の人ですら十中八九そう言うだろう。
「いいや、エマ! 子爵様の仰る通り、これはゴーレムだ! 魔力を使い、使用者の意を解して動作する器械。ゴーレムの本質を押さえている」
もしかしたら、この男爵ならそう言うかもと期待はしていた。
なぜならレイムズ商会は、産業へのゴーレム活用の旗手と呼ばれているからだ。だからその分野で大手となった。
「ウーン。何だか頭が」
エマの方は、あからさまに混乱しているな。
「停止!」
ヒュゥルルと音がして止まる。
「……確かに、これが凄いのは分かるけど」
そうだな、言いたいことは分かるぞ、エマ。
「絞り込んだ機能。無駄が一切無い」
「お父様、手足が無駄だって言うの?」
「無駄かどうかは、用途による」
男爵はこちらを向いた。
「ゴーレムを産業に使い始めたのは、高々数十年。まだまだ模索期に過ぎません。常識など有って無いようなもの」
「子爵様。大変珍しい物を見せて戴き、ありがとうございます……」
言葉とは裏腹に眉間に皺が寄り、額に大粒の汗が浮かんでいる。
「……それで……なぜ私共にお見せ戴いたのでしょうか?」
そこで、傍らに控えていたゲッツが進み出た。
「我が主人は……」
「まあ待て! まだ男爵には見せたいものがある。見せた理由はその後にしたい」
ゲッツは胸に手を当てて数歩下がった。
入れ替わりにレダが進み出て、床にできた高い方の山に掛かった布を捲った。
「えーーと……ストーブだよね?」
エマがレダに質した。
「そうです」
鋳鉄でできたストーブだ。
「既に石炭がくべてありますので、火を点けます」
レダは、無詠唱で火属性魔法を発動し、手早く着火する。あっという間にゴーと燃えだした。
「ちょっと! 煙突が!」
普通は戸外まで伸びる煙突が10cm位でバッサリ斬れている。そこからモクモクと煙が出始める。
「そうなるってば。煙突がないなら魔石ストーブを使えば良いのに!」
エマが、少しイライラしている。
「普通に燃えていることがお分かり戴けたと思うので、風魔法を使います」
また一瞬で発動し、煙突の上方で、空間に裂け目でも有るように煙を吸い込んで行く。不用意に負圧を作り過ぎず、かといって煙を漏らさない。流石だな、レダ。
ストーブが輻射熱を発し始め、暖かいを通り越して暑いところまで来た。まだ秋に入り始めたばかりだ。
「まさか、これが見せたい物?」
エマが俺に寄ってくる。
「いや、今のところ普通のストーブだ」
「えっ?」
エマは、何かと話しかけてくるが、男爵はこめかみに指を当てながら何事か考えている。面白い父娘だな。
「それで、これが鍵だ!」
コの字に曲がった直径3cm程のパイプの先にネジが切ってある。寸法は横が30cm、縦1m20cm程だ。
「鍵?」
「魔石が填まった蓋を被せて。次に煙突の覆いを嵌めて……さらに」
エマも男爵も打って変わって、ふんふんと頷きながら聞いてくれている。
「魔石を入れた端を、煙突の中に突っ込む」
その部分の辺は30cmもあるから、魔石の位置はストーブの炎の中だ。
「そして、反対の端を……レダ」
はいと頷いて、魔動モータのスイッチボックスを開けて、入っていた動力魔石を外す。
「アレク様。準備できました」
「よし。この端を回して」
1m20cmの辺が周り、隣の魔動モータの方へ来た。
「さっき外した魔石の位置にぴったり合ってる! ってことは、まさか!」
「ああ、このナットを締めれば」
表示用の魔石が光る。
「時計回り、500回転!」
「「回った!」」
エマと男爵がハモった!
「えっ、ちょっと意味が分からない。魔石は外したわね」
「どういうことですか? 子爵様。説明をお願いします」
俺の口角が上がる。
「分かっていると思うが。この魔動モータは、今ストーブの熱で動いている」
「嘘、嘘でしょう!」
「嘘じゃない。火属性の紋章を刻んだ魔石は、溜め込んだ魔力を発する。魔石ストーブだったり、魔石コンロだ。私はこう考えた。魔力が熱を産むなら、熱が魔力を産んでも良いはずだと」
「まあ、そう言われてみればそうですが……」
「あのストーブに入れた魔石が魔力を出して居る?」
「うーむ。子爵様もっと詳しく教えて下さい」
「ああ、この魔力導波管に仕込んだ魔石が魔力を出して居るが、それは溜め込んだ魔力でない。熱-魔力変換紋章を刻んである。それが熱を魔力に替える」
「本当なら定説が覆る。魔力不可逆則が崩れる!」
魔力不可逆説とは、人為的に魔力を産むことはできず、生物が生きながら産むしかできないと言うものだ。魔法概論の数単位目で習う大常識。誰もが信じた鉄壁だ。
「蓄積した魔力をただ使うわけではなく、熱を逐次魔力に替える。だから、劣化までの時間は圧倒的長いのだ!」
「はあ……ということは……もう高価な魔石を何度も交換する必要は無い。燃料を焚くだけで魔力を産む。熱でゴーレムが動き、魔導器が機能する…………そんなことが!」
「証拠を見せよう」
「証拠?」
俺はストーブの上部を触った。素手で。
「きゃーーーーー」
エマが叫ぶ!
しかし、レダもそれに倣い、同じ部分を触った。
そして、離して掌を見せる。
「火傷して……いないわ!」
「そう言えば、ストーブの周りも熱くない!」
男爵も気が付いたようだ。熱を吸って魔力を産んでいるから、温度が下がったのだ。もちろん、燃焼継続に必要な最低限の熱は残している。
「ああ、もう。アレク様はいくつ常識を破るの? 空は飛んじゃうし。ゴーレムも魔力も!!」
「子爵様……」
「ゲッツ!」
「はい。……我が主人は提案する。レイムズ商会は、この魔動モータと魔導器を、製造販売しないかと」
「それが……世紀の発明をお見せ下さった理由なのですね」
男爵が真っ直ぐ、俺を見据えた。
「そうだ!」
「分かりました。すばらしい発明、いや発見でしょう。然りながら、これは商売。契約の条件については、ダンテと……」
「分かった。こちらは、マルズが差配する」
「承りました。よく考えさせて戴きます」
「ああ、良い返事を待っている」
「はい」
作業部屋には、魔動モータが回る音が低く続いていた。
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